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聖女と皇子の攻防戦(1)
しおりを挟むライオネルに有無を言わさず皇族専用の馬車に乗せられ、夜道を進む。
馬車の座席はビロードの生地が使われており、ふかふかで乗り心地は最高だ。
馬車の周囲は護衛の騎士たちに囲まれており、安全対策も万全である。
にもかかわらず、この状況にクララは最も危険を感じていた。
(外套も着て毛布までかけているのに、寒い……寒すぎるわっ!)
対面に座るライオネルから発せられる殺気で凍えそうになる。
ランタンの灯りでぼんやりとしか表情が見えないのは幸いだった。ただでさえ白いクララの肌が、幽霊のように見えただろうから。
移動でぐったりと疲れてしまったユリビスは、クララに膝枕されて馬車に乗るや否やすぐに眠ってしまった。
「クララ」
「はいっ! 殿下は何年経ってもお変わりなく……」
「説明、するよね?」
六年ぶりの再会なのだから、まずは挨拶を……と思ったが一蹴された。
ライオネルの視線は、ユリビスに向いている。クララをお母さんと呼ぶ、ユリビスの正体を気にしているのだろう。
(落ち着いて……落ち着くの。大丈夫、バレやしないわ)
クララはとぼけたふりをした。だらだらと嫌な汗が流れる。
「説明とは、何をでしょう?」
「何をって、君をお母さんと呼ぶその子供についてだよ。クララの子ではない……よな?」
クララとユリビスはあまり似ていない。顔立ちもそうだし、髪や瞳の色も違う。肌の色もユリビスはクララほど真っ白ではない。
(ユリビスはどちらかというと殿下似なのだけれど……今は薬で瞳の色を茶色に変えているから、まさか自分の子だとは思っていないのね)
皇族の血を引く子供は、例外なく紫色の瞳を持って生まれる。濃淡に違いはあれ、必ず紫色なのだ。
(大婆様の薬があって本当に良かったぁ……!)
改めて北の地にいる大婆様に感謝しつつ、クララはコホンと咳払いした。
「この子の母親は元聖女で聖域に住む女性でしたが、不運なことに亡くなってしまい、私が代わりに育てています。本人は……ユリビスはまだ赤子でしたから、その事実を知りません。私のことを本当の母だと思っています」
ライオネルの勘違いに便乗して、つらつらと嘘を並べる。ここでクララの子だと告げたら、父親は誰なのだという論点になる。
聖域は聖女を引退した女性のみが暮らす地だ。ずっと聖域に引きこもっていたクララが妊娠するはずないのだから。
「そうか。そうだよな。聖域に男がいるはずがない……」
ライオネルから放たれていた殺気が緩み、馬車内の温度が少し和らいだ気がした。
「お願いです。ユリビスには言わないでください。まだ幼いので、理解するにはもう少し大きくなってからと……」
「あぁ、もちろんだよ」
頬杖をつきながら表情を緩めるライオネルは、安心しきった顔をしていた。
「良かった、クララが別の男と子を成していたかと……危うくその子供とその男を消してしまおうかと思った」
「?!」
悪びれる様子もなく淡々と恐ろしいことを言われて、全身に悪寒が走る。
「うふふ、殿下ったら、ご冗談を……」
クララの乾き切った笑い声が虚しく響く。
無言で微笑まれて、その含みのある笑みが恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
(あぁ、もうすでに帰りたいです大婆様……)
しばらく顔が引きつったままだった。
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