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一歩踏み出す決心(3)

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(私も前に進まなくちゃ!)

「大婆様……これを読んで決心がつきました。私そろそろこの聖域を出たいと思います。聖女として、多くの人々を癒したいんです」
「……そうかい。ユリビスはどうするんだい?」
「もちろん、一緒に行きます。今ならこのニュースで世間も慌ただしいですし、この混乱に乗じたいと思います。準備が整い次第、出発します」

 大婆様は穏やかに微笑み、クララの決意を二つ返事で受け入れてくれた。

「いつかこの日がくると覚悟はしていたよ。でも、寂しくなるねぇ……」
「大婆様……っ」

 今まで散々世話になったことを思い出して、涙が迫り上がってきた。

「大婆様にはどれだけ感謝してもしきれません。大婆様と出会って、初めて人の優しさに触れて……ここで過ごした六年間は、幸せな毎日でした」
「わたしも、とても楽しかったよ。まるで孫とひ孫ができたようだった」

 六年間の思い出が走馬灯のように蘇ってくる。

 ユリビスが初めて立ったとき。
 ユリビスが初めて言葉を話したとき。
 ユリビスが迷子になっていなくなってしまったとき。
 ユリビスが初めて熱を出したとき。

 初めての出産、子育てで不安でいっぱいだったクララに寄り添い、支えてくれた大婆様。
 家族を知らないクララにとって、無償の愛を注がれることが、こんなに幸せであたたかいことだなんて知らなかった。

「クララ、泣きなさんな。母親だろう、しっかりしなさい」
「はいっ、はい……!」
「いつでも帰ってきていいから。クララの神聖力は弱くなれど、決してなくなることはないのだから」
「はい」

 この聖域はわずかでも神聖力を持つ者なら、誰でも来れる場所だ。
 聖女は年齢とともに神聖力が弱まっていく。そして新たな聖女が誕生すると、聖女を引退するのだ。
 人々を治癒できるほどの強い神聖力はなくなってしまっても、元聖女は死ぬまで神聖力とともにあり続ける。

「この日のために用意していたよ。出発の日、ユリビスにこの薬を飲ませなさい」
「大婆様、これは……?」
「ホーギア国から手に入れたものだよ。これを飲めば二週間、瞳の色を変えられる。ユリビスの右眼は秘さなければならない……そうだろう?」
「とても助かります……。ありがとうございます、大婆様」

 ガラス瓶に入った白い薬液を受け取る。

 ユリビスの右眼は、皇族の証である紫色だ。ビアト帝国で紫の瞳を持つ者は、皇族のみである。
 ユリビスの出自を隠すため、生まれたときから右眼には常に眼帯をつけていた。
 この事実を知るのは大婆様だけである。

「瞳の色が左右違うのも、民衆の中では目立つだろう。この薬を飲めば両目とも平凡な茶色に変化する。この薬の効果が切れる前にビアト帝国から出るんだ。できそうかい?」
「はい!」
「いい返事だ」

 最初から最後まで、大婆様には世話になりっぱなしだ。
 新たな地へ行き、生活が落ち着いたら絶対に大婆様に恩返ししなくては。

(大切な人ができると、それだけで強くなれる気がするわ)

 クララは自分の未来、そしてユリビスのために旅立つことを決意した。



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