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一歩踏み出す決心(1)
しおりを挟むひんやりとした風が吹き抜ける、のどかな辺境の地。
ビアト帝国とワグ小国の国境に位置する最北端の地に、クララは暮らしていた。
この一帯は周囲を断崖絶壁で囲まれている。天恵の要塞でできたこの地は『聖女の地』または『聖域』と呼ばれている。
唯一この地に繋がる洞窟は、神聖力を持つ者しか通れないという不思議な聖石で出来ているためだ。
この地に聖域を作ったのは、大昔の大聖女だと逸話が残っている。各地で政治の駒として扱われ、人権を無視された聖女たちを守るために作られたと言われている。
故にこの聖域に住むのは、聖女を引退した元聖女たちばかりだ。
「ユリビスー! どこにいるのー?」
集落が並ぶ中央広場で遊んでいるはずの愛息子、ユリビスを呼ぶ。
五歳になったユリビスは遊びたい盛りで、こうしていつの間にかクララの前から消えてしまうから困ったものだ。
「おやおや、ユリビスはまたいなくなってしまったのかい? 元気が良すぎるのも困ったものだねぇ」
「本当です……。大婆様からも叱ってやってくださいませ」
この聖域を守っている大婆様には、大変お世話になっている。
皇宮から抜け出しライオネルとの子を身籠っているとわかったクララは、聖域の存在を思い出した。頼れる者がいないクララは、安全にかつ内密に子供を出産するために、聖域に逃げるしか選択肢がなかったのだ。
突然この地にやってきた現役の聖女を、快く迎えてくださり、身重のクララに世話を焼いてくれた。
──聖女の地は、どんな理由があろうと聖女を受け入れ、保護する。
大聖女の思いを、この地の元聖女たちはしっかりと受け継いできているのだ。
こうして無事にユリビスを出産し、元気に成長できているのも、大婆様と元聖女たちのおかげだ。
「あっ! お母さん、ばば様!」
ひょこっと木の幹から顔を出したユリビスは、頭に枯れ葉をのせている。頬には土汚れまでついている。
「もうユリビスったらどこへ行ってたの? こんなに汚して……またうさぎでも追いかけていたの?」
「えへへ。今日は真っ白な鳥を見つけたんだ! とってもきれいだったんだよ!」
バター色の髪に絡まった葉を払い、ハンカチで頬を拭う。右眼には眼帯をつけており、本来の瞳の色を隠していた。
左眼は宝石のように美しい金色の瞳が輝いている。
「二人は先に湯を使っておいで。わたしはスープを温めておくよ」
「大婆様ありがとうございます」
「わぁいっ! なんのスープかなぁ、楽しみ!」
「あっ、こら、ユリビス待ちなさい……!」
「ほほ、元気なこと」
再び全速力で駆け出していったユリビスを、クララは必死に追いかけた。
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