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偽善心から執着心へ(ライオネル視点)(2)
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ライオネル・イヴ・ビアトはビアト帝国の第二皇子として生を受けた。
頭脳明晰な兄、人懐っこい弟、菓子が大好きな天真爛漫な妹に囲まれて、恵まれた環境で育った。
将来は兄の右腕となるべく、皇族として国の発展のために帝王学を学び、武術を学んだ。
皇族の公務として、幼い頃から儀式や祝典に参加し、第二皇子としての役目を果たす。
そして十六歳になったころから、ライオネルは重要な任務を任されることになった。
──神殿の監視である。
神聖力を掲げ、人々の心の拠り所となる神殿と、生活の基盤となる経済の中枢を担う皇宮。
二つのバランスが保たれてこそ、帝国の平和は維持されるのだ。
第二皇子であるライオネルは、第一皇子のスペアとしての役割も持つ。
神殿がきちんと帝国民に対して女神の信仰を伝えているのか。神聖力を使って不正を働いていないか。皇家に対して反逆心を抱いていないか。
それらを直々にライオネルが監視することになったのだ。これは皇族として国を維持するために、重要な役目である。
ホーギア魔術大国から極秘に仕入れた、変身の魔法道具を使い、実在する神官になりすます。
そして国内にある九つの神殿をまわり、潜入調査を開始した。
(神殿とは……独特な空気感だな。皇宮が良いとも思わないけど、神殿はなんというか、息が詰まる)
日常の何から何まで女神の名を挙げて崇拝する。良いことも悪いことも、全ては女神の思し召しだ。
論理的でない思想は、帝王学を学んできたライオネルにとって理解し難いことが多かった。
そして神聖力を宿す女神の使者、聖女はその権力を振りかざし、豪遊生活を送る者もいた。
(一人目から四人目までの聖女の生活は目に余る……税の配分を考え直す必要があるな。金ではなく、一部を小麦や穀物に変えるか……)
神殿には聖女の働きに応じて、帝国民から徴収した税を振り分けている。
(この九人目の聖女は……確か孤児の出だった。働いた金銭すらも神殿長に搾取されているのか……可哀想に)
九人目の聖女クララだけは他の聖女とは異なり、非常に質素な生活を送っていた。
「欠陥聖女なのだから、それ相応の生活となっても仕方ないだろう」
「聖女様本人も納得している。我々が口を挟む問題ではないんだ」
北部の神殿に勤める神官は、みな口を揃えてそう言った。
(神聖力を解放すると高熱が出る体質とは……なんと気の毒な聖女だな)
「無事に終わりましたよ。もう大丈夫です。これからもあなたに慈愛に満ちたる女神の加護があらんことを」
「うぅ……っ、ぼく、もうママが死んじゃうかもって……っ」
「大丈夫よ。お利口の坊やを産んで立派に育てたママを、女神は見捨てないわ。だから坊やもこれから素晴らしい人にならなくてはね」
「うんっ、うん……! ぼく、がんばる!」
「ありがとうございました聖女様……!」
粗末な身なりの患者にも分け隔てなく救いの手を差し伸べ、声をかけるクララは、発作など感じさせない微笑みを浮かべていた。
礼拝堂から出て、廊下を歩くクララの体が大きく傾く。
ライオネルは咄嗟に手を出し、体を支えていた。
「聖女様、大丈夫ですか?」
「はぁっ、はぁ、はぁ……」
聖女服越しからも、高熱が伝わってくる。
前髪は汗で張りつき、頬は真っ赤になっていた。
(さっき少年に笑いかけていたときは元気そうに見えたのに……すごい精神力だ)
ふらふらになってまで神聖力を使って患者を癒すクララに、手を貸してやりたいと思うのは偽善心なのかもしれない。
「部屋までお運びします」
「はぁ……あり、がと……」
聖女の部屋とは思えない、使用人が使うような粗末な部屋に入り、ベッドに降ろす。
慣れない手つきで手巾を水に濡らし、クララの額に乗せた。
「そこまでして、聖女として働かなくてもいいのに……」
北部の神殿に潜入調査に来てみると、クララの働き方は異常だった。人々を治癒しては倒れて休み、回復すればまた人々を癒やす。
そして空いた時間はひたすら聖書や教育書を読み、女神像の前でひざまづいていた。
ライオネルよりも三歳年下のまだ十三歳の少女なのだ。年頃の少女らしく、外で遊んだりしたいだろうに……。
そんな思いからでた言葉だった。
「あなたは、神官、ですか?」
「あ……はい。帝都中央神殿より短期派遣でこちらに参りました」
「そう、ですか」
てっきり眠っていると思っていたが、起きていたようだ。
素性がバレないように言動には気をつけないとと、姿勢を正す。
「聖女は……下を向かないんですって」
「聖女様も一人の人間ですよ」
「それでも、あのひとに、また会えたときに……」
「あの人……女神ですか?」
「いえ。女神よりもすてきなおうじさま……」
思わずふっと笑みが漏れた。
女神の使者である聖女が、まさか好きな男を女神よりも素敵と言ってしまうなんて。
女神信仰の強い神殿で、毎日女神像に祈りを捧げながら、心の内では淡い恋心を抱えている。
クララもただの可愛らしい少女なのだ。
そのまま眠ってしまったクララを見て、ライオネルは掛布を首元までかけてやった。
小さな部屋を出て、本来の任務に戻る。
どうしてか可哀想なあの聖女のことが、脳裏に焼きついて離れなくなっていた──。
ライオネル・イヴ・ビアトはビアト帝国の第二皇子として生を受けた。
頭脳明晰な兄、人懐っこい弟、菓子が大好きな天真爛漫な妹に囲まれて、恵まれた環境で育った。
将来は兄の右腕となるべく、皇族として国の発展のために帝王学を学び、武術を学んだ。
皇族の公務として、幼い頃から儀式や祝典に参加し、第二皇子としての役目を果たす。
そして十六歳になったころから、ライオネルは重要な任務を任されることになった。
──神殿の監視である。
神聖力を掲げ、人々の心の拠り所となる神殿と、生活の基盤となる経済の中枢を担う皇宮。
二つのバランスが保たれてこそ、帝国の平和は維持されるのだ。
第二皇子であるライオネルは、第一皇子のスペアとしての役割も持つ。
神殿がきちんと帝国民に対して女神の信仰を伝えているのか。神聖力を使って不正を働いていないか。皇家に対して反逆心を抱いていないか。
それらを直々にライオネルが監視することになったのだ。これは皇族として国を維持するために、重要な役目である。
ホーギア魔術大国から極秘に仕入れた、変身の魔法道具を使い、実在する神官になりすます。
そして国内にある九つの神殿をまわり、潜入調査を開始した。
(神殿とは……独特な空気感だな。皇宮が良いとも思わないけど、神殿はなんというか、息が詰まる)
日常の何から何まで女神の名を挙げて崇拝する。良いことも悪いことも、全ては女神の思し召しだ。
論理的でない思想は、帝王学を学んできたライオネルにとって理解し難いことが多かった。
そして神聖力を宿す女神の使者、聖女はその権力を振りかざし、豪遊生活を送る者もいた。
(一人目から四人目までの聖女の生活は目に余る……税の配分を考え直す必要があるな。金ではなく、一部を小麦や穀物に変えるか……)
神殿には聖女の働きに応じて、帝国民から徴収した税を振り分けている。
(この九人目の聖女は……確か孤児の出だった。働いた金銭すらも神殿長に搾取されているのか……可哀想に)
九人目の聖女クララだけは他の聖女とは異なり、非常に質素な生活を送っていた。
「欠陥聖女なのだから、それ相応の生活となっても仕方ないだろう」
「聖女様本人も納得している。我々が口を挟む問題ではないんだ」
北部の神殿に勤める神官は、みな口を揃えてそう言った。
(神聖力を解放すると高熱が出る体質とは……なんと気の毒な聖女だな)
「無事に終わりましたよ。もう大丈夫です。これからもあなたに慈愛に満ちたる女神の加護があらんことを」
「うぅ……っ、ぼく、もうママが死んじゃうかもって……っ」
「大丈夫よ。お利口の坊やを産んで立派に育てたママを、女神は見捨てないわ。だから坊やもこれから素晴らしい人にならなくてはね」
「うんっ、うん……! ぼく、がんばる!」
「ありがとうございました聖女様……!」
粗末な身なりの患者にも分け隔てなく救いの手を差し伸べ、声をかけるクララは、発作など感じさせない微笑みを浮かべていた。
礼拝堂から出て、廊下を歩くクララの体が大きく傾く。
ライオネルは咄嗟に手を出し、体を支えていた。
「聖女様、大丈夫ですか?」
「はぁっ、はぁ、はぁ……」
聖女服越しからも、高熱が伝わってくる。
前髪は汗で張りつき、頬は真っ赤になっていた。
(さっき少年に笑いかけていたときは元気そうに見えたのに……すごい精神力だ)
ふらふらになってまで神聖力を使って患者を癒すクララに、手を貸してやりたいと思うのは偽善心なのかもしれない。
「部屋までお運びします」
「はぁ……あり、がと……」
聖女の部屋とは思えない、使用人が使うような粗末な部屋に入り、ベッドに降ろす。
慣れない手つきで手巾を水に濡らし、クララの額に乗せた。
「そこまでして、聖女として働かなくてもいいのに……」
北部の神殿に潜入調査に来てみると、クララの働き方は異常だった。人々を治癒しては倒れて休み、回復すればまた人々を癒やす。
そして空いた時間はひたすら聖書や教育書を読み、女神像の前でひざまづいていた。
ライオネルよりも三歳年下のまだ十三歳の少女なのだ。年頃の少女らしく、外で遊んだりしたいだろうに……。
そんな思いからでた言葉だった。
「あなたは、神官、ですか?」
「あ……はい。帝都中央神殿より短期派遣でこちらに参りました」
「そう、ですか」
てっきり眠っていると思っていたが、起きていたようだ。
素性がバレないように言動には気をつけないとと、姿勢を正す。
「聖女は……下を向かないんですって」
「聖女様も一人の人間ですよ」
「それでも、あのひとに、また会えたときに……」
「あの人……女神ですか?」
「いえ。女神よりもすてきなおうじさま……」
思わずふっと笑みが漏れた。
女神の使者である聖女が、まさか好きな男を女神よりも素敵と言ってしまうなんて。
女神信仰の強い神殿で、毎日女神像に祈りを捧げながら、心の内では淡い恋心を抱えている。
クララもただの可愛らしい少女なのだ。
そのまま眠ってしまったクララを見て、ライオネルは掛布を首元までかけてやった。
小さな部屋を出て、本来の任務に戻る。
どうしてか可哀想なあの聖女のことが、脳裏に焼きついて離れなくなっていた──。
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