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偽善心から執着心へ(ライオネル視点)(1)
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◆◆◆
「…………やられた」
ライオネルは破壊された拘束の魔法道具の足輪を手に取り、呟いた。
部屋から抜け出せないように設定した魔法道具は、南に位置する魔術大国から取り寄せた精度の高いものだった。
いくら神聖力を持つクララであっても、破壊できないはずだった。しかしクララはライオネルの想像以上に高い神聖力を持っていたのだ。
「力を見誤った俺の落ち度だな……」
すぐさま配下にクララ捜索の命令を下す。見つけ次第拘束はせず、行動を事細かく報告するようにと命じた。
「拘束せず、泳がせておいてよろしいのですか? 今度はより強い拘束の魔法道具を用意することも可能ですが……」
「いや、いい。それよりも他にやらなければならないことができた。今はそっちを優先する」
「左様ですか」
ライオネルの一番信頼をおいている腹心──ゾアードをちらりと見遣る。
「……嫌ですよ」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「殿下がそういう視線を送るときは、大抵碌なことがありません。何年の付き合いだと思っているんですか」
普段は無表情を貫く無粋な男だが、ライオネルの前ではよく不快そうに眉をしかめている。
主人であるライオネルに対してこのような態度を取れるのも、幼馴染であり親友である二人の関係だからこそ成り立っていた。
武術の腕も優秀で、頭の回るゾアードは、ライオネルにとって欠かせない大切な側近だ。
「ゾアにしか頼めないんだ」
「はぁ……そう言えば俺が言うことを聞くとでも思ってます?」
「思ってる」
ギロリと鋭利な黒眼が睨めつけてくる。深緑色の髪を掻き上げて、ゾアードは諦念の溜め息をついた。
「一応念の為に聞いておきましょう。内容は?」
「北の隣国、ワグ国に潜入してきてほしいんだ」
「聖女信仰の厚い、小国ですか」
ビアト帝国は北をワグ小国、南をホーギア魔術大国に挟まれている。
北のワグ国は険しい山脈に連なる地形で、他国と親交の薄い孤立した国だ。
聖女誕生の地と言われ、聖女を多く輩出する国と聞くが、事実は定かではない。
「具体的にはワグ小国で何をすれば良いのですか」
「近々、本格的にワグ小国と和平条約を結びたい。ゾアは向こうで情報を集めてほしい」
「和平条約については前々から話に出ておりましたが、毎回和睦の使者を追い返されております。今回も使者を送るだけ無駄なのでは……」
「俺が直々に赴くつもりだ」
「なるほど……何か秘策でもあるのですね?」
相変わらず察しが良いなとゾアードを見る。
本来はクララから聖女の称号を剥奪し、神殿の支配下から解放させる予定だった。そして彼女と婚姻し、思う存分新婚生活を満喫してから取り組もうと思っていた事案だった。
しかしクララは聖女であることを強く望んでいた。今まで散々苦労してきた彼女の心を、傷つけるようなことはしたくないし、なにより彼女に嫌われるようなことはできない。
聖女と結婚するには神殿の許可が必要だ。しかし皇家と神殿は互いに監視・牽制し合う関係であり、神殿に対して聖女を貰い受けたいと打診しても許可が下りないだろう。
であれば、聖女クララを手に入れる方法はひとつ。功績をあげて、その褒賞としてクララと婚姻を望むのだ。
これがライオネルの別計画の全容だった。
多少時間がかかってしまうが……クララの心と身体、すべてを手に入れるためには仕方がない。
手元に置いて、安全を守りながら少しずつ愛を育めたら……と思っていたが、まさかクララが逃亡するとは思っていなかった。
クララはずっと神殿で働き詰めだったから、少しくらい羽を伸ばしたいという気持ちはわからなくはない。
(仕方ない、少しの間だけ自由にしてあげるよ。でもすぐに迎えにいくからね。今度は聖女クララとして、貴女を捕まえてみせる)
窓から雲ひとつない青空を見上げる。美しい空色は、クララの瞳を想像させた。
今ごろどこを逃げ回っているのか──その姿を考えるだけでも愛おしさが増してくる。
「……また九人目の聖女様のことですか? 本当、よく飽きませんね」
「クララは本当に可愛いんだ」
「逃げられましたけどね」
「ふっ、どこまででも追うさ」
ライオネルの異常ともいえるクララへの想いに、ゾアードはやれやれと肩を落とした。
「…………やられた」
ライオネルは破壊された拘束の魔法道具の足輪を手に取り、呟いた。
部屋から抜け出せないように設定した魔法道具は、南に位置する魔術大国から取り寄せた精度の高いものだった。
いくら神聖力を持つクララであっても、破壊できないはずだった。しかしクララはライオネルの想像以上に高い神聖力を持っていたのだ。
「力を見誤った俺の落ち度だな……」
すぐさま配下にクララ捜索の命令を下す。見つけ次第拘束はせず、行動を事細かく報告するようにと命じた。
「拘束せず、泳がせておいてよろしいのですか? 今度はより強い拘束の魔法道具を用意することも可能ですが……」
「いや、いい。それよりも他にやらなければならないことができた。今はそっちを優先する」
「左様ですか」
ライオネルの一番信頼をおいている腹心──ゾアードをちらりと見遣る。
「……嫌ですよ」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「殿下がそういう視線を送るときは、大抵碌なことがありません。何年の付き合いだと思っているんですか」
普段は無表情を貫く無粋な男だが、ライオネルの前ではよく不快そうに眉をしかめている。
主人であるライオネルに対してこのような態度を取れるのも、幼馴染であり親友である二人の関係だからこそ成り立っていた。
武術の腕も優秀で、頭の回るゾアードは、ライオネルにとって欠かせない大切な側近だ。
「ゾアにしか頼めないんだ」
「はぁ……そう言えば俺が言うことを聞くとでも思ってます?」
「思ってる」
ギロリと鋭利な黒眼が睨めつけてくる。深緑色の髪を掻き上げて、ゾアードは諦念の溜め息をついた。
「一応念の為に聞いておきましょう。内容は?」
「北の隣国、ワグ国に潜入してきてほしいんだ」
「聖女信仰の厚い、小国ですか」
ビアト帝国は北をワグ小国、南をホーギア魔術大国に挟まれている。
北のワグ国は険しい山脈に連なる地形で、他国と親交の薄い孤立した国だ。
聖女誕生の地と言われ、聖女を多く輩出する国と聞くが、事実は定かではない。
「具体的にはワグ小国で何をすれば良いのですか」
「近々、本格的にワグ小国と和平条約を結びたい。ゾアは向こうで情報を集めてほしい」
「和平条約については前々から話に出ておりましたが、毎回和睦の使者を追い返されております。今回も使者を送るだけ無駄なのでは……」
「俺が直々に赴くつもりだ」
「なるほど……何か秘策でもあるのですね?」
相変わらず察しが良いなとゾアードを見る。
本来はクララから聖女の称号を剥奪し、神殿の支配下から解放させる予定だった。そして彼女と婚姻し、思う存分新婚生活を満喫してから取り組もうと思っていた事案だった。
しかしクララは聖女であることを強く望んでいた。今まで散々苦労してきた彼女の心を、傷つけるようなことはしたくないし、なにより彼女に嫌われるようなことはできない。
聖女と結婚するには神殿の許可が必要だ。しかし皇家と神殿は互いに監視・牽制し合う関係であり、神殿に対して聖女を貰い受けたいと打診しても許可が下りないだろう。
であれば、聖女クララを手に入れる方法はひとつ。功績をあげて、その褒賞としてクララと婚姻を望むのだ。
これがライオネルの別計画の全容だった。
多少時間がかかってしまうが……クララの心と身体、すべてを手に入れるためには仕方がない。
手元に置いて、安全を守りながら少しずつ愛を育めたら……と思っていたが、まさかクララが逃亡するとは思っていなかった。
クララはずっと神殿で働き詰めだったから、少しくらい羽を伸ばしたいという気持ちはわからなくはない。
(仕方ない、少しの間だけ自由にしてあげるよ。でもすぐに迎えにいくからね。今度は聖女クララとして、貴女を捕まえてみせる)
窓から雲ひとつない青空を見上げる。美しい空色は、クララの瞳を想像させた。
今ごろどこを逃げ回っているのか──その姿を考えるだけでも愛おしさが増してくる。
「……また九人目の聖女様のことですか? 本当、よく飽きませんね」
「クララは本当に可愛いんだ」
「逃げられましたけどね」
「ふっ、どこまででも追うさ」
ライオネルの異常ともいえるクララへの想いに、ゾアードはやれやれと肩を落とした。
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