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【49】他には何も要らない(7)

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 朝起きて水を汲み、身支度を整える。
 家事をして薬草の手入れをして薬を作る。

 この家に来て毎日繰り返していること。
 やっていることは何も変わらないのに、世界の色が変わってしまったかのような新鮮さがあった。

 左肩に受けた矢の傷は順調に治り、セノフォンテは少しずつリハビリを開始した。
 寝たきりだった身体の筋肉は相当衰えてしまったようで、日々運動量を増やしながら鍛錬に励んでいる。

 そうして数週間が経ち、王城からの知らせを受けて歓喜の声を挙げた。

「メリッサの赤ちゃん、無事に生まれたって……!」
「本当か! 良かったな」

 アルトゥルからの手紙には無事に女の子が生まれたこと、母子共に健康であることが記してあった。

「本当に良かった。メリッサ、頑張ったね……」

 手紙を胸に抱きしめる。
 メリッサが幸せそうに微笑む姿を思い返して胸が熱くなった。

 セノフォンテに頭を引き寄せられて硬い胸に押しつけられる。

「フラン……」
「セノ、勘違いしてるでしょ。私、赤ちゃんのこと羨ましいと思ってるわけじゃないよ」
「…………」

 おめでたいことなのにどこか浮かない表情をしているセノフォンテに気がついていたフラミーニアは、誤解のないように言った。

「俺別になにも言ってないし」
「顔に書いてあったもん。ふふっ」
「…………やっぱり女性は母になりたいものなんかな」

 フラミーニアの頭の上に顎が乗せられてしまって、セノフォンテの表情を窺うことができない。
 フラミーニアは大きな身体を優しく抱き締めながら言った。

「メリッサが妊娠を教えてくれた時のこと覚えてる?」
「うん」
「メリッサがね、すっごく嬉しそうで、幸せそうだった」
「そうだったな」
「メリッサの幸せが叶ったんだと思ったから、私も凄く嬉しくなったの。私の幸せはセノと一緒にいることだから」
「……うん」

 抱き締められる腕の力が強くなる。
 セノフォンテは強くて逞しい王宮勤めの騎士なのに、魔法の代償のことになると途端に小さくなってしまう。
 生まれ持ったこの代償のことで悩み、苦しみ、絶望して深い深い傷を負っていたのだろう。

 こんな代償なんてかすり傷にもならないのに、とフラミーニアは思う。けれど、人によって幸福が異なるのと同じで、人によって痛みを感じることも異なるものだ。
 それを無理に傷ではない、と言うのはおかしい。
 だからこそフラミーニアはただただ隣にいる。

「セノ大好きだよ」
「……知ってる」

 少し震えた声が愛おしくて切なくて。
 フラミーニアはセノフォンテの気が済むまで、このまま温もりを与え続けた。

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