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【33】あなたと前だけを(3)

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「そうやって湯を沸かすんだな。次からは出来るだけ俺がやるから言って」
「どうして?」
「どうしてって……単純に危ないだろ。重いし」
「私やり慣れてるから平気だよ」
「そういうことじゃなくてっ……。あーっ、フランには直接言わないと伝わらないな……」
「ん?」

 額を押さえながらブツブツと小言を呟くセノフォンテを横目に、せっせとタオルと着替えを用意する。

「ほら、セノ入ろう!」

 髪をまとめていたリボンを解き、ワンピースを脱ごうとしたところで、後ろからセノフォンテに羽交い締めにされた。

「え、何するの?」
「いや、こっちの台詞。何してんの?」
「お風呂に入るんだよ」
「じゃあ脱ぐのは俺がいなくなってからにして」
「え。なんで? 一緒に入ろうよ」
「入らねーよ!」

 ギュッと鼻を摘まれて目をパチパチと瞬いた。
 セノフォンテは頬を赤らめて目を細め、フラミーニアを睨め付ける。

「メリッサは女同士だったから許されるけど、俺は男だ! 異性にむやみに肌を見せたり触れさせたりしてはいけないこと! あと力のいる作業や怪我をするリスクがある作業は素直に俺に任せる! フランは女の子なんだ。俺だって男としてフランを守りたいと思ってる。そろそろ俺に頼ることを覚えろ!」

 大声で一気に言葉を捲し立てると、「先に湯をどうぞ!」といって家の中に入ってしまった。
 残されたフラミーニアは茫然として……思わず笑みが溢れた。

「ふふ。ここへ来たばかりのときもこうしてメリッサにも怒られたなぁ。セノと一緒にお風呂は入れないのかぁ、残念」

 怒られてしまったのに嬉しくなってしまう。
 やっぱり誰かと一緒に過ごすのは心が擽ったくなって温かくなる。改めて幸福なことなのだと再認識した。

 湯からあがると、着替えを入れていた籠に見慣れない袋が入っていた。可愛らしいレースのリボンがかけられている。

 何だろうと思って中身を開けてみると、そこにはピンクの小花柄模様の刺繍が施された部屋着が入っていた。丈の長いワンピースで、袖がふんわりと膨らんでいる。明らかに女性物だ。……きっとセノフォンテからの贈り物。

 ドキドキと胸を躍らせながら袖を通す。
 柔らかい木綿生地が肌を包みこんだ。

 わざわざ、私のために……。

 湯に浸かりすぎたのか、可愛らしい部屋着に歓喜したのか、肌が薄紅色に染まる。
 セノフォンテが待つ部屋に戻った。

「一番湯をありがとう」
「あぁ」

 フラミーニアの姿を見て、セノフォンテは悪戯が成功したかのようにニィッと笑った。

「やっぱり、似合うと思った。夜ならもう土いじりはしないから汚れることもないだろ?」
「うん。……ありがとう。なんだか……ドキドキしちゃう。大切にするね」
「いいよ。ただの俺の自己満足だから」
「私に服を与えることが? 前もそう言ってたよね」

 セノフォンテは立ち上がり、タオルをフラミーニアの頭に被せた。
 視界が遮られて前が見えない。

「……可愛いフランを俺が独り占めしたいだけ。……風呂行ってくる。髪ちゃんと乾かしとけよ」

 カァァと体の熱が上がる。頭に乗せられたタオルを強く握り込んだ。

 タオルで顔が隠れていてよかった。こんな顔、セノフォンテに見られたくない。

 セノフォンテの足音が遠ざかると、力なく床に座り込む。

 ――――なにこれなにこれなにこれ……っ!

 心臓が甘く締め付けられる。嬉しさと恥ずかしさと居た堪れなさが同居する、不思議な感覚。

「これからセノとの生活、大丈夫かな……」

 ゆっくりと呼吸をしながら体の熱を抑えようと試みたが、どうもうまくいかない。
 タオルで髪の水分を拭き取っても、夕飯の支度をするために台所へ移動しても、熱くなった身体はなかなか冷めなかった。
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