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【26】デート(3)

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 昼が近くなったからか、先程より人通りが増えている。

「それ、肩寒くないの?」
「私恥ずかしいって言ったんだけど、店員さんに流行りだからって言われちゃって……。寒くはないんだけど」
「ふーん。……着るのは俺といる時だけな」

 繋いだ手にぐっと力が込められた。
 気恥ずかしくなって下を向いて歩く。

「メリッサとは何処へ行ったの?」
「いつも薬屋に行ってたよ。あとは日用品店と本屋、くらい」
「女性同士なのに服屋とか雑貨屋は行かないんだ」
「森の中で飾り立てても意味がないってメリッサが。あとメリッサの気分が悪くなってしまうから滞在も手短かに済ませたかったし」
「あー。確かに」

 並んで歩いていると、漂ってくる甘い香りに思わずスンと鼻を鳴らした。
 この良い香りの出所は何処だろうとキョロキョロと辺りを見回す。

「あ、向こうでパラチンキが売ってる。こっちまで匂いが流れてきてるな」
「パラチンキってなに?」
「薄いクレープ状のパンケーキの中にジャムが入ってるんだ。食べやすいよ。買ってみようか」
「そうなんだ」

 森の中で生活をしていると甘味はもっぱら生の果物ばかりだ。
 パンケーキってどんな味がするのだろう。

 お金を支払いパラチンキを二個受け取ったセノフォンテがフラミーニアの元へ戻ってくる。ベンチに並んで腰掛けた。

「はいどうぞ。……なんか昔と逆だね」
「ふふ、ありがとう。昔は屋根の上だったけど、やっぱりベンチが食べやすいね」

 夜更けに屋根の上で会っていた時はフラミーニアのご飯を二人で分け合って食べていた。
 懐かしいな、と思いながら手の中のパラチンキを見る。

 薄い生地が重なり、赤いジャムが溢れ出ていた。一口齧ると香ばしい生地と甘酸っぱいジャムが一体となっていて美味しい。

「やっぱり……セノと食べるご飯は美味しいな」

 幸せな記憶を思い出して心が温かくなる。まさかまたセノと並んでご飯を食べられるなんて思ってもいなかったから。
 小さく呟いた言葉をセノが聞いていたかはわからない。

「次は何食べようか。飯屋にでも入るか?」
「え、もう食べたの。相変わらず早いね」
「こんなの二口あれば十分。肉食べたいなー。フランは?」
「私もお肉がいいな!」
「よし決まり」

 残りのパラチンキを咀嚼するフラミーニアの頭をセノフォンテがぽんぽんと撫でた。

「いつも撫でられる側だったから、俺から触るのはなんか、新鮮」

 意地悪く口端をあげるセノフォンテを見てギュッと心臓が収縮する。
 金瞳を直視していられなくて、咄嗟に手元のパラシンキに視線を合わせる。

 この浮わついた気持ちは何だろう……。

「セノはふわふわで可愛いけど……」
「フランも割と触り心地良いよ」
「絶対そんなことない……」

 このままだと何かが破裂しそうなので、パラチンキを食べるのに集中した。あんなに甘かったはずなのに、途中から味がしなくなってしまった。



 その後はレストランに入り、二人してステーキを平らげた後は本屋や雑貨店へ寄り、買い物を楽しんだ後、森の家に戻る。

「お帰りなさい」

 そう言ってアルトゥルが迎えてくれた。

「メリッサとお話できましたか?」
「お陰様で。メリッサは疲れたのか眠ってしまいました。寝台に寝かしていますから、あとはお願いしますね」
「わかりました」

 上着を羽織り帰宅の準備を始めるアルトゥル。騎士であるセノフォンテと同じくらい筋肉がついた男らしい体つきで、騎士服を着ていないだけでもしかしたらアルトゥルも騎士なのかもしれない。
 上着の釦を留めながら思い出した様に話しかけられた。

「衣裳も耳飾りも似合っていますよ。セノが選んだにしてはなかなかのセンスですね」
「うるせーよ」
「あの、実はお店の方に見立てていただいて……」

 んむ、とセノの大きな掌に口元を押さえられた。

「くくっ。フラミーニアさんは正直な女性ですね」
「ん、んん……」
「フラン、アルとは話さなくていい。あんまり良いことないから」
「んーん?」
「なんでも」

 「あと褒められた時は適当にありがとうございますって言っときゃいいから!」と駄目出しをされた。事実を話しただけなのに……。

「それじゃあ、また一ヶ月後に来ますね」
「俺はまた薬を運ぶから、三日後な」
「うん」

 馬車が入れない森の中なので、徒歩で帰路につく二人を姿が見えなくなるまで見送った。
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