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【6】初めての友人(6)
しおりを挟む「そんな……その仕打ちはあまりにも酷いのでは……」
「手切れ金を渡せば問題ないだろう。まぁそれもすぐに下衆な奴らに絡め取られるだろうがな。教養も魔力もない者が生きていくなんて、そんな生温い世の中ではない」
会ったこともない異母弟のコルンバーノはフラミーニアの境遇を憂いていた。
しかし父の言葉に迷いも憂いもない。さも当然のような言い草だ。これから先、何を言っても父の意志が変わることはないだろう。
「コルンバーノ。これが研究者から送られてきた実験の要項だ。これを踏まえて施設を整える必要がある。目を通しておきなさい」
「…………はい。父上」
恭しく頭を下げ、退出するコルンバーノの影に潜んで人形を退却させた。
魔力を操作し、何とか無事に手元に人形が帰ってきた。元々粗雑なつくりだったが、更に汚れて黒くなり、あちこちがほつれている。
「そっかぁ……。そういうことだったんだ。うん。そうだよね」
心に大きな穴が空いたような虚無感。
悲しみや恐怖よりも、どちらかというと納得の方が大きかった。
何故衣食住を与えられ、何不自由なく生かされていたのか。
何故外にも出れず閉じ込められていたのか。
何故、十八歳になったら外に出れると言ったのか。
「私が生きているのは【魔力転移】のためだけ、なんだ」
不思議と涙は出てこなかった。
フラミーニアの価値は【魔力転移】だけだと言われても、自分でもその通りだとしか思えなかった。
実験なんて何をされるか分からない。抵抗した場合は爪を剥ぐ――つまり拷問してでも従わせるといった発言も、用が済めば市井に捨てると言ったことも恐ろしいと思った。嫌だと思った。
しかしそれよりもフラミーニアの心を深く抉ったのは、渇望だった。
父の言いつけを守り屋根裏部屋に引き篭もり、大人しく言うことを聞いていれば。魔法を上手く使えるようになればいつか――成人になったら、父や家族に愛してもらえるのかもしれない……なんて。そんな淡く脆い期待、抱くだけ無意味だったのに。
フラミーニアに初めから愛情なんてなかった。求められていたのは身に宿す魔法だけだった。
――――このままでいいの?
確かに父の実験が成功して代償なく魔力を扱えるようになれば喜ぶ人は沢山いるかもしれない。だけどその喜ぶ人は、フラミーニアを愛してくれる人ではない。顔も名前も知らない、フラミーニアという人間を見てもくれない人。
そしていずれ用済みとなった自分は愛されることも必要とされることもなく、一人きりのまま糸屑のように捨てられるのだ。
そんな未来を到底受け入れられるはずがない。
もう親鳥の温情を乞い待つだけの、鳥籠の中の雛鳥になんてならない。扉を壊して、自由に空を飛び回ってみせる。
――私は自分の選んだ道を進んで、自分が愛した人を幸せにしたい。だったら、こんな魔力……要らない。
フラミーニアの瞳が初めて鮮やかに色づいた瞬間だった。
無気力だったフラミーニアを突き動かしたのは、愛されたいという渇いた欲望だった。
そしてフラミーニアは外見の変化が大きく出ないように、ゆっくりと時間をかけながら【魔力転移】を行使して魔法に関する知識を集めた。
女神から賜る魔法は基本的には一人一種類だということ。
魔法にはそれに応じた代償がついてくること。
魔力は成人を迎える頃に力が安定すること。
魔力は一度枯渇したら再度取得できないこと。
魔力には残滓が残り、隠れたり逃げても追跡されてしまうこと。
それらを知ったフラミーニアは綿密に計画を立てた。
父の執務室に忍び込めば、大体の情報を知ることができた。予め脱走経路を調べ、夜中の地下下水なら誰にも会わずに王都の外へ出られそうだということを確認する。
あとはどうやって魔力を枯渇させるのか。
この不恰好な人形に全ての魔力を注いでみようか。でもこんな強度のない脆い人形では、流石に全ての魔力を受け入れられるように見えない。
「セノは……魔力、欲しいかな……?」
ふと金瞳の犬を思い出す。
人語を話す犬はもしかしたら元は人間かもしれない。例え仮に動物だとしてもそれなりに魔力を受け入れられるはずだ。少なくともボロボロの人形よりは良いはず。
基本的に魔力量は増えることはない。今の学問ではフラミーニアの【魔力転移】を行使する以外には方法はない。
魔力量は多ければ多いほど魔法の精度や威力が上がる。一般的に考えれば、もらって嫌なものではないはずだ。
それにフラミーニアには選べるほどの選択肢が無かった。
「セノ……大好きなセノ」
こうして十七歳の夜、フラミーニアは初めて自分の足で未来を歩き始めた。
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