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断れない(1)

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 時間は流れ、十二月になった。
 どこか気が急いてしまう、慌ただしい季節だ。

 修哉の会社との仕事は順調に進んでいて、無事に納期を終えると契約満了となる。
 そうなったら修哉と縁を切り、会うことはなくなるだろう。

 頭から修哉の存在を忘れられるように、話題のドラマを見てみたり、最新グルメを巡ってみたり、色々策を凝らしてみたもののあまり効果はなかった。
 こういうのは時間が風化してくれるのに、身を任せるしかないのかもしれない。

 そう思うと……母の偉大さを思い知らされる。
 何度結婚と離婚を繰り返しても、愛の前では笑顔を作って前を向いていた。もし自分に子供がいたとして、そんな風に振る舞える自信はない。

「雪原先輩」

 会社の自席でグラフィックソフトでデザインを作成していた愛は、呼ばれて顔を上げる。
 蘭木に相談に乗ってほしいと言われて、席を立った。時間がちょうど昼休憩のタイミングだったため、一緒にランチへ行くことになった。

 蘭木がよく行くという、たくさんのドライフラワーに囲まれたカフェへ入った。
 注文を済ませ、改めて蘭木の話を聞く。

「雪原先輩にお願いがあって……修哉選手から、不破選手の連絡先を聞いてもらいたいんです!」
「え?」

 てっきり仕事の相談かと思いきや、想定外の内容にポカンと口が開いてしまう。

「ちょっと待って、いきなりそんなこと言われても……」
「雪原先輩は修哉選手とお友達なんですよね!」
「いや、別にお友達じゃ……」
「だって、修哉選手たちが私たちの会社にウェブデザインを依頼してくれたのって、雪原先輩にデザインを頼みたかったからでしょう?」

 先輩に担当指名されていましたもの、と言われてぐぅっと押し黙る。
 修哉とはただのクライアントとしてだけの関係だと、上手くやれていると思っていたのは愛だけだったようだ。

「それに、あのミリートパーズの新作のワンピースをくれたお友達って修哉選手でしょう?」
「……」

 なぜそれを。
 修哉が言ったの……? いや、蘭木の勘かもしれない。
 認めても嘘をついても、どちらにしても面倒なことになる気がして、愛は口を閉ざした。

「こないだ映像プロモーションの撮影で、YAwallの施設に行ってきたんですけど、そこで会った不破選手に惹かれちゃいまして! どうしてもアタックしたいんです!」
「ふわ、選手……」

 そういえば筋肉クッキーを渡しにジムに訪れたとき、受付にいた子が不破と呼ばれていた。
 くるんとした癖毛が特徴的な、可愛らしい男性だった記憶がある。

「私が連絡先を聞いて、蘭木さんに教えるよりも、蘭木さんが直接聞いたほうがいいんじゃ……」
「ただのファンと一緒にされるのは嫌なんです! それにきっと修哉選手から言われたら断りにくいでしょう?! そっちのほうが勝率が高いです!」
「う、うん……たしか、に……?」

 ぐいぐいと前のめりになって愛の手を掴んでくる蘭木の目は本気だ。

「絶対に諦めたくないんです! 私も二十七歳だし、そろそろ結婚相手に相応しい人とお付き合いしたほうがいいと、周りにはうるさく言われますけど。正直結婚とかどうでもよくて、率直に好きな人といたいじゃないですか」
「好きな人といたら結婚したくなるもんじゃないの?」
「結婚なんてただ紙一枚の契約書じゃないですか。そんなものよりも、自分の心のままにそのとき一緒にいたい人といる、それが一番です!」

 ドンと胸を張って言い切る蘭木は、一貫しているなぁと思わず感心してしまった。

「自分の心のままに生きる、ね。蘭木さんらしい」

 悪くいえば自己中心的でそれに振り回されて仕事を押し付けられている愛にしてみれば複雑な心境だ。けれど、それが蘭木の良さであり魅力でもある。

「だから、不破選手が大学生だからって諦めたくないんです」
「え、大学生なの?」

 それは知らなかった。愛よりは若いだろうなとは思っていたけれど。やはり筋肉男子は年齢不詳だ。

「だから雪原先輩! お願いします!」

 額で両手を合わせて懇願する蘭木にたじろぐ。

 しかし、修哉とは縁を切ると決めたし、あまり連絡を取ることもしたくない。
 でも自分の気持ちに正直に生きている蘭木を、応援してあげたいとも思う。

 ちょっと、母に似てるかも。
 恋愛に真っ直ぐなところも、前しか見ていないところも、自分に素直なところも。

「できるかはわからないけど……掛け合ってはみるね」

 正直、大学生なんてやめておけと言って体よく断ることもできたけれど、気がついたときにはそう口に出していた。

 なんやかんやカワイイ後輩の蘭木は憎めない。

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