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どうしたらいいの(修哉視点)(8)
しおりを挟む二年近い歳月をかけて構想を練り、ようやく完成したクライミング・ボルダリングスポーツジム『YAwall(ヤウォール)』。
建築設計事務所とインテリアデザイナーと何度も打ち合わせを重ね、完成した総合ジムだ。ボルダリングエリア、トレーニングエリア、プロフェッショナルエリアに分かれており、シャワー室や休憩スペースも完備している。クライミング初心者からプロまで使える仕様になっている。
「ここが二ヶ月後にオープンするYAwallです」
「わぁ、ジムとは思えないくらいお洒落ですね……!」
「ありがとうございます。女性の方も気軽に入れる施設にしたかったので、そのお言葉は嬉しいです」
今日は施設紹介やPR用の映像プロモーションの撮影だ。撮影クルーと映像担当の大井、そして蘭木がスポーツ施設に訪れていた。
ターコイズの壁面にカラフルなホールドを設置したことで、クライマーの気持ちを上げられるように配慮した。既存のボルダリング施設は倉庫を改装した無機質なものが多いため、女性や子供も気軽に楽しめるような施設にしたかったのだ。インテリアデザイナーを設計に関わってもらった甲斐がある。
「ところで、今日は雪原さんはいらっしゃらないのですか?」
「雪原先輩は別のクライアントとの打ち合わせが入っておりまして、今回は不在です」
「そうですか。お忙しいんですね」
せっかく愛に会えると思ったのに、拍子抜けしてしまった。愛に競技するところを見てもらえるチャンスだと思ったのに。
まぁ、それはまたいつかでいいかと気持ちを切り替えて、動画撮影を進めていく。
「今回は修哉選手と不破選手が主に被写体となって、カメラに映っていただきますが、よろしいですか?」
「はい」
大会でも着用する本格的なスポーツウェアに身を包み、カメラマンの指示のもと壁を登っている映像もいくつか撮影する。
ほぼ毎日一緒にトレーニングしている不破は現役大学生だが、日本大会でも好成績を収める将来有望な選手だ。
YAwallの広告塔として、知名度のある二人の選手がメディアに映れば、話題性もあり集客にもつながるだろうという兄の戦略だ。
数時間かけ、ひと通り撮影が終わると撤収作業が始まる。撮影クルーたちは重たい機材を片付け、コードを巻き付けている。
「修哉選手、少し映像についてお話してもいいですか?」
「わかりました。休憩スペースに移動しましょうか」
大井に声をかけられてソファとローテーブルが並ぶ部屋へ移動する。この部屋には大きなガラス窓があり、ボルダリングエリアが一望できる仕様になっている。
対面に座り、映像プロモーションについていくつか確認事項を整理し、大井はタブレットにメモを取っていた。
「確認していただくのは以上です。ありがとうございました。今回撮影した素材を元に、素晴らしい映像に仕上げてみせますので」
「楽しみにしています。やはり御社に頼んで正解でした」
「そんな……まだ完成ではありませんよ」
「はは、そうでしたね」
大井という男性は、軽そうな見た目とは裏腹に仕事はきちんとこなす。
「スポーツ選手なんて、いつ怪我をして競技が続けられるかわからないので、いつか絶対にスポーツジムを作りたいと思ってたんです。だからどれも妥協したくなくて。偶然雪原さんのデザインを見て、この人に頼みたいと思ったんですよ」
「そうでしたか。雪原が聞いたらきっと喜びます。伝えておきますね」
大井は人好きするような、爽やかな笑みを浮かべた。
「修哉選手は、引退後を見越して今回の事業を? すみません、踏み入ったことを聞いてしまって」
「いえ。まぁ、引退はいつかはすると思いますが、自分の体次第ですかね。今は若年層だけでなく、三十代や四十代でも現役選手はいますから」
「そうですか。てっきり今すぐに表舞台から退かれるつもりなのかと思いまして。これからのご活躍も、応援しています」
穏やかな声なのに、どこか刺々しさを感じる。
ここ最近愛の様子がおかしい元凶は大井にあると、なんとなくだがそんな気がした。
「ありがとうございます。競技もジム経営も……私生活でも色々と頑張ります。やるからには、全てにおいて頂点を目指したいので」
修哉もどこか含みのある言い方をしてみた。一瞬大井の眉がピクリと反応したので、どうやら本意が伝わっているようだ。
「はは。やっぱりアスリートは負けず嫌いな方が多いですね」
「そうですね!」
修哉はにっこりと微笑んだ。
愛と修哉の関係を知った大井がどういった行動に出るのかは知らないが、こちらこそ愛を手放すつもりはない。
これ以上愛ちゃんを苦しませるわけにはいかない。
修哉は決意が固まった。
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