77 / 84
《61》得た勲章とは(3)
しおりを挟む
今は着付けに関する資格を取得しつつ、この倭の国きもの学院の着付け師範アシスタントとして、着付け教室に勤務している。
「瑛美先生、ごめんなさいね。来週の予定だった夜桜観賞会、今日に変更になったの。今から向かってもらえるかしら?」
「和歌先生、承知しました」
支度部屋に入ってきた学院長である清澄和歌から、予定の変更を告げられる。
「他の人たちはもう先に向かっているから」と言われて、待ち合わせ場所が書かれた紙を受け取った。
「そういえば着付け技術試験の結果が来ていたわ。……今聞く?」
「はい。知りたいです。ど、どうでしたか……?」
そっと畳に視線を落とす学院長を見て、駄目だったかと重たい息が出そうになる。
「きゃーっ! 合格よ、おめでとう!」
「もぉー! そんな神妙な顔されたら落ちたと思うじゃないですかっ」
「うふ。びっくりさせようと思ったのよ。本当におめでとう。また今度改めてお祝いさせて」
御年七十近い学院長は茶目っ気があってとても可愛らしい人だ。冷淡な大和と本当に血が繋がっているのかと思うほど、性格は正反対だ。
「ありがとうございます。これも全て和歌先生のお陰です。感謝してもしきれません」
「いいえ、瑛美先生が頑張ったからよ。……ってあら、屋形船の出航時間に遅れてしまうわ。急がないと」
「はい。では行って参ります!」
高層ビルから出て、待ち合わせ場所へと向かう。
春とはいえ、夜はまだ冷える。薄手のショールを肩に掛けながら、スマートフォンで地図を確認した。
河岸に咲くライトアップされた桜並木を、屋形船で観覧する夜桜観賞会は、きもの学院の人気イベントらしい。
瑛美が参加するのは今回が初めてだが、参加したことのある別の講師からは、とても素晴らしく感動的だったと話を聞いた。
今回は教室の生徒たちの補助として参加することになっている瑛美は、足早に草履を鳴らす。
無事に待ち合わせ時間内に屋形船の停留所に着いた。しかし、人影はない。
(早く着きすぎてしまったのかな。いや、でも出発時間の五分前だし……)
そう思っていると、屋形船の操縦士に声をかけられて、促されるまま船に乗り込んだ。
提燈の灯りがついた船内は、思っていたよりもスペースがなく、頭上に気をつけながら足を進める。
今回の夜桜観賞会に参加する人数は二十数名と聞いている。それにしてはこの船は小さすぎる気がする。
ふと、男性の影が視界に入って足が止まった。
彫りの深い、ぱっちりとした二重瞼。男性らしい太さのある眉。スッと通った顎のライン。
黒いサラサラの髪は軽く目に掛かっていて、清潔感がある。
提燈の橙色がかった灯りに照らされて妖艶な雰囲気を纏った男性は、お猪口を片手に瑛美を凝視して固まっていた。
「瑛美……? 幻覚……?」
「瑛美先生、ごめんなさいね。来週の予定だった夜桜観賞会、今日に変更になったの。今から向かってもらえるかしら?」
「和歌先生、承知しました」
支度部屋に入ってきた学院長である清澄和歌から、予定の変更を告げられる。
「他の人たちはもう先に向かっているから」と言われて、待ち合わせ場所が書かれた紙を受け取った。
「そういえば着付け技術試験の結果が来ていたわ。……今聞く?」
「はい。知りたいです。ど、どうでしたか……?」
そっと畳に視線を落とす学院長を見て、駄目だったかと重たい息が出そうになる。
「きゃーっ! 合格よ、おめでとう!」
「もぉー! そんな神妙な顔されたら落ちたと思うじゃないですかっ」
「うふ。びっくりさせようと思ったのよ。本当におめでとう。また今度改めてお祝いさせて」
御年七十近い学院長は茶目っ気があってとても可愛らしい人だ。冷淡な大和と本当に血が繋がっているのかと思うほど、性格は正反対だ。
「ありがとうございます。これも全て和歌先生のお陰です。感謝してもしきれません」
「いいえ、瑛美先生が頑張ったからよ。……ってあら、屋形船の出航時間に遅れてしまうわ。急がないと」
「はい。では行って参ります!」
高層ビルから出て、待ち合わせ場所へと向かう。
春とはいえ、夜はまだ冷える。薄手のショールを肩に掛けながら、スマートフォンで地図を確認した。
河岸に咲くライトアップされた桜並木を、屋形船で観覧する夜桜観賞会は、きもの学院の人気イベントらしい。
瑛美が参加するのは今回が初めてだが、参加したことのある別の講師からは、とても素晴らしく感動的だったと話を聞いた。
今回は教室の生徒たちの補助として参加することになっている瑛美は、足早に草履を鳴らす。
無事に待ち合わせ時間内に屋形船の停留所に着いた。しかし、人影はない。
(早く着きすぎてしまったのかな。いや、でも出発時間の五分前だし……)
そう思っていると、屋形船の操縦士に声をかけられて、促されるまま船に乗り込んだ。
提燈の灯りがついた船内は、思っていたよりもスペースがなく、頭上に気をつけながら足を進める。
今回の夜桜観賞会に参加する人数は二十数名と聞いている。それにしてはこの船は小さすぎる気がする。
ふと、男性の影が視界に入って足が止まった。
彫りの深い、ぱっちりとした二重瞼。男性らしい太さのある眉。スッと通った顎のライン。
黒いサラサラの髪は軽く目に掛かっていて、清潔感がある。
提燈の橙色がかった灯りに照らされて妖艶な雰囲気を纏った男性は、お猪口を片手に瑛美を凝視して固まっていた。
「瑛美……? 幻覚……?」
20
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
クールな御曹司の溺愛ペットになりました
あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット
やばい、やばい、やばい。
非常にやばい。
片山千咲(22)
大学を卒業後、未だ就職決まらず。
「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」
親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。
なのに……。
「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」
塚本一成(27)
夏菜のお兄さんからのまさかの打診。
高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。
いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。
とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる