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《幕間11》染めたい(1)ひかり視点
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連休前最後の仕事を終える。
一時間だけ残業をして仕事にきりをつけたひかりは、帰路に着くためエレベーターに乗り込んだ。
「あれ、啓介さん? どうしたんですか?」
オフィスビルのエントランスに佇んでいる啓介に声をかける。誰かと待ち合わせをしているのだろうか。
「あーいや、明日が楽しみすぎて。なんだかいても立ってもいられなくて……良かったら家まで送るよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
頭を掻きながら眉を下げる啓介が、少年のようで思わず笑ってしまう。
まるで遠足が楽しみで眠れない子供のようだ。
「明日の朝すぐに会えますよ?」
「わかってはいるんだけどね……。ごめんね、迷惑だった?」
「いえ、そんなことないです」
明日は約束していた温泉旅行へ行く日だ。明日の朝、ひかりの家まで啓介が迎えにくることになっていた。
「ひかりちゃんはもう荷造り終わった?」
「まだです。帰ってからしようと思っていて」
「俺も」
並んで歩きながら自動ドアをくぐる。
いつも疲れているときはタクシーで帰宅するが、今日は電車で帰ろうかなんて考えていると、目の前の光景に目を疑った。
「えっ……文ちゃん?」
「あ、ひぃちゃん……」
会社を出てすぐのところに、文太郎が立っていた。何故か、男性の第一礼装である羽織袴姿である。なにか式典にでも参加していたのだろうか。
まさかこんなところで会うとは思っていなかったので、ひかりは大きな瞳をパチクリさせた。
「福本さん? こんなところでどうしたんですか?」
「押田さん、お疲れ様です。すみません、ひぃちゃん貰います!」
「えっ、ちょ、文ちゃんっ!」
文太郎に腕を引かれてタクシーに乗るよう促される。
啓介は口を開けてポカンとしていた。
「すみません、今日は帰ります。また明日よろしくお願いします!」
なんとかそう一言伝えて、タクシーに乗り込んだ。
「ちょっと文ちゃん。いきなり何?!」
「ひぃちゃん、押田さんの付き合ってるの?」
「だから、文ちゃんには関係ないでしょう!」
車が動き出しても、強く手を握られたままだ。まるで逃げられないように拘束されている気分になる。
「あぁ、もう。来るなら連絡してくれれば……」
「連絡して、ひぃちゃんは僕と会ってくれたの?」
「……」
そう言われると自信を持って肯定できない。
一刻も早く、文太郎のことを忘れて前に進みたいのだ。会いたいと言われても、きっとそれに応じることはなかっただろう。
「ねぇ、何処へ行くの?」
「工房だよ。ひぃちゃんにどうしても見てほしい作品があるんだ」
それならメールで画像を送ってくれたらいいのに……と思ったが、文太郎と極力接点を持ちたくない気持ちが露呈してしまいそうだったので、ひかりは口をつぐんだ。
一時間だけ残業をして仕事にきりをつけたひかりは、帰路に着くためエレベーターに乗り込んだ。
「あれ、啓介さん? どうしたんですか?」
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「あーいや、明日が楽しみすぎて。なんだかいても立ってもいられなくて……良かったら家まで送るよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
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まるで遠足が楽しみで眠れない子供のようだ。
「明日の朝すぐに会えますよ?」
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「いえ、そんなことないです」
明日は約束していた温泉旅行へ行く日だ。明日の朝、ひかりの家まで啓介が迎えにくることになっていた。
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「えっ……文ちゃん?」
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「福本さん? こんなところでどうしたんですか?」
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「えっ、ちょ、文ちゃんっ!」
文太郎に腕を引かれてタクシーに乗るよう促される。
啓介は口を開けてポカンとしていた。
「すみません、今日は帰ります。また明日よろしくお願いします!」
なんとかそう一言伝えて、タクシーに乗り込んだ。
「ちょっと文ちゃん。いきなり何?!」
「ひぃちゃん、押田さんの付き合ってるの?」
「だから、文ちゃんには関係ないでしょう!」
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「連絡して、ひぃちゃんは僕と会ってくれたの?」
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そう言われると自信を持って肯定できない。
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「ねぇ、何処へ行くの?」
「工房だよ。ひぃちゃんにどうしても見てほしい作品があるんだ」
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