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《幕間7》こじれた初恋(7)ひかり視点
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着いたのは古びたビルの中にある一角だった。個人経営の飲食店でこぢんまりとしている。席数が少なく華やかさはないが、落ち着きのある雰囲気だった。
テーブルごとに紗のカーテンで区切られている。奥の角のテーブルに案内されて席に着いた。
「ここは寿司屋なんだけど、創作寿司なんだ。カリフォルニアロールみたいと言えばわかりやすいかな」
「すごい。美味しそうですね」
メニュー表に載っている写真はどれも見た目に凝っていて美味しそうだった。
クリスマス限定のセットが盆にのって運ばれてくる。
和と洋が絶妙に組み合わさった料理は新触感だったが、どれも楽しい味がした。
「押田さんのお陰で楽しいクリスマスになりました。ありがとうございます」
「ううん。本郷さんの弱みに付け込もうとする、卑劣な男でごめんね。……前に好きな人がいるって言ってたけど……」
「はい。見事に振られちゃいました」
はは、と笑みを作りながら眉を下げる。
「すぐに他の人に切り替えるなんてできないと思うけど、よかったら俺を使って。肩も胸も貸すし、やけ酒も付き合うよ」
「ふふっ。そんなデザイナーの胸をお借りするなんて恐れ多いです。……でも、ありがとうございます」
今日はやけに押田の言葉が胸に響く。やはり、失恋した心は相当弱りきっているみたいだ。
「いつも俺のデザインを褒めてくれて、あれこれ一緒に考えてくれているうちに、本郷さんのこといいなって……。社長の娘さんだって知ったときは俺なんてと思ったけど、本郷さんがとても魅力的だから、なかなか諦めがつかなくて。俺のこと、少しでも心の端で思い出してくれたら嬉しいな」
「私にはもったいないお言葉です。真剣に、考えさせてください」
「本当?! 嬉しいな、ありがとう」
短髪の黒髪をわしゃわしゃと掻く押田を微笑ましく見つめた。
(アラサーの時間は貴重であっという間に過ぎ去ってしまうのだから、うじうじ泣いてばかりいるわけにはいかないわ)
ひかりの砂漠のような心に、少しだけ潤いが出てきた。
タクシーで自宅まで送ってもらい、押田と別れる。
家に帰ると母が笑顔で出迎えてくれた。
「ひかり、おかえりなさい。さっき、文太郎君が来てね。ひかりに渡してほしいと頼まれたのよ。ほら、ひかりの大好きなマカロン」
ピンクのリボンでラッピングされた、可愛らしい箱。
文太郎はひかりが落ち込んでいたり喧嘩をしたときは、いつもこのマカロンを持って会いにきてくれる。小さいころからの文太郎との、お決まりのやり取りだった。
(顔も見たくないって言ったのは私だったね……)
箱の菓子店のロゴを見ながら、重たい溜め息をつく。
菓子に罪はないとわかっていても、どうしても食べる気にならなかった。
「私、お腹いっぱいだからいいや。お母さんとお父さんで食べて」
「えっ? 甘いものは別腹じゃないの?」
「昨日のパーティーでも食べすぎちゃったし、節制しないとすぐ太っちゃうから」
「あらそう? じゃあ遠慮なくいただこうかしら」
母ににっこりと笑いかけて自室へと向かう。
(うん。もう、前を向くの。文ちゃんのことはきっぱりと忘れる)
伊達メガネを外してピンで前髪を留める。化粧を落としながら、美顔器の電源を入れた。すぐにもくもくとミストがたちこめて、その中に顔を埋めた。
テーブルごとに紗のカーテンで区切られている。奥の角のテーブルに案内されて席に着いた。
「ここは寿司屋なんだけど、創作寿司なんだ。カリフォルニアロールみたいと言えばわかりやすいかな」
「すごい。美味しそうですね」
メニュー表に載っている写真はどれも見た目に凝っていて美味しそうだった。
クリスマス限定のセットが盆にのって運ばれてくる。
和と洋が絶妙に組み合わさった料理は新触感だったが、どれも楽しい味がした。
「押田さんのお陰で楽しいクリスマスになりました。ありがとうございます」
「ううん。本郷さんの弱みに付け込もうとする、卑劣な男でごめんね。……前に好きな人がいるって言ってたけど……」
「はい。見事に振られちゃいました」
はは、と笑みを作りながら眉を下げる。
「すぐに他の人に切り替えるなんてできないと思うけど、よかったら俺を使って。肩も胸も貸すし、やけ酒も付き合うよ」
「ふふっ。そんなデザイナーの胸をお借りするなんて恐れ多いです。……でも、ありがとうございます」
今日はやけに押田の言葉が胸に響く。やはり、失恋した心は相当弱りきっているみたいだ。
「いつも俺のデザインを褒めてくれて、あれこれ一緒に考えてくれているうちに、本郷さんのこといいなって……。社長の娘さんだって知ったときは俺なんてと思ったけど、本郷さんがとても魅力的だから、なかなか諦めがつかなくて。俺のこと、少しでも心の端で思い出してくれたら嬉しいな」
「私にはもったいないお言葉です。真剣に、考えさせてください」
「本当?! 嬉しいな、ありがとう」
短髪の黒髪をわしゃわしゃと掻く押田を微笑ましく見つめた。
(アラサーの時間は貴重であっという間に過ぎ去ってしまうのだから、うじうじ泣いてばかりいるわけにはいかないわ)
ひかりの砂漠のような心に、少しだけ潤いが出てきた。
タクシーで自宅まで送ってもらい、押田と別れる。
家に帰ると母が笑顔で出迎えてくれた。
「ひかり、おかえりなさい。さっき、文太郎君が来てね。ひかりに渡してほしいと頼まれたのよ。ほら、ひかりの大好きなマカロン」
ピンクのリボンでラッピングされた、可愛らしい箱。
文太郎はひかりが落ち込んでいたり喧嘩をしたときは、いつもこのマカロンを持って会いにきてくれる。小さいころからの文太郎との、お決まりのやり取りだった。
(顔も見たくないって言ったのは私だったね……)
箱の菓子店のロゴを見ながら、重たい溜め息をつく。
菓子に罪はないとわかっていても、どうしても食べる気にならなかった。
「私、お腹いっぱいだからいいや。お母さんとお父さんで食べて」
「えっ? 甘いものは別腹じゃないの?」
「昨日のパーティーでも食べすぎちゃったし、節制しないとすぐ太っちゃうから」
「あらそう? じゃあ遠慮なくいただこうかしら」
母ににっこりと笑いかけて自室へと向かう。
(うん。もう、前を向くの。文ちゃんのことはきっぱりと忘れる)
伊達メガネを外してピンで前髪を留める。化粧を落としながら、美顔器の電源を入れた。すぐにもくもくとミストがたちこめて、その中に顔を埋めた。
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