上 下
12 / 84

《12》無言は肯定(1)

しおりを挟む

 着物姿のまま荷物を持って大和とエレベーターに乗り込む。カードキーを当てると、ボタンを押さずとも勝手にエレベーターが動き出した。

「大和先生はいつも最上階で暮らしているんですか?」
「あぁ。立地も良いし、社員用の食堂もあるから食事を用意する必要もないし、楽だからな」

 大和との会話に驚きながら、外の景色を見る。
 小さくなっていく建物を見ながら、感嘆の声を漏らす。
 二十階からの夜景も美しかったが、三十階はさらに視界が開けてキラキラと輝いていた。

 大和に手を引かれて部屋に入る。このワンフロア全てが大和の部屋らしい。一体家賃はいくらなんだろう……と庶民臭い疑問がわいたが、そっと胸にしまっておいた。

 先週も座ったソファーに腰かける。ベッドのように広いソファーの前にはエレベーターから見た夜景が一面に広がっていた。

「きれい……」

 先週はカーテンが閉まっていて、このような絶景が広がっていることに気がつかなかった。
 宝石が散りばめられた宝箱のような景色に見とれていると、急須と湯呑を手にした大和が隣に腰かける。

「毎日見てると何も思わなくなるけどな」という金持ち発言をしながら、大和は緑茶を淹れてくれた。ふぅふぅと息を吹きかけながら、ゆっくり口に含むと爽やかな緑の香りが鼻から抜けていく。

「ありがとうございます。美味しいです」
「ん。よかった」

 少しの間、静寂が二人を包む。緑茶が喉を通っていく音と、ほぅっと息をつく音が繊細に響いて穏やかな時間が流れる。

 会社とも教室とも違う。胸が高鳴っていて、でもどこか落ち着く……そんな不思議な感覚に身を任せる。
 こんな気持ちになるのも、二人とも着物を着ているからなのかもしれない。

「瑛美、キスしたい」

 突然の直接的な言葉に、ボンっ頭が茹だったのがわかった。

「大和先生、あの、」
「稽古が終わった後は先生じゃない」
「じゃあ……やまと、さん……?」
「呼び捨てでいい」

 手を取られて指を絡め合う。
 瑛美の小さな手をすっぽりと包む手のひらはあたたかくて、少しカサついていた。

「一つ聞いていいですか。あの、私の匂いが好きって……」
「あぁ。瑛美からは焼き立てパンのような、甘くて食べたくなる香りがする」
「パン?」

 意外な単語に思わず目を丸くする。

「あんまり上手くは言えないけど、香水や柔軟剤じゃない、瑛美から発せられる匂い……特にうなじ辺りが濃くなるんだ」

 顔が近づいてきてスンスンと鼻を鳴らされる。瑛美は石のように固まってされるがままになった。
 人工的な香りではなく、瑛美本来が持つ体臭のことを指していると言われて、どうすればいいのかわからなくなる。

「嗅がれるのは嫌?」
「恥ずかしいです……汗のにおいがしたら、どうしようって」
「嫌な臭いは一切ないよ。ずっと嗅ぎたくなる」

 首筋に埋まっていた大和の唇が首筋に触れて鼓動が速くなる。変な声が出そうになって、下唇を噛み締めた。

「瑛美、返事は?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

契約結婚!一発逆転マニュアル♡

伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉ 全てを失い現実の中で藻掻く女 緒方 依舞稀(24) ✖ なんとしてでも愛妻家にならねばならない男 桐ケ谷 遥翔(30) 『一発逆転』と『打算』のために 二人の契約結婚生活が始まる……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

とろけるような、キスをして。

青花美来
恋愛
従姉妹の結婚式のため、七年ぶりに地元に帰ってきた私が再会したのは。 高校の頃の教師である、深山先生だった。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

フォンダンショコラな恋人

如月 そら
恋愛
「これでは、法廷で争えません」 「先生はどちらの味方なんです?!」 保険会社で仕事をする宝条翠咲の天敵は顧問弁護士の倉橋陽平だ。 「吹いたら折れそう」 「それは悪口ですか?」 ──あなたのそういうところが嫌いなのよ! なのにどんどん距離を詰められて……。 この人何を考えているの? 無表情な弁護士倉橋に惑わされる翠咲は……? ※途中に登場する高槻結衣ちゃんのお話は『あなたの声を聴かせて』をご参照頂けると、嬉しいです。<(_ _)> ※表紙イラストは、らむね様にお願い致しました。 https://skima.jp/profile?id=45820 イメージぴったり!可愛いー!!❀.(*´▽`*)❀. ありがとうございました!! ※イラストの使用・無断転載は禁止です。

処理中です...