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《12》無言は肯定(1)
しおりを挟む着物姿のまま荷物を持って大和とエレベーターに乗り込む。カードキーを当てると、ボタンを押さずとも勝手にエレベーターが動き出した。
「大和先生はいつも最上階で暮らしているんですか?」
「あぁ。立地も良いし、社員用の食堂もあるから食事を用意する必要もないし、楽だからな」
大和との会話に驚きながら、外の景色を見る。
小さくなっていく建物を見ながら、感嘆の声を漏らす。
二十階からの夜景も美しかったが、三十階はさらに視界が開けてキラキラと輝いていた。
大和に手を引かれて部屋に入る。このワンフロア全てが大和の部屋らしい。一体家賃はいくらなんだろう……と庶民臭い疑問がわいたが、そっと胸にしまっておいた。
先週も座ったソファーに腰かける。ベッドのように広いソファーの前にはエレベーターから見た夜景が一面に広がっていた。
「きれい……」
先週はカーテンが閉まっていて、このような絶景が広がっていることに気がつかなかった。
宝石が散りばめられた宝箱のような景色に見とれていると、急須と湯呑を手にした大和が隣に腰かける。
「毎日見てると何も思わなくなるけどな」という金持ち発言をしながら、大和は緑茶を淹れてくれた。ふぅふぅと息を吹きかけながら、ゆっくり口に含むと爽やかな緑の香りが鼻から抜けていく。
「ありがとうございます。美味しいです」
「ん。よかった」
少しの間、静寂が二人を包む。緑茶が喉を通っていく音と、ほぅっと息をつく音が繊細に響いて穏やかな時間が流れる。
会社とも教室とも違う。胸が高鳴っていて、でもどこか落ち着く……そんな不思議な感覚に身を任せる。
こんな気持ちになるのも、二人とも着物を着ているからなのかもしれない。
「瑛美、キスしたい」
突然の直接的な言葉に、ボンっ頭が茹だったのがわかった。
「大和先生、あの、」
「稽古が終わった後は先生じゃない」
「じゃあ……やまと、さん……?」
「呼び捨てでいい」
手を取られて指を絡め合う。
瑛美の小さな手をすっぽりと包む手のひらはあたたかくて、少しカサついていた。
「一つ聞いていいですか。あの、私の匂いが好きって……」
「あぁ。瑛美からは焼き立てパンのような、甘くて食べたくなる香りがする」
「パン?」
意外な単語に思わず目を丸くする。
「あんまり上手くは言えないけど、香水や柔軟剤じゃない、瑛美から発せられる匂い……特にうなじ辺りが濃くなるんだ」
顔が近づいてきてスンスンと鼻を鳴らされる。瑛美は石のように固まってされるがままになった。
人工的な香りではなく、瑛美本来が持つ体臭のことを指していると言われて、どうすればいいのかわからなくなる。
「嗅がれるのは嫌?」
「恥ずかしいです……汗のにおいがしたら、どうしようって」
「嫌な臭いは一切ないよ。ずっと嗅ぎたくなる」
首筋に埋まっていた大和の唇が首筋に触れて鼓動が速くなる。変な声が出そうになって、下唇を噛み締めた。
「瑛美、返事は?」
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