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《11》締切の鬼はやっぱり鬼(5)
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「大丈夫、見ないから。瑛美が嫌がることはしない。だけど補正は大事だから」
落ち着いた声音で声をかけ、白い布を取り払う。瑛美の体を見ないように畳に視線を落としながら、丁寧にサラシを巻いていく。
「まず巻き始めは腰から。一周巻いたら一度下に向かって巻いて、それから胸まで巻いていく。緩みがないように気をつけて、でも苦しくないように。締めすぎなければ、布に多少の伸縮性があるから苦しくないはずだ。上まで巻いたら、巻き終わりは巻いた部分に差し込む。決して結ばない。わかったか?」
「はい、わかりました……」
大和は瑛美の肌に触れないように、視界に入れないように配慮して綺麗に補正を完了させてくれた。
(先週が少し強引だったから、恋人関係を理由にして無理やり見られるのかと思ったけど……私の気持ちを尊重してくれて、嬉しい……)
大和が手伝ってくれて完成した補正は、綺麗な筒状になっていて、なおかつ先週のような息苦しさも一切なかった。
大和のことを見直していると、うなじに顔を埋められる。くすぐったさから肩が飛び跳ねた。
「ひ、ぁっ、いきなりやめてださいって何回も言ってます……っ」
「うん。でも目に前にうなじがあっていい香りがしたら嗅ぎたくなるのは仕方ない」
「仕方なくないいぃ……」
スースーと呼吸音がしていたたまれない気持ちになる。
「瑛美。稽古が終わったら、俺の部屋来て」
「え、な、そん、な」
「よし、じゃあ長襦袢着るぞー。先週教えたやり方は覚えているよな。はい、じゃあさくっと着て」
長襦袢を押しつけるように手渡されて、抗議の声を強引に封じ込めると、師範の顔つきに戻っていた。
そのあとは瑛美がよそ事を考えられないほど、スパルタ指導を受けることになった。
「着終わったか? 次はもう少し衣紋を抜くように意識して着てみて」
「よくできてる。じゃあもう一回初めから着物を着て、そのあとは帯結びにはいろうか」
瑛美は休むことなく、みっちり三時間体を動かして着付けを学んだ。
…
……
「では本日の稽古はこれで以上。お疲れ様」
「お、つかれ、さま、でしたぁ……」
一度畳の上に正座をして浅礼して挨拶を済ませると、くたくたになった体はなかなか起き上がれない。情けなく畳に両手をつく。
「着物を着るってこんなに体力使うんですね……」
「慣れないうちはそうだな。でもそのうち鏡なしでも着られるようになる。着付けは回数をこなすことが一番の上達の近道なんだ。よく頑張ったな」
疲れを労わるように頭を撫ぜられると、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなる。大和の長くてきれいな指が、波打つ栗色の髪と絡まって解けていく。
「瑛美、部屋に行こう」
熱を含んだ甘い視線から逃げられなくて、瑛美は小さく首を縦に振った。
落ち着いた声音で声をかけ、白い布を取り払う。瑛美の体を見ないように畳に視線を落としながら、丁寧にサラシを巻いていく。
「まず巻き始めは腰から。一周巻いたら一度下に向かって巻いて、それから胸まで巻いていく。緩みがないように気をつけて、でも苦しくないように。締めすぎなければ、布に多少の伸縮性があるから苦しくないはずだ。上まで巻いたら、巻き終わりは巻いた部分に差し込む。決して結ばない。わかったか?」
「はい、わかりました……」
大和は瑛美の肌に触れないように、視界に入れないように配慮して綺麗に補正を完了させてくれた。
(先週が少し強引だったから、恋人関係を理由にして無理やり見られるのかと思ったけど……私の気持ちを尊重してくれて、嬉しい……)
大和が手伝ってくれて完成した補正は、綺麗な筒状になっていて、なおかつ先週のような息苦しさも一切なかった。
大和のことを見直していると、うなじに顔を埋められる。くすぐったさから肩が飛び跳ねた。
「ひ、ぁっ、いきなりやめてださいって何回も言ってます……っ」
「うん。でも目に前にうなじがあっていい香りがしたら嗅ぎたくなるのは仕方ない」
「仕方なくないいぃ……」
スースーと呼吸音がしていたたまれない気持ちになる。
「瑛美。稽古が終わったら、俺の部屋来て」
「え、な、そん、な」
「よし、じゃあ長襦袢着るぞー。先週教えたやり方は覚えているよな。はい、じゃあさくっと着て」
長襦袢を押しつけるように手渡されて、抗議の声を強引に封じ込めると、師範の顔つきに戻っていた。
そのあとは瑛美がよそ事を考えられないほど、スパルタ指導を受けることになった。
「着終わったか? 次はもう少し衣紋を抜くように意識して着てみて」
「よくできてる。じゃあもう一回初めから着物を着て、そのあとは帯結びにはいろうか」
瑛美は休むことなく、みっちり三時間体を動かして着付けを学んだ。
…
……
「では本日の稽古はこれで以上。お疲れ様」
「お、つかれ、さま、でしたぁ……」
一度畳の上に正座をして浅礼して挨拶を済ませると、くたくたになった体はなかなか起き上がれない。情けなく畳に両手をつく。
「着物を着るってこんなに体力使うんですね……」
「慣れないうちはそうだな。でもそのうち鏡なしでも着られるようになる。着付けは回数をこなすことが一番の上達の近道なんだ。よく頑張ったな」
疲れを労わるように頭を撫ぜられると、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなる。大和の長くてきれいな指が、波打つ栗色の髪と絡まって解けていく。
「瑛美、部屋に行こう」
熱を含んだ甘い視線から逃げられなくて、瑛美は小さく首を縦に振った。
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