上 下
11 / 84

《11》締切の鬼はやっぱり鬼(5)

しおりを挟む
「大丈夫、見ないから。瑛美が嫌がることはしない。だけど補正は大事だから」

 落ち着いた声音で声をかけ、白い布を取り払う。瑛美の体を見ないように畳に視線を落としながら、丁寧にサラシを巻いていく。

「まず巻き始めは腰から。一周巻いたら一度下に向かって巻いて、それから胸まで巻いていく。緩みがないように気をつけて、でも苦しくないように。締めすぎなければ、布に多少の伸縮性があるから苦しくないはずだ。上まで巻いたら、巻き終わりは巻いた部分に差し込む。決して結ばない。わかったか?」
「はい、わかりました……」

 大和は瑛美の肌に触れないように、視界に入れないように配慮して綺麗に補正を完了させてくれた。

(先週が少し強引だったから、恋人関係を理由にして無理やり見られるのかと思ったけど……私の気持ちを尊重してくれて、嬉しい……)

 大和が手伝ってくれて完成した補正は、綺麗な筒状になっていて、なおかつ先週のような息苦しさも一切なかった。
 大和のことを見直していると、うなじに顔を埋められる。くすぐったさから肩が飛び跳ねた。

「ひ、ぁっ、いきなりやめてださいって何回も言ってます……っ」
「うん。でも目に前にうなじがあっていい香りがしたら嗅ぎたくなるのは仕方ない」
「仕方なくないいぃ……」

 スースーと呼吸音がしていたたまれない気持ちになる。

「瑛美。稽古が終わったら、俺の部屋来て」
「え、な、そん、な」
「よし、じゃあ長襦袢着るぞー。先週教えたやり方は覚えているよな。はい、じゃあさくっと着て」

 長襦袢を押しつけるように手渡されて、抗議の声を強引に封じ込めると、師範の顔つきに戻っていた。
 そのあとは瑛美がよそ事を考えられないほど、スパルタ指導を受けることになった。

「着終わったか? 次はもう少し衣紋を抜くように意識して着てみて」
「よくできてる。じゃあもう一回初めから着物を着て、そのあとは帯結びにはいろうか」

 瑛美は休むことなく、みっちり三時間体を動かして着付けを学んだ。



……

「では本日の稽古はこれで以上。お疲れ様」
「お、つかれ、さま、でしたぁ……」

 一度畳の上に正座をして浅礼して挨拶を済ませると、くたくたになった体はなかなか起き上がれない。情けなく畳に両手をつく。

「着物を着るってこんなに体力使うんですね……」
「慣れないうちはそうだな。でもそのうち鏡なしでも着られるようになる。着付けは回数をこなすことが一番の上達の近道なんだ。よく頑張ったな」

 疲れを労わるように頭を撫ぜられると、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなる。大和の長くてきれいな指が、波打つ栗色の髪と絡まって解けていく。

「瑛美、部屋に行こう」

 熱を含んだ甘い視線から逃げられなくて、瑛美は小さく首を縦に振った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

シテくれない私の彼氏

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
 高校生の村瀬りかは、大学生の彼氏・岸井信(きしい まこと)と何もないことが気になっている。  触れたいし、恋人っぽいことをしてほしいけれど、シテくれないからだ。  りかは年下の高校生・若槻一馬(わかつき かずま)からのアプローチを受けていることを岸井に告げるけれど、反応が薄い。  若槻のアプローチで奪われてしまう前に、岸井と経験したいりかは、作戦を考える。  岸井にはいくつかの秘密があり、彼と経験とするにはいろいろ面倒な手順があるようで……。    岸井を手放すつもりのないりかは、やや強引な手を取るのだけれど……。  岸井がシテくれる日はくるのか?    一皮剝いだらモンスターの二人の、恋愛凸凹バトル。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

契約結婚!一発逆転マニュアル♡

伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉ 全てを失い現実の中で藻掻く女 緒方 依舞稀(24) ✖ なんとしてでも愛妻家にならねばならない男 桐ケ谷 遥翔(30) 『一発逆転』と『打算』のために 二人の契約結婚生活が始まる……。

とろけるような、キスをして。

青花美来
恋愛
従姉妹の結婚式のため、七年ぶりに地元に帰ってきた私が再会したのは。 高校の頃の教師である、深山先生だった。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

処理中です...