骨董屋の主人

藤野 朔夜

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「あんた誰?俺東雲に会いに来たんだけど」
「梓は今、買い物に行ってる。今は俺が店番中だ。で、だ。この箱の中身だがな」
 開口一番に、梓に会いに来たとか、俺に言うかこいつ。
 知らないのだから仕方ないにしても。結構イラつくぞ。
 良かった。梓に住居の方に居る様に言って。
 まぁ、こいつにはここに居ないと思わせるのが一番だろうな。
 ストーカー紛いなことされたら、即刻タマに報告する様に言っておこう。
「ふーん。何、コレ買い取れるの?」
 俺中身見て無いから、どんなんか知らないけど。
 とかほざいてるこいつは、単にここへ来る口実にこの木箱を使ったんだろう。
 まぁ、好奇心で開けてたら、どうなってたか知らないから。開けて無いことは良かったことだろうと捉えるか。
「一応な。三万なら。ヒビ割れがひどい。木箱に入ってはいたが、緩衝材が無かったせいだろうな。修繕もしてる骨董屋も有るが、そっちに持ってくか?」
 それならそれで、引き取ってくれて構わない。こっちから上げられるのは、三万での買い取りか、持ち帰るかどっちかしか無い。そう示す。
「修繕してくれる骨董屋って、逆に金取られるんじゃないの?」
「そこはなんとも。この人形は結構古い物だから、欲しがる人は居るだろうとは思う。だから修繕もして売り物にするって考えたら、そっちの方が高く買い取ってくれる可能性は有る」
 こっちはコレを修繕に出す必要が有るから、三万であると。わかっただろうか。
 まぁ、梓の言い方だと修繕する技術の有る骨董屋に、売る気でいるみたいだったけど。
 別にそこは言わなくても良いだろう。本当にそっちに売れるかどうかは、相手に見せないとわからないとも言ってたから。というか、売れなきゃ売れないで良いから、そっちの骨董屋に引き取ってはもらうつもりらしい。
 人形ってだけで、結構不気味だからな。
 しかも古い西洋人形だ。日本人形じゃ無いだけ、マシな気もする。とか言ってたけど。
 あれか。夜中に髪が伸びるとか、どうのっていう、あれか。
 それが有るから、梓が人形を怖がる理由にもなるんだろうけど。
 ちなみにこいつへの連絡は梓がしたけど。梓本人が店に居るとは、一言も言ってはいない。
「ふーん。婆さんが大事に持ってたらしいけど。三万にしかなんないのか。どうすっかな。売っぱらって良いとは言われたけど。そんだけかぁ」
 値を吊り上げたいのか?
 それは聞けない相談だな。
「どんだけ言おうと、三万以上には出来ない」
「なぁ、でもコレ。骨董としての価値は有るんだろ?」
「ヒビ割れの無い綺麗な状態ならな。箱は人形に合った物では無いから、箱が有るからと価値は上がらない」
 交渉するなら、修繕できる骨董屋でしてくれ。
 こっちは修繕費用が必要になるんだから。
 梓は持ってってもらう予定だから、修繕費用は必要にはならないのかもしれない。
 けど、梓が示した金額が三万だから、俺はそれは譲らない。
「ちっ。他のとこ行くの面倒だから、三万で良いや。買い取って」
 梓に会う理由にしただけの物だからな。
 ただし骨董だから、多少は金にはなるだろうと、思ってたんだろう。
 残念だったな。
「じゃあ、三万で。どうもありがとうございました」
 さっさと帰れ。を込めて。
 こいつが居たら、梓と会話が出来ない。
 梓が店の方に出て来れないから。
「なぁ、東雲さ、いつ帰ってくんの?」
「知らないな。買い物は時間がかかるものだろう」
 こいつ、梓に会うのあきらめて無いのか。
 教えてはやらないがな。本当は家に居るって。
「あんたってさ、東雲のなんなわけ?家族って感じじゃねぇけど」
 この男が、どんな理由で梓を口説こうとしたのかは知らない。だから余計に、下手なことは言えない。
 変に梓のことが同級生たちに広まっても、梓に嫌な思いをさせるだけになるだろう。
「最も親しい親友ってとこだな」
 お前に入る隙間は無いのだとは、言いたいので。
 俺たちの恋愛は、今この日本においては本当に少数派なのだ。隠す必要は有るとは思う。俺の個人的な独占欲は、ここで発揮するべきじゃない。
 俺の家族と言える事務所の連中が、同性ばかりを恋人にしているから、忘れそうになるけれど。そこは忘れてはいけないのだ。
 万が一またこの男がここに来たとしても、タマが居るから大丈夫だろう。
 そう思うことにする。
「ふーん。ま、良いや。買い取りどうも」
 そういえば、以前の時はタマが放り出したらしいが。それについては触れて来なかったな。
 まぁ良い。言い訳を考え付いてもいなかったしな。
 タマは役に立つが、普通の人間には怪奇現象になるから困ったものだ。
 今後も居てもらうけれどな。梓の安全の為に。
 ああいうのが居るなら、余計にタマには梓の傍に居てもらわないといけないだろうな。
 今後あの男がどう動くかによっては、俺が対処するけれど。
 さて、帰ったことだし、梓とゆっくり話をしようかな。今日は仕事は受けないと言って来たし、時間は有るんだ。





「ごめんね、勇くん。全部任せちゃった」
「気にするな」
 あんな男の相手など、梓がすることは無いのだ。
 俺が動けるのだから、それで良いと思うんだけど。それでも梓は気にするんだろうな。
「この人形、持ってってもらえる様に頼まないとなぁ。全然連絡取って無いから、ちょっと緊張するけど」
 人形が有る方が怖い。
 と呟いている梓は、本当に怖がりで可愛いと思う。
「どうする?引き取ってもらえるまで、俺が預かろうか?」
 もう思念は無くなったし、心配する様なことは、起こらないと思うけれど。
 梓が怖いと言うのなら、俺が預かっていても良い。
「それは、でも。勇くんに引き取ってもらえる時にまた、持って来てもらわないといけなくなるし……」
「何度でも来るけどな。人形が無くても来る予定なんだから、多少こういう荷物が有っても、問題は無い」
 俺には負担にはならないんだよ、と。
 ちゃんとそう言わなきゃ、梓はずっと気にしてしまうだろう。
「僕勇くんに甘えてばっかだけど。良いの?」
 不安そうな瞳。
 甘えて良いのに。俺が梓を甘やかしたいから。
「もっと甘えても良いくらいだぞ。梓の両親さえ説得出来たら、一緒に住みたいくらいだ」
 一番の問題は、梓の両親だ。
 本当にこういう古い物が多い場所には、霊が集まって来る可能性が有る。だから、本当は住み込んで梓を守りたいんだ。
 タマが居るから大丈夫だとか、俺自身に言い聞かせてはいるけれど。
 自分が守っていないからだろうか。毎日のメールで梓からの返信が少し遅いだけで、心配をしてしまう。
「勇くんは、僕を甘やかし過ぎだって、わかってないよね」
 そうだろうか?
 祐也さんなんか、甘やかし過ぎってほど甘やかせって言われてるし。秀さんも受け止めてもらえるってわかることが良いって、言ってたんだけどなぁ。
 まぁでも、それは他人の恋愛だし。
「俺はもっと甘やかしたいって思うけど。梓はそんなじゃない?」
「ええーと。寄りかかっても大丈夫ってくらいには、信頼してる。でも僕が出来ることを、勇くんに頼んじゃうのは、やっぱ違うって思う。今日の取引とかさ、やっぱ僕がやるべきだったんだよね」
 梓も成人している男だ。
 だからなんでもかんでも俺がやるというのは、梓自身が嫌だと思うのだろう。
「わかった。じゃあ、二人で分担して行こう。俺は俺なりに、梓を守りたいから、だから今日みたいな取引相手には、俺が出る。それは許して欲しい」
 開口一番に、梓に会いに来たとか言うような男相手に、梓が対応するのは俺は嫌だ。
 俺の我儘かもしれないけれど。
 梓は一人でこの店をやって来たんだ。だから、梓の出来ることを、俺が奪うのは間違っているってことだ。
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