骨董屋の主人

藤野 朔夜

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「じいさんは、骨董が好きなのか?」
 五時。夕暮れ時に、その霊は現れた。
 時間を気にしないで梓と話をしていたけれど。そういうのにはすぐに気付く様になってる俺は、入って来たじいさんいすぐに気付いた。
 俺が視線を向けたから、一瞬梓がビクリとなったけれど。
 梓に大丈夫だと告げて、じいさんの傍に歩いて行った。
 梓の言うとおり、特別何かをするわけじゃない。ただ、ジッと茶碗を見ている。
『お主たちはわしが見えるのか。店主殿には、本当に申し訳ない。ただ、この茶碗がのう。これは本来は夫婦茶碗なんじゃがの。ここの先々代の店主から買って、わしが持っていたんだがのう。妻が死んだ時に、夫用の茶碗は一緒に焼いてもらった。わしが死んだ時には、妻用の茶碗を一緒に焼いてもらうつもりでいたんだがな。息子がここへと売り戻してしまったんでな。どうしても、心残りになってしもうた』
 触れないけれど、愛おし気にその茶碗の縁へと手を伸ばす霊。
 じいさんは俺の方に向いたから、レジの方側に顔を向けたことになるわけで。梓も見てるのがわかったんだろう。
 そうかなるほど。妻の為の茶碗を共に焼いてもらうことで、この夫婦茶碗の様に、長く共に在りたかったのだろう。
 俺は輪廻転生とか、死後の世界とか。こんな仕事をしているわりに、わかっていないけれど。もしかしたら、この夫婦茶碗が長くこの世に在った様に、ずっと一緒に居られるという願掛けだったのかもしれない。
 息子はそれを無視したのだろう。
 俺は骨董については詳しくないが。これが夫婦茶碗の片割れだったのなら、それほどの価値にはならなかっただろうに。
『すまんのう。心残りであるばっかりに、邪魔をし続けてしまった』
 早く婆さんに会いたいのだがなぁ。
 小さな呟きは、近くに立った俺にはしっかりと聞こえた。
 コレに心残りは有れど、この世に居続ける理由は、じいさんにはもうあまり無いのだろう。
「送ってやることくらいは出来る。家族で無いから、この茶碗をじいさんの墓に入れてやるとかは出来ないが。そうだな……」
 これが夫婦茶碗なら、品としての価値も半分以下にはなっているだろう。
 値段を見ても五万と、相当安いだろう値段。
「この茶碗は、俺にくれないか?俺にも大切な奴が居る。そいつと、あんたみたいに、長く一緒に居られる様に、俺の茶碗にしたら駄目だろうか?」
 夫婦の片割れの茶碗。けれど共に焼いてしまうほど、このじいさんと添い遂げた人は、気に入っていたのだろう。
 このじいさんたち夫婦が刻んできた年月と同じくらい、梓と共に居たいから。
 その願いを込めて、この茶碗を俺が買い取ってはいけないだろうか。
 そうすれば、他にこの茶碗は行かない。この店の、あの茶器の様に置いておくつもりだから。
 心残りになってしまった茶碗。
 行き先がわかっていれば、じいさんも良いんじゃないか。俺はそう思ったんだ。
『おまえさんがコレの持ち主になってくれるか。そうか。若いのに、大切な人が居るというのは、本当に大事なことだ。そうかそうか。そうしたら、安心出来るのう』
 顔をクシャッとさせて笑うじいさんは、本当に優しい人だったんだろう。
 長くこの世に留まれば、その優しささえ忘れてしまう。
 ここに居たいとだけ思う様になり、ただの地縛霊とかになる程度なら、良いかもしれないが。
 まぁ、ここ以外に動けなくなるのも、じいさんには辛いだろうけど。
 問題なのは、負の感情を持ってしまうこと。
 あの時息子がコレを売らなかったら……。とか考えだしたら、きっと息子に対しての悪霊になりかねない。
 じいさんは、そうなりたくは無いだろう。
 その為には、心残りを一切無くさせることが、重要で。
 俺が茶碗の持ち主になることで、じいさんの心残りが無くなるなら、それが一番良い。
「じゃあ、そういうことで、良いか?」
『構わん構わん。わしも先に逝った婆さんのところに、早く逝きたいからのう。ここに居続ければ、店主の邪魔にもなろう。あぁ、良かった。これはお主がしっかりと大事にして欲しい』
 わかっていると、頷いて。
 俺は簡単に道を示せるほどでも無いけど。でもじいさんは自分でもう行き先をわかってるみたいで。
 フワリフワリと浮いてた身体は、その意思を尊重するかのように、上へ上へと昇って行く。
 心残りが無くなって、軽くなったのだろう。
 良かった。面倒な心残りだったら困ったけど。
 俺がなんとか出来て、本当に良かった。
 空気中に溶ける様に消えていくじいさんを見送って、梓の方を向き直る。
 梓はどこかボウッとして、じいさんを見送っていた。
「梓?」
「すごいね。勇くん。本当に、すごい」
 賛辞を述べられるほどのことを、したつもりは無かったんだが。
 梓は怖がって話す事さえ出来なかったから、きっとそれも含めてだろうと思う。
「この茶碗、茶器と一緒に置いておいても良いか?」
 確認を取らずに、俺の勝手な考えで買い取ることにしてしまったから。
「良いよ。僕のお金から出しておくから、勇くんは気にしないで。父さんも、ここで売れた物のお金は、僕のお金にして良いって言ってくれてるし」
 いや、俺が買い取るつもりだったから、梓に出させるのも、おかしいだろう。
「俺の勝手で、買い取ることにしたから。この茶碗の分はちゃんと払う」
 こちらに歩いて来ている梓に言うけれど。
「ううん。話聞いてたら、僕もその茶碗、勇くんと一緒に居られる様にって、持ってたくなったんだ。だから、おじいさんには勇くんの物って認識になったんだろうけど。僕の物でも、良いよね?」
 ここに置いておくのだから、俺の物か梓の物かは、関係は無いのかもしれない。
「勇くんと一緒に居られますようにって、僕の願掛け。だから、この店にずっと置いておきたい」
 そう言った梓は、優しい手付きで茶碗を持ち上げる。
 箱もすでに無いのだろう。茶器と同じ様に、むき出しのままだ。
 茶碗はスッポリと、梓の手のひらの中だ。
「俺も同じ願いだ。願掛けに、二人の物として、置いておこう」
 梓が俺と居たいと思ってくれることが、本当に嬉しい。
 だから、お金に付いては、まぁ店の主である梓に従おう。
「うん」
 ニコリと笑う梓が、本当に可愛いと思う。
 茶碗を持っている梓を、抱き締められないのが、少し寂しい。
『骨董好きのじいさんだから、怖がらんで良いと言うたろう。まぁあのじいさんが、変わってしまえば別だがの。この世界は、闇に引きずり込もうとするモノも多いからなぁ。そうならんで良かった良かった』
 タマはタマなりに、あのじいさんに付いて知っていた分、気にはしていたのだろう。
 だがまぁ、特に悪霊の類にはなっていないし、わざわざ俺に知らせる必要性も、その時になったらで良いかとも思っていたのかもしれない。
 というか、多分俺が決まった時には来ると知っていたから、その時でも良いと思ったんだろう。
「タマ、ああいうのがちょくちょく来る様になったら、知らせてくれ。骨董にはナニかが付いていることも多い」
 そうそう来ないだろうけど。
『あいわかった。本当にお主梓には過保護だなぁ』
 タマの返事を聞き流す。梓に過保護って、そこまでか?普通だろう。俺は普通だと思うんだ。うん。
 そういえば、取引とかでくっ憑いて来たりしてたら、梓はいつもどうしていたんだろう。
「取引とかの時、憑いて来ていたら、どうしていたんだ?」
「えと、なるべく見ない様にしてた。最近はそういうのも嫌になって、取引もしてないけど。人間は簡単に他人を騙そうともするし」
 なるほど。
 骨董なら余計に梓の若さを見て、バレないだろうと騙そうとしてくる奴も居そうだな。
 他人と関わるのが嫌な梓が、余計に他人を嫌いになる要因だろうな。
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