骨董屋の主人

藤野 朔夜

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「僕はずっと他人が怖くて、誰とも関わらないでいたから……だからきっと、あなたに迷惑をかけてしまうと思う、んだけど」
 臆病で卑屈な僕だから。
 逃げ道をたくさん探してしまう。
 彼が願ってくれているのに。
「霊が見えるから?だから他人が怖かった?」
 彼の言葉に、コクリと頷くしか、僕には出来ない。
 だって彼は見える人で。さらにそれを仕事にしてる人で。
 だから見えるのが普通で。彼にとっては些細なことかもしれない。
「人と違う自分というのを知ってしまうと、誰だって怖くなる。俺も最初は怖かった。だから、これからは、俺があなたを支えたい。あぁ、梓と呼んでも?出来たら勇と呼んで欲しい」
 な、名前呼びとか。両親以外にされたことない。うわー、緊張し過ぎて僕はコクコク頷くしか出来ない。
 まるで首振り人形だ。
 というか、人と話すことさえ、ここ最近はしていなかった。
 ただ買い物でレジの人に何円ですって言われて、お金払うだけ。あ、これ僕しゃべって無いから、会話にはなってない。
 取引も全くしなくなったし。両親はしばらく帰って来て無いし。
 うわ、僕本当に全く会話をしていない。
 人としてどうなんだ。
「ぼ、僕、あの、本当に他人としゃべったことが、ほとんどなくて……その……」
「あぁ、すまない。梓に拒絶されなくて、俺は一人で舞い上がってたみたいだ。梓の距離で良い。ゆっくりで構わないから、俺が共に居ることを、許してくれるか?」
 フワリとした笑みは、彼の優しさがにじみ出ていた。
 僕はきっと今、真っ赤になってる。
 だって、こんな風に笑いかけてもらえるなんて、思ってもいなかったから。
 こんな風に、自然に名前を呼ばれるとか、思ってもみなかったから。
 僕がアタフタしてても、彼はちっとも嫌がらない。
 ゆっくりで良いなんて言ってくれる。
 こんなに良い人が、僕と一緒に居たいなんて、言ってくれるなんて。
 僕は夢でも見ているんだろうか。
「夢では無いからな。そうだ。俺と一緒なら妖を視ることは、怖くはないだろう?会ってみるか?梓に会えないことを悲しんでいたから。ずっと、梓を守ってた妖だから。怖くは無い」
 僕の心を読んだかのような、彼の言葉。
 それから、あの妖について。
 本当に小さい時は怖くて。最近は姿を見ていないけど。まだ居るんだ。ここに。
 僕を守ってくれてたの?どうしてだろう。
 僕は何にもしていないのに。ずっと怖がって泣いてた覚えしかない。
 それなのに、一緒に居てくれたの?僕が幽霊が怖いって思うから、その妖が何とかしてくれてたの?だから最近は幽霊も見なくてすんでたんだろうか。
「怖い人……妖?じゃないの?」
 そうのは全部怖いモノだと思ってた。
 なのに、守ってくれてたとか聞くと、現金な僕はすぐに信用するんだ。
 彼のことを信用してるからかもしれない。
「俺を、信じてくれるか?」
 そう聞かれて、僕はまた首振り人形になる。
 僕には今は、彼しか信じる人が居なくて。彼だけが、僕の世界を理解してくれたから。
「ありがとう」
 笑ってくれた彼。本当に優しい人だ。
 彼が視線を向けたのは、店の奥の奥。居住スペースの方。
 そっちに、居るんだ。
 スッと現れた、黒い影。彼が傍に居るから、前みたいにビクリとかならない。不思議だ。現れると、わかっていたからだろうか。
 わかってるし、怖くないと知ったから、僕はきっと大丈夫なんだ。
 彼がそう教えてくれたから、大丈夫だ。
 僕ってこんなに単純にで出来てるんだな。なんて、やっと今知った。
 単純でも良いや。彼が居てくれるというのなら。
『俺が怖くないと、そう言ってもらえる日が来るとは、思わなかったぞ』
 その声は、不気味でもなんでもなくて。
 ただ不思議な響きを持って僕に聞こえた。
 勝手に不気味だと、そう思ってた。会話が出来るなんて、思ってなかった。
 ただ可能性を、自分で潰していただけだったんだ。
 ただ怖がって泣いて、耳をふさいでいた。
「ごめんなさい。ずっと守ってくれたのに、僕は怖がってばっかで……」
 どう言ったら、伝わるんだろう。
 こんな時、会話能力の無い自分が、本当に嫌になる。
『構わんぞ。こうして見てくれる様になったのなら、それで良い。しかし、陰陽師の若造よ。お主梓が好きだったとは、初耳だぞ。俺にも教えてくれなんだとは、ずるいのう』
「教えるつもりも、梓に言うつもりも無かったんだ。けど、人間は欲深いんだよ。そういうもんだって、知ってるだろう」
 幾分かくだけてる彼の声。
 そっかこの妖に、僕のこと聞いたって言ってたし。しゃべってたんだよね。僕以上に親しげでもそれは仕方ないや。
「な、名前とか聞いても良いの?」
 名前が無いと、これから呼べ無い。呼ぶ時に困る。
 呼ぶ時なんて、有るのか知らないけれど。
 彼は黙ってる。知らないからなのかな。
『名前か。昔はタマと呼ばれていたぞ。おう、陰陽師の若造も呼んでくれや』
 タマ?タマって……。
「お祖父ちゃんが、昔話してくれてた猫……?」
 なんか昔々のご先祖様が、黒猫だからって嫌われてた野良猫を保護したとか、どうとか。
『そうそう。それだ。俺はそのまま妖になってしまったからなぁ。居心地の良い場所だったから、こうなったら子どもたちの安全を、俺が見守ってやると約束してな。そこから居付いているからなぁ。長生きしてるだろう?』
 僕が怖がっていたのは、長生きしている猫だったらしい。
「猫又だとは知っていたが。俺が名を呼ぶと縛りかねない。止めておく」
 縛る?どういうことだろう?
『おう。若造なりに力は有るからな。だが構わんぞ。縛られても。梓についてなら、いくらでも命令は聞くからなぁ。命令されんでもしてきたことだからなぁ。今更だろう』
 どうせ梓に関して以外で、俺を使わないだろう。
 なんて猫だった妖は彼に言っていて。
「僕の為だけ?」
「そうだな。それ以外に、この妖は使わない。まぁ、なら俺の式にでもなっておくか?そうしたら、妖として祓われたりしないだろう」
 彼と妖だけにわかる会話。
 僕の為ってのは、わかったけど。なんか蚊帳の外で嫌だ。
「名を付けると、強い力の有る者なら、妖を自分の指揮下における。ただ、この妖には名前が有るだろうと思っていたから、俺は付けなかったし、指揮下に置く気も無かったんだ」
 彼が僕を見て話をしてくれた。
 そうか。妖と術者の間には、そんな取り決めみたいなのが有るのか。
 というか、彼はこの妖を縛れるだけの力は有るってこと?
「力だけは有る。そういう家系に産まれたから。父も母も能力者だった。見える様になったのは、最近になるけどな。だから、力が使える様になるまでに、相当時間がかかったけど」
 苦笑している彼。そっか、そうなんだ。
 家系とか、有るんだ。
「僕が見えるのは、どうして?」
 両親も見える人じゃなかった。だから、お祖父ちゃんが昔話をしてくれた時に、猫又はまだこの家に居ると聞いても、誰も見えやしなかったんだ。
 僕はこの妖が見えてたけど、まさか猫だったとか思わないし。
「うーん。近くにコレが居たからかもしれないな。突然力の出る人間も居るんだ」
『名を呼べと言っておるだろうに。まったく。ずるいのう。若造ばかり梓と話すとは』
 コレと言われたことに、妖はちょっと不機嫌そうだ。
「僕も、呼んで良いの?」
 名前を聞いたのは僕だけれど。
 妖と術者の間に、何らかの取り決めが有るなら、僕は呼んではいけないんじゃないんだろうか。
『梓には呼ばれたいからなぁ。若造はどうでも良いが』
 どうやら僕もタマって呼んで良いらしい。でも、すっごい背の高い男の人なんだけど。
 なのに名前がタマって、アンバランスにもほどが有る。
「本気で縛るぞ」
 彼の声は、少しだけ呆れているように聞こえた。
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