中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

夏祭り ②

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 さて、夕方。
 とはいえ、夏の日は長いから、まだ明るい。今日は快晴だったから、特にかもしれない。
 暑さも緩やかにはなっていない。
「この分だと、熱気がすごいかもね」
 浴衣に着替えている秀の方を見ないようにしながら、祐也は外を見て言う。
 祐也が秀の方を見ないようにしているのは、なんのためらいも無く、サッと脱いだ秀のせいだ。
 少しはためらってくれ。それか風呂場の脱衣所とか……いや、あっちは暑いから、ここで着替えて良いんだけど。もう俺襲うかと思った。祐也は何でもないことを話しながら、心の中は大荒れである。
 まぁね、うちで着替えるんだから、こうなってたよね。うん。わかってた。裕也は心でブツブツと呟く。
 だからと言って、自分が部屋を出て行くという考えを祐也は実行しない。
「人混みに入ったら、暑そうだな」
 帯を締めながら、秀は祐也に同意する。
 浴衣を着なれている秀は、夏祭りの為だけに着るような女子たちと違って、綺麗な立ち姿をしている。
「やっぱ浴衣似合うね」
 立ち姿から、さまになっている秀は、やはり綺麗だと祐也は思う。
「そうか?」
 自分自身のことは、やっぱりよくわからないのだろう秀。
 一度自分を見下ろして見るものの、首をかしげている。
 着慣れ感が有るのと無いのでは、全く違うのだが。祐也は秀をマジマジと見てしまう。
「うん。やっぱり綺麗だし、可愛い。似合ってる」
 言われた秀は、祐也から視線を外す。
 照れているのが、赤く色付いた耳でわかる祐也。
 どうどうと脱いで着替えたくせに、褒めると照れるとか。可愛いしか言葉出てこないよね。心の中でそっと呟いて。
「そろそろ行く?もう結構歩いてる人いるよ」
 窓から見下ろしていたから、祐也には街が祭りの活気に満ちだしているのがわかっていた。
 この分なら、屋台ももう始まっているのかもしれない、と。
「あぁ、そうだな」
 頷いて秀は祐也に同意した。
 財布と携帯だけ、和装に似合う巾着袋に入れた秀は、祐也に続いて部屋を後にする。
「和服は楽で良いんだが、物を持ち歩くには向いてない」
 ハンドタオルくらいならどうとでもなるのだが。
 財布と携帯はどうしようもない訳で。巾着袋を持ち歩くしか術がないのだ。
「うーん。昔の人って、わざわざ財布の持ち歩き、そうやってたのかな?」
 祐也はいつもどおり、ジーンズのポケットに財布も携帯もねじ込んでいる。
 昔は携帯は無かった訳で。そうなると持ち歩かなきゃならないのは財布だけだろう。
「どうだろうな。帯にうまく括り付ければ、持ち歩く必要性は無いと思うが」
 昔の人間のことなど知りはしないと、秀は言う。
 昔と今とでは、財布の形態も違ってくるだろうとも思うから。
「あぁ、そうだよね。時代劇とかでも、男の人がそういうの持ち歩いてるのは観なかったし」
 二人で通りへと歩きながら、何でもない話しをする。
 子どもの頃は、何となくで時代劇も観ていたのだ。多分親とかが観てて、一緒に観てたんだろうけど。と祐也は言う。
「時代劇か。興味の範囲外だから、全く観てないな」
 子どもの頃はそれこそ寺にいたわけで。ただ、テレビが無かった訳でもないけれど。
 住職なんかはよく観てたとは記憶に有るが、自分は興味が無くて観てなかった。と秀は考える。
 カラカラと、草履ではなく下駄を履いた秀の足元から音がする。
 その音を聞きながら、祐也は祭りだなぁと実感した。


「今の浴衣は不思議な形だな」
 川沿いの屋台の並ぶ場所。
 これまで歩いて来た道でも見かけたけれど。女の子の浴衣は丈が短かったり、その短い丈がスカートのようにふんわりしているものが多い。
 男物は変わりないけれど、女子の浴衣の変わり方に、秀は少し戸惑っていた。
「あー、なんて言うの?近代的にした?みたいな感じ?なんか可愛いけど、もう浴衣じゃないよね」
 ロリータとか、ゴスロリとかも見かける。
 まぁ、そういうのが好きな子には良いのかもしれないけれど。そういう服装はすでに浴衣とは呼べない気がすると、祐也も思う。
「まぁでも、動きやすそうではあるな」
 そういえば、祐也と行ったモールの浴衣売り場に、あんなのが売ってたのをチラリと見たな、と秀。
 動きやすさを考えたら、丈の短い今の形が良いのだろう、と。
「動きやすさ重視ならね。さてっと、まだ人もそんなに出てきてないけど、屋台はやってるみたいだし。ゆっくり回ろうか」
 そこまでの人混みでは無いから、まだ大丈夫だよね?と祐也に問われて、秀は頷いて答えた。
 どんな浴衣を選ぶかは、その人の好み次第なので、こっちがどう思おうと関係ないだろう。
「屋台って、本当に何でも有るんだな」
 まだ入り口なのに。たくさんの品物が並んでいたり、水槽が置いて有ったり。
 ここからでも人混みの少なさに、いろいろと見ることが出来る。美味しそうなにおいがしていたり、氷と大きく書かれた食べ物の屋台も見える。
 すでにいろいろと遊び始めているのか、子どもの楽しそうな笑い声も、そこかしこで聞こえていた。
「そうだね。何か気になるの有る?」
 うーん、と秀は見ながら歩いて行く。
 見るのは楽しいけれど、自分がやるとなると、別だなと秀は思った。
 射的なんかは欲しいと思う景品は無いし、金魚すくいした場合金魚に困る、と。
 子どもの時ならば、考えることなくねだるようなことも、大人になると別になる。まぁ、子どもの頃に祭りに来れなかったから、今来ているのだけれど。
「見てる分には楽しいが、自分がやりたいとは思わないな」
 ちょうど射的で、景品を取った子どもがはしゃいでいるのを見ながら、秀は祐也に返す。
「そうだね。さすがに景品とかもらっても、どうしようもないし。予定どおり、ご飯買って帰ろうか」
 祐也もそれを見ながら、秀の言いたいことを察する。
 昼は前に家に呼んだのに、ご飯も作れなかったからと、秀が作ってくれた。
 夜は祭りの屋台のご飯ということが、最初から決定していたので、何も用意せずに出てきたのだ。
 これからどんどん人が増えるだろうし、今の歩きやすい時間にさっさと購入して、家に戻った方が良いかもしれない。
 暑さも有るし。
「かき氷、食べたい」
 別に食べたことが無い訳ではない。ただ、こういった屋台で売られているのに、興味を持っただけ。他のと何が違うとか、無いだろうけれど。
「良いよ。何味にする?」
 ふふと笑った祐也が、秀の言葉に従って、近くの氷屋へと足を向ける。
 笑われたことに、子どもっぽいことを言ってしまったか、と秀は思うが。
「暑いからね。水分補給にも、体を冷やすにもちょうど良いよね」
 と祐也が言葉を続けたので、ホッと息を吐いた秀。
 店先には、何人か並んでいた。やはり暑さによるものが大きいだろう。
 並んでいる間に、何味が有るのかを見る。
「イチゴ……」
 定番だけど。他のよりは秀が好んでいる味だ。練乳をかけると甘くなりすぎるので、イチゴだけがちょうど良い。
 だけど、やっぱり子どもっぽいか、と呟いただけの秀。
「秀はイチゴにする?俺はレモンかな。さっぱりしてるのが好きなんだよね」
 祐也は元から甘い物が好きではない。だからこそのチョイスだ。
「秀は宇治抹茶とか選ぶかと思った」
 そう祐也は言いながら、順番を待つ。
 内心の祐也は、秀が可愛いことばっかり言ってる。ともだもだしていたが。
「抹茶か……そういえば、かき氷でそういうのは食べたことないな」
 お菓子は和菓子を食べるけど。かき氷は何故かイチゴをいつも選んでしまうのは、何でだろうかと秀は考える。
 考えている間に順番が来てしまい、結局注文はイチゴとレモンを一つづつ。
 祐也がサッと注文してくれた。
「食べたことなかったら、食べれなかった時秀困るでしょ?また今度、俺も食べれる抹茶味、試してみよう」
 ここで抹茶を頼んで、秀が食べれなかったら、祐也は自分のと交換してもかまわなかったのだが。
 でも、祐也本人が宇治抹茶のかき氷はあまり好きではないのだ。
 だから普段どおりの味にして、また次の機会に自分も食べれる抹茶味のアイスでも用意しておこうと、祐也は思ったのだ。
「ん。ありがと」
 ちいさく頷く秀が、祐也には本当に可愛く見える。
 ヤバイ、すっごい可愛い。さっさと帰ってこの秀を独り占めしたい。祐也はそんなことを思いながら、渡されたかき氷のカップを片方秀に渡す。
 独り占めしたいと思っているが、別に誰かが他に一緒にいる訳でもない。ただ、周りに人がたくさんいる場所では、秀を抱き締めることが叶わないという気持ちだ。
 氷を道端で食べながら、屋台のご飯は何を食べてみたいかを話す。
 人も増えてき始めている。
 逆向きに歩くのが楽なうちが、やはり良いだろうと。食べ終わったカップを捨てて、二人は夕食を買いに歩き出した。
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