中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

真の相談

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「おおーい。真、何か悩みでもあるん?集中してくれ」
  三曲目が終わった時に、滝が真に声をかける。
「あ、あぁ。悪い。ちょっと、な」
  真は深いため息をはいた。いつもだったら、ドラムの椅子に座れば切り替えて、音楽に集中出来るのに。と考えながら。
「あかんわ、これは。ちょい休憩しよ。真がミス連発とか、ありえへん」
  さっとベースを下ろした滝。
「悪い。ちょっと外で落ち着いてくる」
  真はそのまま部屋を出て行った。
  少し迷うような素振りを見せた秀が、真を追って外へと足を向ける。
「秀?」
  祐也に呼ばれ、秀は一端振り返る。
「すぐに戻る」
  そう言って、そのまま出て行ってしまった。
「なん?秀が祐也以外気にするとか、めっずらしい」
  滝が扉を見つめながら、ペットボトルのお茶を飲んで呟く。
  祐也に呼ばれて、その場に残らず真を追って行ったのは、たしかに珍しいことである。
  敏行も不可解そうに扉と祐也を交互に見ている。
「真さんの集中出来ない理由と、秀の行動……俺が今度集中出来なさそう」
「やめてくれへん?せっかく全員そろったんに。もったいない時間の使い方したないわ」
  ギターを下ろしながら呟いた祐也に、滝がため息と共に声をかける。
  敏行もギターを下ろしながら、どうしたものかと考えている。
「まぁ、二人が戻って来たら、聞いたら良いんじゃないの?」
  なんてことしか言えないが。敏行としては、秀の行動は不可解でしかないのだ。
  今まで、秀と真が会話をしていたことが、有っただろうか。いや、あまり無かった。有ったとしても、全員でいる時だけだ。
  というか、秀の隣には必ず祐也がいたわけだし。そもそも秀が誰かと二人で、ということが無い。祐也以外とは。





「兄さんに会いましたか?」
  後ろから問いかけられ、真は振り返った。
「秀か。知ってたのか?」
  少し驚いて真は問いに問い返した。
  秀が自分を追って、出て来るとは思ってなかった。また、彼の兄に会ったと、知っているとは思ってなかった。
「少し霊感有る人だなっていうのは、真さんに会ったすぐにわかってましたけど」
  秀の返答は、真が聞いたことの答えでは無かったけれど。
  またも驚きで目を見開く。
「そうか。俺は見えるだけで何にも出来ないから。見えてない、って装ってたんだがな」
「それは知ってます。でも、それが正しい対処法です。下手に相手したら、取り込まれる」
  秀の言葉に、真は力なく笑う。
  まさにそれが起こった故に、彼の兄に助けられたわけなのだから。
「兄からメールが来ました。あぁ、真さんのことかって、すぐにわかりましたけど。何も出来ない人が大半なんです。見えてない人の方が多いんです。真さんが気に病むことじゃない」
「何も出来ないくせに、下手に子どもだからって同情して。結果秀のお兄さんに迷惑かけた」
  あの子どもに、何かをしてあげたかったのかもしれない。何も出来ないくせに、そんなことを考えてしまった自分を自嘲する真。
「違いますよ。元からあの子どもについては、どうにかする予定があった。ただそれが今日だっただけです。見送ってあげたんですよね?子どもにとっては、それが一番嬉しいことだったと思います」
  誰にも見てもらえず、声も聞いてもらえず。ずっとあの場にいた子ども。
  たった一人気付いてくれた人間が、最後を見ててくれた。それはきっと子どもにとって、嬉しいことだったのだ。
「あの子は、真さんを待ってたんです」
「俺を?」
  秀の言葉に驚いて、真は秀を見る。
  近場のベンチに座りながら、秀は話す。
「最初にお兄ちゃんを待ってるって聞いた時は、血縁者を待ってるのかと思いましたけど。兄さんからメールが来て、あぁ真さんを待ってたんだなって。あの子は悪霊になってた訳でもなかったし、ただあの場に呪縛されてるだけの呪縛霊だったから。だからその時は無理に還さなかったんです。真さんを取り込むとか、そんなつもりはきっと無かった。ただ、一人が寂しくて、一緒にいて欲しかっただけなんだと思います」
  まぁそれが、取り込むってことになっちゃうんですけど。と秀は苦笑しながら話す。
「真さんが何の影響も受けてなかったのは、ただあの子が真さんを待ってただけで、何もするつもりがなかったからなんですよ。そうじゃなきゃ、真さんが今日の集まりに遅れた時点で俺が気付いてた」
  近しい人に異変が有れば気付く。そのくらいの力は有るんだと秀。
「俺は秀にとって、近しい人に分類されてるんだな」
  笑った真。秀は少しだけ複雑な顔をした。
「じゃなきゃ、祐也放って真さん追って来ないです」
  説明もなしに追って来てしまったから。祐也が気にしているだろうことは、わかっているのだが。
  この件については、真が他人に知られるのをどう思っているのかわからないし、自分はあまりおおやけに知られたくはないのだと秀は思っている。
「悪いな。集中力ズタボロで、迷惑かけちまった」
  おまけに祐也に怨まれそうだと真は笑う。
「吹っ切れましたか?」
  少しだけとはいえ、霊とかかわったのだ。今までかかわろうとしなかったことを覆してまで、気にかけてしまった子ども。
  でも、その子の救いは真だったと、秀は言う。真は笑顔を秀に返した。
「あぁ、ありがとう」
「俺は何もしてないですよ。また何か有ったら、いつでも相談どうぞ」
  フワリと笑う秀の笑顔は、やはりあの助けてくれた青年ににていると真は思う。
「秀って、お兄さんに似てるな」
「そうですか?姉に似てるとはよく言われますが。兄に似てるとは、初めて言われました」
  まぁ、姉に似てると言うのも、従兄弟たちだし、兄に似てるとか姉に似てるとか、どっちでも良いんだけど。と秀は思っている。
「俺はちょっと飲み物皆の分買ってくから、先に戻っててくれ。迷惑かけたからな。あぁ、祐也には真相話してて良いぞ」
  真も大っぴらに知られたくはないのだろう。
  だが、祐也は秀について知ってるだろうと憶測し、祐也になら話しても良いと言う。
「敏行もまだ春の時に霊に憑りつかれたこと有るんで、こういうの知ってますけどね。まぁ、あんまり話しを広めることでもないんで、祐也にだけにしときます」
  笑って立ち上がった秀は、真から離れて戻って行く。
「ありがとな」
  つぶやいた真の声は、秀に届いたのかどうかはわからない。





「お、戻って来た」
  秀が部屋に入ると、敏行が最初に気付いた。
「秀?」
  祐也の心配そうな顔。
「後で話す。心配するな。大したことじゃない。まぁ、簡単に言うなら、真さんが兄と会ったってだけ」
  兄と会ったということを言っておけば、祐也は大体想像つくかもしれない。そう思って秀はそれだけを言う。
  目論見どおり、祐也は一瞬だけ目を見開いてから、納得したようなまだしたりないような複雑そうな顔をする。
  そういえば、結局祐也は兄と会ってないと今更気付いた秀。
  まぁ、いつかは会わせることができるだろう、と深くは考えないことにした。
「悪かったな。ほれ、飲み物。さて、続きやるぞ」
  戻って来た真は、それぞれに飲み物を渡して、ドラムに向かっている。
  考え込んでいたような素振りはもう一切なかった。
「続きっちゅうか、最初からや。真今度こそ集中せえよ?」
  笑いながら飲み物を受け取った滝は、真の言葉に訂正を入れる。
  苦笑した真は「大丈夫だ」と返して。
  再度音が部屋に満ちた。
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