中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

バンド名が決まりました

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  合宿最終日になった。
  びっくりするほどあっという間だったと祐也は思った。
  前日に、スタジオの使用の有無を聞かれ、どうやらリーダーの先輩たちと、俺たち以外は使用しないと回答したらしい。
  先輩たちは、バスと電車を乗り継ぐので、先にスタジオ利用をしたい。という意向を、俺たちはのんだ。
  ので、暇。ではない。
  さっきからひっきりなしに音を出しているのは、滝のパソコンだ。
  合宿中に、案があった曲は、五曲ともうまく完成にできたと思う。だから、新曲だ。なんだかんだ、何曲も作り出している。
  俺も帰ったら、曲を考えるかなぁ。でも、だいたい五曲あれば、ライブはできる。部内ライブや、ライブハウスでやるにしても、他のバンドと一緒だから、一バンドの持ち時間はだいたい三十分程度だからだ。
  ワンマンライブなど、今はまだまだ先だ。というか、できるかどうかもわからない。
  水琴さんに、良いバンドだ、と言ってもらえたけれど。それは嬉しかったけれど。
  ライブハウスで演奏するとしたら、完全なる新参バンドだ。
「あ。バンド名決めてない」
  真さんが、唐突に声を上げた。
  滝と一緒になって、パソコンを見ていたのだが、目線がこっちに向いていた。
  敏と俺は、アンプに繋いでないギターをかかえて、滝の出す音に合わせて演奏していた。すでに、滝にはコード譜をもらっていたから、簡単な演奏なら問題ない。
  秀は、俺と敏を見ていただけだったけど。
  バンドの曲の方向性から、水琴さんには、ヴィジュアル系バンドね。とか言われたけれど。
  ロックのつもりだったけど、どうもそういう方向に歌詞が行くのは、やっぱり尊敬しているのがILICEだからかもしれない。
  くくりは別に、ヴィジュアル系バンドでも良いんだけど。顔だけバンドは駄目。と水琴さんがキッパリ言っていたから、水琴さんが発掘してるバンドは、演奏力の高いバンドなんだろう。だったら、ロックバンドでも良いと思う。こだわらないけど。
  ILICEも太一たちのGENOMEだって、ヴィジュアル系バンドのくくりだ。
  あ、太一たちがうるさいからって、秀が言うから、彼らの演奏は聴きに行った。高校生とは思えない技法を持った、とんでもない奴らだった。
  他に水琴さんが、どんなバンドを発掘しているかは、知らないけど。
  ILICEはすでに、メジャーになってるから、水琴さんはもう関わってないのかな。そこも知らない。
「はい、俺提案。mirage」
「蜃気楼?」
  敏が言ったのに、秀が首を傾げて敏を見ている。
「ほーお、なんとなく、わかる」
  真さんが、敏に答えている。
  秀は、わからないと言うように、まだ首を傾げている。
  いや、俺もそんなわかってないけど。
「光の加減で見え方が変わったり、ってとこだけ取ればええんやろ?」
  滝もパソコンから目を離して、俺たちの方に向き直っていた。
「そうですそうです。曲によって、色々変わるって感じに」
  敏が滝に頷いている。
  その辺は、俺もよくわかる。一曲聴いただけでは、俺たちのバンドを把握できない。そういう意味も、あると思う。
「俺は、それ良いと思う」
  同感できるし、他に俺は思い付かないから、敏の案が良いと言う。
「よく、わからないから。俺は祐也たちが良いっていうので良いと思う」
  秀はやっぱり、よくわかってないみたいだけど。でも、秀はバンド名を考える方がわからないのだろう。
「俺もええで」
「俺もな」
  滝と真さんも、賛同してるから、mirageに決まりそうだ。
「小文字表記にする?大文字表記にする?」
  ヴィジュアル系と言われてしまったからには、そこも気を付けて決めるべきであろう。
  俺の問いに、敏たちはうーん、とうなっている。
  秀は、わからないようで、そこまでこだわるのか?と俺に聞いてきた。
「バンド名って、インパクトも必要だからさ。やっぱりそういうとこまで気にするかな」
  俺はそう秀に答えた。
  秀は「そうか」と言って、手持ちの歌詞が書いてある紙の余白に、文字を書いた。
  『mirage』と『MIRAGE』どっちが、より見やすいか。書いたことによって、よくわかる。
「大文字表記は、全体的にどのバンドもやってるから、なんとなく小文字を取りたくなる」
  それを覗き込んだ真さんが、そう言った。
  インパクトの面で言えば、大文字表記の方があるんだけど。たしかに、結構なバンドが大文字表記するんだよね。
  秀が考えて、また文字を綴った。『Mirage』。一般的な使われ方なら、それが正しいのだろう。
「インパクトだと、大文字がええけど。最初だけ大文字ってのはあかんな。なんかちゃう気がする」
  俺たちが覗き込んでるから、滝も一緒になって覗き込んでる。でも、真さんの向こう側だし、必要以上に秀に近付かないようにしてるのは、滝本人の意思だろう。最初から、そうやってれば、秀に警戒むき出しにされなかっただろうに。
  最近、絡んでこないからか、秀の警戒が滝に対して少し緩くはなってる。
  だからだろう。蒸し返さないように、滝も気を付けてるところがあると思う。
  岬を、秀に関わらせないようにしているとことか、本当にありがたいんだけど。
  最初っから、そうやってても、きっと秀はある程度の警戒は、してただろうし。敏や真さんに対してだって、最初から警戒がなかったわけでもないし。
  ただ滝に対する警戒が半端なかったから、敏や真さんはどこかで気付いていただろうけど、そこまで問題にしてなかった。
  それで、今の五人の関係が築けたとも言えるから、結局はどっちだって良いんだけど。
  秀が、大丈夫ならそれで良い。俺の秀が第一は、最初から変わらない。変える気もないし。秀が笑ってくれてれば、それで良いんだよね。
  俺に対して有った壁は、一切なくなってるから。秀にとって、俺が一番なんだろうなって思うし。
  俺が触れること、嫌がらないのが良い証拠だし。敏や真さんだと、肩に手を置かれただけでも、まだちょっとだけビクッとするから。
「おーい、祐也、聞いてるか?」
  つらつら考え事をしてたら、敏に頭を叩かれた。ポフポフと軽くだけど。
「あ、わり。何?」
「うん。聞いてなかったな。小文字にしようかって」
  真さんが、溜め息ついて、俺の問いに答えてくれた。
  多分、俺がこうやって考えにふけることは、珍しくもなんともないんだろう。
  きっと、秀のこと考えてやがったな、とか思われてるだけだ。
  実際そうだけど。ま、言わないけど。
「了解でーす。先輩たちには連絡は?」
「どうせ、後からスタジオ行くと会うからな。そん時に言えば良いだろ。とりあえず、昼食べに行くか」
  先輩たちは、サークル内のバンドを、きちんと管理している。
  ただ、練習してないとか、そういうことで怒られはしないけど。一応部内ライブも有るから、しっかり何バンドが所属してるか、確認しているだけみたいだ。
  最初のうちは、組んだけどやっぱり一緒にできない。とかで何度もメンバーが入れ替わったりとか、有ったりしたみたいだし。
  ちなみに、岬のバンドにリズム隊がいないままなのは、一度入った俺たちと同級の奴らが、一緒にはできないって音を上げたからだ。
  そのせいで、余計に滝に絡んでるのかもしれないが。もうこの五人は決定バンドだし、他のバンドの助っ人できるだけの余裕はないから、滝と真さんは断り続けているのだろう。
「先輩ら、スタジオ何時まで使うって?」
  滝が真さんに確認している。
  そういうとこは、真さん任せな滝だ。というか、俺も人のこと言えないか。知らないから。
「あー。そんなに長く使うつもりはない、とは聞いてる。ま、昼過ぎたら腹減るだろうし、連絡くるんじゃないか」
  訂正、真さんも知らなかった。
  それじゃあ、俺たちも知らなくて当然か。
「ほんなら、パソコンもしまってもうた方がええな。荷物、そいや秀君と祐也はどないしてん」
  俺も秀も、ここへ来るのに、荷物は持って来てはいない。というか、すでに車に詰め込み済みだ。
  持って来ているのは、筆記用具と楽器だけだ。
「もう車に積んであります」
  秀がちょっと滝に対して、違和感を持っている。
  あれだな、自分だけ君付けで呼ばれているからだな。
  でも、そこは訂正してやらない。滝が秀のこと呼び捨てで呼ぶとか、俺が嫌だから。
  秀が言い出したら、きっとそれを尊重するけど。言い出してないから、このままで良いと俺は思っている。
「そうか。俺たちは、先輩たちの連絡待ち中に、荷物移動するか。まずは昼食べに行くぞ」
  滝がパソコンの電源を切って、鞄に詰めている。
  真さんに言われて、俺と敏もとりあえずでギターをしまって、後に続いた。
  秀も異論はないようで、俺の横を歩いている。
  いつもと変わらない。いつだって、秀の隣は俺だ。
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