中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

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「秀、やっと追いついた」
「ゆう……や?」
  秀は驚きで見開いた目を、祐也に向ける。
  秀は敏行のアパートの階段部分を使って、四階から一階へと飛び降りていた。
  だから、理解して出遅れた祐也が、エレベーターを使って、走っても、なかなか追いつけなかったのだ。
  けれど、秀は歩いていた。さっき、祐也と一緒に通った道を、歩いていた。
「俺を置いてくなよ。そんで、ちょっと時間頂戴。ちゃんと話ししたい」
  祐也はそう言って、秀の手を握る。
  全く変わらない祐也のその仕種。
  どうして、と秀の口が動いた。音にはならなかったけれど。
「俺ん家帰ってから、な」
  祐也はそう言って、秀の手を離さないまま電車に乗って。
  秀は、祐也にされるがままで、ただただ茫然とした様子で付いて行く。
  電車から降りても、祐也の手は離れず、そのまま祐也のアパートに連れて行かれる。
「祐也……」
  力ない秀の声。
「入ってから、入ってから」
  祐也はそう言って、部屋の前で立ち止まる秀を、強引に部屋へと上げる。
  秀をそのまま強引に、部屋の中のベッドの上に座らせる。
  祐也はその隣に。
「俺、は……」
  秀が何事かを言おうとするが、それは言葉にならなかった。
「秀は、知られるの恐かったんだよね?」
  祐也は、ゆっくりと、秀に話す。
「だって、あんな……あんなの……」
  嫌われる、と思ってた。
  気味が悪いと言われる、と思ってた。
  でも、祐也の隣の場所を、あきらめられない自分が、あの道を歩いていたのもわかっている。
「親でさえ、気味が悪いって言ったんだ。同じ力を持っているのに、俺だけが違うって……」
  秀の瞳から、雫が溢れて頬を伝う。
  それが切っ掛けになったのか、一気に秀はしゃべった。
「小さい頃は、兄弟にも会わせてもらえる時間が少なくて、俺だけ隔離されてて……寺に一時預けられて、俺は捨てられたんだって思って……親が、母親が言うんだ、気味の悪い子って。ずっとずっと……」
  ずっと頭にこびりついて、離れない母の言葉。
  せきを切ったように、泣きながら話す秀の言葉を、祐也は全部聞いた。
  なるほど、と祐也は思う。
  親にさえ、そんな風に言われたら、それは隠したがるだろう。
  隔離されて過ごしたなら、人との距離がわからなくて、人間嫌いのように見えてしまうのも頷ける。
「俺はね、秀。あれを見て、俺はもっと秀のこと、好きになったよ」
  静かに祐也は言う。
「前にさ、言ったよね。どんな秀でも、好きだって言える自信があるって。俺はそれが今、確信に変わったよ」
  茫然と、涙を流しながら、見開かれた秀の瞳が、祐也を見る。
  祐也はそっと、秀の涙を指でぬぐう。
「あんな綺麗な秀を、誰が嫌うんだ?誰が気味が悪いって言うんだ?そんなこと、俺は言わない。すごく綺麗だったから。あぁ、秀はこういう力をもってるから、いつも綺麗なんだって、納得したくらいだよ」
  祐也はそう言って、秀を抱き締める。
「俺が秀を好きだっていうのは、変わらない」
  言い聞かせるように、ゆっくりと。祐也は言葉を紡いだ。
  祐也に抱き締められて秀は、さらに涙をこぼす。
  親にさえ、いらないと言われたような存在の俺を、祐也は受け入れると言ってくれているのか?
  でも、その疑問は、声に出せなかった。
  涙が邪魔をして、声を発することができない。
「俺には、秀が必要だよ。ずっと傍にいたい。だから、離れて行くな」
  力強い腕が、秀をしっかりと抱き締める。
  秀の欲しかった言葉を、祐也は秀に与えてくれる存在だった。
  何も言っていないのに、祐也は秀の欲する言葉をいつも口にする。
「どうして、どうして……」
  意味のない言葉だけれど。今はそれしか言えなくて。
  ただただ、祐也にすがり付いて、子どものように泣いていた。


「落ち着いた?」
  ずっと抱き締めていてくれた、祐也が秀に声をかける。
  コクリと頷く秀が、顔を上げないのは泣いたせいか。
「目、腫れたら大変だから、冷やそうか」
  そう言って、離れた温もりが、少し寂しい。
  祐也はすぐに戻ってきて、秀の目に冷やしたタオルをあてがった。
  腫れぼったく感じる自分の目。秀はここまで大泣きするとは、自分でも思ってもいなくて。
  そもそも、祐也に嫌われなかったという事実が、大半を占めているわけなんだけど。
  なんかもう、色々と吐露してしまったような気がする。否、気のせいじゃないか。色々言って、祐也にすがって泣いたんだ。
  恥ずかしくて、顔が上げられない秀。腫れぼったくなった目に、冷やしたタオルが心地良い。
  それに、タオルのおかげで、祐也がどういう表情をしているか、見えない。それもなんか不安になるけど。
  でも、祐也の手は変わらず秀の頭を撫でていた。
「祐也……」
  なんて言ったら良い?なんて言ったら、……でも、何か言わないと、この恥ずかしさは無くならい気がする。
「どうしよう。秀を帰したくなくなるんだけど。秀が可愛い過ぎる」
  ポツリと言った祐也の言葉に、別の恥ずかしさが込み上げてくる。
  そのまま、祐也に秀はキツク抱き締められた。
「ちょ、祐也」
  慌てて逃れようとする秀。けれど、祐也の腕は解けない。
  なんかこれ、前にも有った。秀はそう感じる。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ。大丈夫、俺ちゃんと我慢するから」
  抱き込みながら、秀の顔を上げさせる祐也。
「ゆう……んん……」
  何事かを言いかけた、秀の口を祐也が塞いだ。
  言いかけてたから、もちろん口は開いていたわけで。祐也の舌は簡単に秀の口の中に侵入する。
  目元に当てていたタオルは、すでに床に落ちている。
  あー、ヤバい。泣き顔なんか見ちゃったから。前回反省したのに。
  俺のことで安心して泣いたんだろうけど。あー、別の意味でなかせたい。
  祐也は葛藤しているのだが。秀はその祐也にすがりついたままで。それがまた可愛いから。
  グルグルと本能が渦巻いたせいで、キスが深くなり過ぎた。
  祐也の舌が、秀の口の中を、蹂躙していく。
  前回よりも、苦しくて。なのに、どこか溶けて行くような感覚。
  秀は何度か祐也の胸を叩くけど、前回はそれで止めてくれたのに。今回は止める気はないようで。
「んん」
  舌を絡められて、漏れた秀の声が、秀自身の羞恥をさらに誘った。
  ヤバい、ここベッド。すぐに秀を押し倒せる。いや、我慢しろ、俺。こんな状態の秀押し倒すとか、ダメだから。
  いや、キスしちゃってる時点で俺、ダメ人間?
  何でも良い、秀可愛い。って、いかんいかん。これ以上は駄目。
「ん、はっ」
  離れた唇。
  甘い吐息。
  クラクラするんだけど。秀可愛すぎる。
  乱れた呼吸を何とか落ち着かせようとしている秀。祐也は何とかそこで押し止めた。ただ、抱き締めてる腕だけは、離してはあげなかった。
  酸欠で、もう何がなんだか、わからなくなりかけている秀。
「はぁー、もう本当可愛い」
  秀が、キスのせいで潤んだ瞳で祐也を睨む。
  駄目だって、俺耐えてるのに、そんな顔。
「まだ目、赤いね」
  そう言って、秀の顔を覗き込んだ祐也は、秀の目元を指でぬぐう。
「俺、まだちゃんと話ししてない」
  秀がムスっとしたまま祐也に言う。
「秀の家系が、ああいう霊とかそういうの、祓う家系だってのはわかったよ?」
  祐也はそう言って、それ以上に何かあるのだろうか、と考える。
「気味悪くないのか?普通は見えないモノが見えるのに」
  秀はそこをまだ気にしていたのか。俺ちゃんと言ったのにな。あぁ、母親の言葉のせいもあるのかな。
  裕也は考えつつ、再度同じことを言う。
「俺が秀を好きだってことは、変わらないよ。気味悪くない。だって、秀のおかげで敏が無事なんだ。秀がいてくれたおかげでしょ?秀の力を理解はできないけど、俺にはそういうの、わからないから。でも、すごく綺麗だって思ったのは、違わない。綺麗だし、すごいって思った」
  俺の言葉、信じて。祐也はそう願いながら、秀の瞳を見続ける。
「俺、祐也の隣にいても、良いのか?」
  小さな声。震えている声。
「今更、秀を俺が手離すわけないじゃん。離してなんかあげないよ」
  祐也はそう言って、秀の頭を撫でる。安心させるように。
  ホッと息をついて、秀の肩の力が抜けて行った。


  たとえ君が……でも――――。
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