中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

優しい時間

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  秀と祐也は今日も一緒だ。
  もう、一緒にいることが当たり前だと、秀にも祐也にもインプットされているかのように、一緒にいる。
  一緒の講義は必ず隣に座るし、食堂だろうがどこだろうが、昼も一緒にとる。
  というか、登校した時点で、一緒に門を潜っている。
  学校内で、二人がセットだと認識されるのも、多分すぐだろう。
  ここのところ、祐也には悩みがある。
  秀を押し倒したいとか、そんなことではない。いや、それもあるのだろうが。
  ただ、秀が最近寝不足気味で、学校へ来ていることへの疑問だ。
  秀と祐也は学校が終わったら、少し話しをして、すぐにわかれる。
  特別秀が何かのバイトをしているとは、聞いていない。が、結構早くに秀は帰って行くのだ。
  それなのに、次の日は寝不足。
  今日も、寝不足な秀だ。
「眠そうだね」
  そう言って、二人で履修科目の教室へ入ってから数分。
  普段なら何かしら祐也が話しかけて、会話をしているが、どこか祐也は不機嫌そうに黙りこくっている。
  寝不足を指摘され、それに対して曖昧な返事をした秀。
  祐也が不機嫌になっている理由……考えてみても、秀には自分が寝不足だから、としかわからない。
  毎日早くに帰る恋人が、次の日寝不足。これは、どう考えても、そこに祐也の不機嫌要素があるとしか思えなかった。
  けれど、秀は祐也に説明ができない。
  理由なんて簡単なことだ。自分の家業の、陰陽師としての仕事のせい。
  だか、秀にはその陰陽師の仕事を、祐也には打ち明けられない。
  同じ力を持っている親でさえ、自分を嫌った。もし、この力が祐也に知られたら、きっと気味が悪いと言われる、と。
  祐也を失いたくないから、だからこそ、話せないでいる。大切な存在を失いたくないのだ。
  失いたくないという思いは、臆病にさせる。
「秀?講義終わったよ?」
  祐也に言われてハッとする。講義の内容を一切聞いていなかったし、一切ノートを取っていない。
  しまった、とは思うものの、今は祐也が話しかけてくれたことに、ホッとしてしまっている秀。
  ほら、行くよ?と祐也が歩き出すのに、慌てて荷物をまとめて後を追う秀。
「祐也、どこ行くんだ?」
  前は、この二限目の空き時間は食堂で過ごした。
  でも、祐也の足は食堂とは別の方向へと向いていて、秀は疑問を口にする。
「んー、人の少ない、またはいない場所」
  そう言いながら、祐也は迷いなく足を運んでいる。
  この方角には、秀も覚えがあった。
  あの、裏庭だ。
  まだ学校に入りたての自分たちが唯一知っている、人のいない場所。
  祐也の目的はわからないが、秀には祐也と別行動をするという考えがない。
  講義で別行動はあっても、他の時間は祐也と過ごす時間だと、秀は勝手に考えている。
  だから、普通に祐也について歩いているが、もしかして、自分もいない方が良いのか?と秀は思う。
「秀も一緒に行くんだよ」
  祐也が秀の心を見透かしたように、言葉を発してきた。
「二人でいたいから、そこに行くんだよ」
  そう言って、秀の腕を掴む祐也。まるで離さないと言っているかのような、そんな仕草。
「わかった」
  秀は祐也の手を振りほどかない。
  出会ってから今まで、一度も振り払ったことのない手。
  改めて不思議だな、と秀は祐也の手を見る。暖かい体温を持った手。でも、振り払う気なんか起きないし、どちらかと言えば、ずっと繋いでいて欲しいとまで思ってしまう祐也の手。
  ベンチに座ってから、祐也は秀の腕を掴むのをやめてしまった。
  どこか寂しい、と一瞬思った秀の手を、今度は祐也が普通に繋いだ。
「秀が話したくないことを、無理に聞こうとか思ってないから。ただ、心配なだけ」
  繋がれた手から、暖かさが滲む。
  秀は祐也を見て、それから足先を見るように俯いた。
  言えないのは、俺が臆病なだけで。こんな風に祐也に、心配をかけてしまうことになるなんて、秀は思ってもいなかったのだ。
「今だけでも、少し休めたら、休みなよ。俺しかいないから」
  そう言って、祐也は秀の頭を撫でる。
  秀は、祐也は不機嫌ではなかったのか、と思いながらも、されるがままでいた。
  祐也と二人だけでいられることは、たしかに気が休まるのだ。まるで、霊安寺にいる時のように。
「祐也は、不機嫌なんだと思ってた」
  秀は疑問を口にする。祐也に、秀はとにかく何でも話すようにしなければ、と思っていた。
  自分は話すことにさえ、慣れていないから。何かを思ったのなら口にする。
  祐也のことであれば特に。祐也は拙い自分の言葉を、真剣にしっかりと聞いてくれるから。
「うん?ちょっとだけ、ね。ただ、そんな不安そうな秀見てたら、俺の不機嫌なんてどうでも良いなって。ただでさえ疲れてそうなのに、俺が秀を疲れさせてどうするんだ、って思ったら、さ」
  自分のことを最優先に考えてくれる、祐也の言葉。秀はどう返して良いのか、わからなくなる。
  曖昧な、ことしか言えない。祐也を、安心させたいけど、俺がまだ臆病だから。どうしても、家業のことが言えない秀。
「困らせたいわけじゃないって。話せる時が来たら、きっと話してくれるって。俺は秀のこと信じてるから」
  些細な変化なのに、祐也は秀の変化を絶対に見落とさない。
「話せる時が来たら、ちゃんと話す」
  今の秀にはそれで精一杯だった。
  秀の精一杯をわかったのか、祐也は何も言わず、その時間ずっと隣に寄り添っていてくれた。
  祐也の隣にいるだけで、こんなに落ち着くんだ。だから、この場所を失くしたくない。秀はそう思いながら、裕也に甘えている自分を、どこかで非難している自分がいるのにも気付いていた。
  言わないで一緒にいられるなんて、そんなことは、きっと無い。いつか、俺は、祐也に気味が悪いと言われる時が、来るかもしれない。
  だけど、そんな時が来るまで、この優しい時間を手離したくない……。





「これで、ラスト!」
  もう何体目になるのかは、数えてはいない。
  秀が放った光は、邪気にぶつかって、邪気を霧散させた。
  一瞬後には、月明かりだけの静かな夜に戻った。
  邪気の塊はもうそこにはいなくなっていた。場の正常化まで済ませて、秀はやっと一息ついた。
「三時……」
  何度見返しても、携帯のデジタル時計が示す時間は、変わらないのだけれど。
  これではまた、寝不足で学校へ行くことになるな、と秀はため息をついた。
  どうしても、さっさと怪しい場所を失くして、時間を作りたいが為に、無理をしている自覚はある。
  この場所で、今日は三か所目だ。だが、無くならないのだ。怪しい場所が。
  次から次へと湧いてくるし、事務所には依頼も入るし。
  事務所の依頼は、正が請け負うこともある。が、やはり自分が一番動ける身であることをわかっているから、秀自身が俺が動く、と長兄に言ってしまう。
  長兄に、無理をさせたくないのだ。けど、長兄も、自分に無理をさせたくないのか、事務所に依頼が入っても、今は教えてくれやしない。
  だから、秀が毎夜行っているのは、怪しい場所潰し。怪しい場があるなら、そこを早めに潰しておかないと、邪気の塊が湧いて出る。どんなことになるかわかったものではないから、早めに動くにこしたことはないのだ。
  数時間後には、学校へ行かなくてはならない。
  だが、ここしばらくの寝不足と、今日もずっと走りづめ、力を解放し続けたことにより、しばらく動けなさそうだと、秀は壁を背にして空を見上げる。
  ここのところ、いつも以上に邪気が湧いているように感じる。
  けれど、それの根源は、まだわからないままなのだ。
  どうするか。どうするのが一番良いのか。虱潰しというか、もはやトカゲの尻尾切りの気分だ。
  正には、こんな時間だからメールで報告した。あの長兄が、この時間起きていても驚かないけれど。でも、寝ている可能性の方が高いから。
  多分、自分が部屋に戻って少しの休みを取って、学校へ行く前に事務所に寄れば会えるのだろうけど。
  学校に行かなければいけない時間ギリギリまで、休んでいたい気分だから。ここの所、長兄と顔を会わせるのは、学校から帰ってからばかりだ。
  気休め程度にしかならないが、事前に用意していた呪符を握りしめて、力を少しだけ体に戻す。
  あぁ、そういえば、こういった呪符の使い方をするのは、自分だけだなと、ボンヤリ秀は考える。
  他人を治癒する力は、兄にもあるが、自分をこうやって癒すというのは、秀だけができることだった。
  俺だけ、か。
  そこに何となく、自分を忌み嫌った親の理由が、あるような気がしたけれど。今のボンヤリした頭では、考えはまとまらない。
  昨日、傍にいてくれた、祐也との優しい時間。
  あの時間を失くしたくない。自分がしている今の仕事を、祐也に話すのは、やっぱり怖い。
  あんな風に、邪気が見えて、邪気を祓えて、場の正常化までして。
  すべてのことを、一人でやってのけるのは、兄弟の中でも、従兄弟も含めても、仲間内でも、俺だけ。
  俺だけ、だな。
  何度考えても、そう結論が出る。
  気味の悪い子
  母親の、あの声が聞こえた気がして、秀は頭を振って家へと走り出した。
  走ればまた体力を消耗してしまうが、今はもう何も考えたくなかったのだ。
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