運命の悪戯

藤野 朔夜

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第一章 運命の悪戯

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 ザルドの街に戻ると、騎士団員が揃って門の所に居た。
 詰め所まで行く手間は無くなったけれど。というか、ユイスはルギをわざわざ詰め所に連れて行く気は無かったのだが。
「おや、このような所で何を?てっきり王都に帰る準備におわれていると思ったが」
 ユイスは副団長の男が、王都からの書簡だろう物を、握りしめているのをしっかりと見ている。
 こんな場で、足止めを食らう気はない。ユイスは早くルギを休ませたかった。
 ユイス自身も、非常に疲れてはいたが。
 帰る道、襲って来た魔獣はすべてルギによって退治された。自分の出番は一切なく、疲れているルギを、さらに疲れさせたとユイスは思っている。
「こんな、こんな唐突に、ザルドが独立するなど……」
 聞いていないと、副団長は言いたいのか。
 だが、最前線の危険な任務から解放されるというのに。それをただ喜んで、さっさと王都に帰れば良い。とユイスもテドも思う。
「エルザルーン国もアルザラド国も、最前線に送る騎士の数を確保することが、難しい状況にある。この街とアザッドを統合し、独立した未開の森との砦の街とすることで、国の憂慮が無くなるから、国はそれを選択した。それだけだろう。もう最前線に居る必要性はないのだから、騎士たちも王都に帰って、国の庇護下で仕事をした方が、何かと良いと思うのだが?」
 最も、今回の件を報告済みだから、王都に戻ってもこの騎士団員たちが、真っ当な仕事に就けるかは知らないが。とユイスは思いながら、ルギを再び歩く様に促す。
「あとはテドに任せる。ルギを早くに休ませてやりたいし、領主殿にも無事な姿を見せたいからな」
 ルギの無事を願って、ハラハラしているだろう領主を、安堵させたい。
 それに、領主の館に行けば、ルギを休ませつつ、話が出来るだろう。
 混乱して口を噤んでいるルギ。彼が安心できるのは、領主である祖父と再会できた時だろう、そうユイスは考えた。
「承知しました」
 というテドの声を後ろに聞きながら、ユイスはルギと共にその場から離れて行った。





「アザッドの騎士たちも、混乱しているのではないのかね?いきなりこんな書簡が届けば」
 ユイスとルギを見送っていたテドに、男の声がかかる。
「ご心配なく。アザッドの騎士たちは、すでにここに残る者と、王都に帰る者を決定済みです。ユイス様がこちらに来られた際に、決定致しました。ザルドの街の騎士団については、ユイス様が早い段階で、手元に置く必要性が無いと決定していましたので、全員に王都に帰るという選択をしていただく為、お話はしていませんでしたが」
 テドは簡単に説明する。
「何だと?!」
 ユイスに要らない人員だと判定されたことを、怒っているのだろうか。テドは内心で首を傾げながら、冷静さを失わない。
「ザルドの街の騎士団が、団長を重んじるしっかりとした騎士たちで構成されていたのなら、ユイス様もまた考えが違ったかもしれませんがね。あなた方は、ルギ様を蔑ろにし過ぎていた。団長を重んじれない団員は、今後独立した時において、危険因子になりかねない。そう判断されたので、ザルドの街の騎士団には、王都に戻っていただく。王都に帰れるというのに、嫌がる必要が有りますか?危険な場所に居なくてよくなるというのに」
 ユイスの諜報員が調べた結果、ザルドの街の騎士団は、豪遊していることがわかっている。わざわざ隣街まで行き、そこで遊んでいるのだ。
 だから、給料が入った分が、どれほど手元に残っているのかは知らない。グダグダ言うということは、もしかしたら遠く離れている王都に戻るだけの金銭が無いのかもしれない。が、そんなことはテドの知ったことではない。王都に帰れる日が来るかもしれない、ということを、念頭に置いておかなかった騎士団員が悪い。そう思うだけだ。
 だいたい、歳を重ねれば、最前線に居続けることは出来なくなる。その時の為に、貯えをしておくことは、必要だっただろうに、ともテドは思う。
 若い団員なら、わからないでもない。まだまだ戦えるし、今後も最前線で居ようと思えるだろう。だが、副団長は、結構な歳を重ねていた。
 すでに四十に成ろうとしている。
 余程のことがない限り、後数年で王都に戻るよう言われていただろう。
 この男がどれ程の戦闘員として働けるのかは知らないが。王都に戻る時期は迫っていたことはたしかである。
 前団長も、たしか四十に成る頃に、呼び戻されていたはずだ。
 だから、わかっていたはずである。最前線に居続けられる時期が、有限で有ることを。
「副団長、王都に帰りましょう。こんなコケにしてくる連中の元に居る必要なんて、無いです」
「そうですよ。領主様も領主様だ。副団長に話もしないなんて。こんなとこ、さっさと出ましょう」
 ザルドの領主は、自分の孫を蔑ろにする団員を要らないと決定したのだから、話をしないのは当たり前だ。その点はユイスと考えが同じだったのだ。
 何を言っても、自分たちが正しいと思っているザルドの騎士団員には、何も通じないだろうと、テドは思う。
 ならば、団員の言葉に従って、さっさとここを去ってくれるのを待つだけだ。
 大きな溝が出来ているが。
 ユイスや領主が、騎士団員を要らないと言ったのは、ルギを蔑ろにするからで。騎士団員たちは、副団長を蔑ろにするから、この街から出ようと言う。
 その溝を、わざわざ埋めようとはテドは思わない。どれだけ言葉を尽くしても、大きく隔たっている考えの違いは、そう簡単には直せないだろう。
 このまま王都に帰ったとしても、この自分本位の騎士団が、どんな扱いになるかなど、テドの案じることではない。
 自分の所に居た団員ならば、言葉を尽くしはするが、隣国の騎士団だ。気にする必要性を、テドは感じない。
 アザッドの騎士団員の中で、王都に帰ることを決定した騎士には、ユイスやテドが一筆書いて、有能さを押している。彼らは王都に帰っても、重宝されるだろう。
 だが、ザルドの騎士団員たちに、一筆書けるような所がない。むしろ、非道な行いをしたことしか書けないので、彼らの扱いはもしかしたら悪人になるだろう。
 ならば、テドは何もしない方が良いと思っている。
 すでにルギに対して行ったことは、エルザルーン国王に知らせている。副団長の国王罵倒の言葉は、知らせなくとも悪人扱いかもしれない。
 隣国の騎士団員を、若造と見下してくるような人間の擁護を、誰がしたいと思うか。
 テドは何度もユイスとザルドの騎士団員の会話を聞いている。自分に対しての言葉で有れば、流すことも出来たが。ユイスに対しての見下した言葉を、許せるほど広い心は持っていない。
 それに、ルギがユイスの唯一だと知った。だから余計にテドはザルドの騎士団員たちを許せない。
 運命を失ったアルファは、心が壊れてもおかしくはないのだ。
 これほど近くにいたルギを、失ったと知ったら、ユイスは後を追ったかもしれない。
 そう考えると、テドは悪寒に襲われた。
 二人が無事に森の中で出会い、帰って来れて良かったと、心底安心した。
「戻ることに決定したのなら、なるべく早めにどうぞ。すでに独立への動きは始まっていますから。あまり長くここに居ると、出ることが叶わなくなりますよ」
 居なくなって欲しい人たちなので、出たいと言えば簡単に出すが。
 だが、王都では迎え入れられなくなるだろう。
 すでに独立した場の騎士だと、認識されたらたまったものじゃない。
 さっさと出ていけ、と含めてテドは言う。
 さて、ザルドの騎士団員を見送るのは、彼らの用意が出来てからで良いだろう。
 ならば自分はアザッドに戻り、帰る騎士を見送ろう。
 テドはサッと身をひるがえして、アザットの街へと帰りはじめた。
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