稜蘭高校 ドタバタ日記

藤野 朔夜

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プロローグ

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  鬱蒼と茂る森の中。
  木々の間からの木漏れ日が眩しい。
  ここへ来た当初は、外に居ればすぐに冷えたのに。もう花が咲き誇る季節だ。
「またこんなトコにいた」
  声がかかり、黒髪の青年は振り返る。
  本当は、気配でわかっていたのだけれど。
  振り向いた先には、茶色の髪を無造作に風になびかせている、彼。
  学校へ来た当初から、彼は常に青年の傍にいた。
  否、時を同じくしてこの学園に教師として来たからか。彼の監視役を青年がしていることも、理由だろうか。
「静かで、好きなんですよ。ここが」
  騒がしい学校内。常に精霊が付きまとってくる。
  でもこの森の中は、森の主がいるからか、とても静かだ。
  そしてそんな森の主にも屈しない、青年の精霊でも強いモノしかともには来れない。
「静かなのは、良いと思うよ。俺もね。でもさ、なんでそう独りになろうとするかな」
  森の主に気付いている教師たちも、この場所にはあまり来ることはない。
  ここへ来ることが出来るのは、この学校に来て、この森の主に気に入られている青年。それから、そんな森の主を気にも止めない彼くらいだ。
「一人では、ないですよ?式たちがいます」
  静かに青年は彼に言う。
  決して、一人ではないのだ、と。
「ソレは人間じゃあないよね。まぁ。俺も人間じゃないけどさ。はぁ、もっと周りにとけこもうそしなよ。俺みたいに人外じゃないんだからさ」
  そう言って、彼は青年の手を引いて行く。
  どうしても、わからないのだ。彼には青年が。
  人間なのに、人間から距離を取ろうとする。距離を取って、独りになろうとする。
「だから、教師の中でも、君は謎な人間扱いされてるって、わかってる?」
  少々ウザがられようとも、気にも止めない彼は、青年を連れて森から出て行く。
「あなたの方が、よほど人間らしいですね」
  そんなことを言いながら、青年は彼についてはくる。
  ついてはくるのだ。でも、あまり他の教師たちと、話そうとしない。
  彼が話しかけるから、青年は答える。ただ、それだけだった。
  無感情に、無慈悲に、自分と関わるなと、周りを遠ざける。
  青年は、怖かったのだ。誰か特別な存在が出来ることが。
  その特別が失われた時に、自分がどうなるかが。恐いのだ。だから、人の輪に入って行こうとしない。
  青年は、自分の腕を握る、彼のとても冷たい手を見る。
  人間ではありえない体温。だからだろうか。青年は考える。だから、彼にはこうして触れられても、拒まないのだろうか。望んでいない場に、連れ戻されても、嫌だと言えないのだろうか。
  人でない彼を、失うことはきっとないのだと、どこかで感じ取っているのだろうか。
「俺が人間らしい、ねぇ。それはないんじゃない?」
  目を眇める彼は、少し怒っているようにも見える。
  だが、青年は気にはしない。別に彼から殺気を出されようと、青年は簡単にしのげるくらいには、力が有った。彼に対抗する力が有った。
  たいていの教師は、彼のこの視線に怯えるのだけれど。
  だからこそ、彼は青年をかまうのだ。自分に怯えない稀有な存在としての彼を。
「そうですか?私には、そう見えます」
  彼は、普通に人間にとけこんでみせるのだ。
  それが当たり前であるかのように。ごく自然に。
  青年には、それができない。
  元々家からあまり出してもらえない幼少期だった。人間関係の初めからの構築は、苦手だったのだ。
  でも、今初めてそれを青年は感じている。
  気付いていなかったのだ。自分がこうまで、人間関係を苦手としていることを。
「私はいつも、弟や妹に守られてましたね……」
  ポツリと小さく呟いた青年の声を、彼はしっかりと拾った。だが、追究はしなかった。
  できなかった。
  青年が泣きそうな表情であることを、見てしまったから。
  彼は青年の過去を知らない。知りたいとは特別思わないが。それでも、ここまで他人と距離を取るのは、過去に何かが有ったからだろうとは、わかっている。彼は、青年が話したいと言うなら、聞く気はあるが。こんな風に泣きそうになっている青年を、問い詰めようとは思わないのだ。
「ま、君がどうしようと、君の勝手だろうけどね。俺がどうしようと、俺の勝手でもある。むやみやたらと、独りになろうとしているのは、あんまり関心しないっていうだけだよ。式とばっか戯れてないで、多少は人間と関係築くことも、考えなよ」
  森を抜けると、すぐに職員寮だ。
  玄関で、彼は青年を置いて、去って行ってしまった。
  悲しいのなら悲しいのだと言えば良い。寂しいのなら寂しいと言えば良い。
  でも、青年にはまだその言葉が出せないでいた。
  人でない彼を、失うことはきっと無い。でも、彼から去って行かれたら、青年は引き留める術を知らなかった。
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