FULLMOON 番外編

藤野 朔夜

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アジスタとグライシズ

不機嫌な僕

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  あぁ、どうしよう。
  イライラが収まらない。
  アジスタが僕に興味がないことなんて、わかってたじゃないか。
  でも、こうも実感すると、イライラする。
  自分の家じゃないけど。ここはアジスタたちの家だけど。
「何、何で人の家来てイライラしてるの?」
  アジスタの弟の一人が、僕に声をかけてくる。
  別に、放っておかれても、問題ないんだけど。他人の家でイライラして、何か壊すほど子どもじゃない。
  弟だからって、無条件にアジスタに可愛がられてるこの弟にさえ、イラつくんだから。
「ごめんねぇ、僕の家、誰もいなくて暇だからさ」
  それでも、アジスタの近くにいたいとか思って、ここに居るんだから、仕方ない。
  望んでここに居るんだから、弟に何を言われても、仕方ないんだよね。
  アジスタさえ居てくれたら、この弟のことなんて、僕は何も思わないのに。
  あぁ、でもアジスタの思考が、弟のことや、あの女の子のことに持っていかれるのは、嫌。
  弟その二は姿がない。出かけたか、部屋にいるかだろう。どうでも良すぎて、弟たちの名前すらあやふやな僕。
  この弟たちが産まれる前は、僕はアジスタと二人でいられる時間が有った。だから、観察してたんだけど。
  弟が産まれる度に、アジスタはどこか機嫌良くなってたな、そういえば。
  可愛いと、口に出すことは無かったけど。目が、言ってたよ。可愛いって。
  視線が、僕には無くなって、弟に注がれるようになるのが、とてつもなく嫌だった。
  ずっとずっと、僕はアジスタを見てたのに。僕には視線をくれることも、話しかけてくれることも、無い。
  はぁ、イライラから、昔のことまで思い出して、ちょっと落ち込んできた。
「何で、イライラが増してるの?」
  イライラが増してるように、見えるのか。
  僕も大概、誤解されやすいみたいだけど。アジスタと違うのは、こうやって弟がわざわざ話しかけてくるところ。
  怖がられてはいないんだろうな。
  ただ、得体の知れない兄の友人、ってだけだろう。
「なんでだろうねぇ」
  僕がイライラしてる理由も、本当は落ち込んだんだってことも、わざわざ弟に話してやる気もないから。
  だから余計に得体の知れない奴、って思われても、どうでも良い。
  僕が気にしてるのは、本当にアジスタのことだけで。弟たちについては、名前すらあやふやなくらい、どうでも良いと思ってることは、この弟は知らないだろう。
  アジスタが大切にしてるから、僕は彼らを殺さないで、一緒に見てた。ただ、それだけ。
  まさか、産まれた瞬間に命の危機が有ったとか、知らないだろ。
  あんまりにも、アジスタの視線を持ってくから、本気で殺しかけた。危なかったな、あの時。
  フッと空気の密度が濃くなった。アジスタ、帰って来たみたい。
  僕はその場から立ち上がった。アジスタが部屋に向かったから。アジスタが来ないなら、ここには用ははい。アジスタの居る場所に、僕は用があるんだ。


「アジスタ」
  声をかけて、勝手に部屋に入り込む。
  だって、アジスタの返事待っていたら、いつ入れるかわかったもんじゃないし。
「まだ、いたのか」
  冷たい言い方。でも、これがアジスタだ。
  僕が、アジスタの跡を追ったことは、気付かれていないのかな。気付かれて当然だと、思ってたんだけど。
「機嫌良さそうだねぇ」
  理由は、知ってるけど。僕はそう言って、勝手にアジスタの座ってるソファの隣に腰掛ける。
  一瞬だけ、アジスタが僕を見た。
「そういうお前は、不機嫌そうだな」
  なんだ?珍しい。機嫌が良いから、僕とも会話してくれるわけ?
  なんだかそれが、余計にイラついた。
  強引に、アジスタの胸ぐらを掴んで、口を合わせていた。
  どうしようもない、衝動が湧き起こっている。
  僕は、人間の血は欲しない。いや、普通に飲め、と言われたら、飲むけど。
  欲しいと思うのは、アジスタだけで。大昔、餓死寸前だった僕を助けたのは、アジスタ本人だ。
  僕はあの時、死んでも良いと思ってたのに。
  アジスタという、指標はあるけど、僕は狂う。
  狂ったように、アジスタだけが欲しくなる。アジスタ以外では、この渇きは無くならないんだ。
  だから、わざわざ人間の血を求めて、外に行くこともない。
「なんだ、餓えているのか」
  口を離したら、そう言ったアジスタの声が聞こえた。
  餓える度に、口付けをして、アジスタをせがんでいた僕。
  本当に欲しいのは、アジスタ本人で、血が欲しいわけじゃない。でも……。
  餓えているわけでもない。乾いている訳でもない。ただ、アジスタが欲しいんだよ。
「違うよ」
  そう言って、ソファにアジスタを縫い付けた。
  でかい男だから、ソファに押し倒すのは不可能。
「まぁ、別の意味では飢えてるけど」
  普段なら、首筋に噛みついているけど。違う動きをした僕に、アジスタの不思議そうな視線が刺さる。
「大昔、餓死寸前だった僕を、何で助けたの?僕が近くにいることを、何で許すの?」
  人間で、欲が解消されるなら、それで良かったのに。
  けど、そんなことはどれだけの人間を相手にしても、全く無かった。解消されない欲だけが、残って。
  苦しくて、飢餓感よりも、そっちのが苦しかったのに。
「グライシズ、お前を殺せるのは、私だけだろう?」
  意味が、つかめなかった。
  どういう意味で言ったにせよ、そのアジスタの言葉は、正しい。
  正しいからこそ、余計に辛い。苦しい。
  アジスタの手が、僕の頬を伝った涙を拭って行った。
「お前は、私よりも話すくせに、何を欲しているのかを言わない。言われなければ、わからない」
  珍しい。アジスタが、僕を見続けてくれている。
  縫い付けられてる体なんて、アジスタの力が有れば、簡単に解けるのに。
  何を欲しているのか、話せだって?
「僕は、アジスタが欲しいだけだよ」
  何度も言ってるじゃないか。
「……、何度も言ったが、私が欲しいなら、くれてやる、と」
  何度も聞いたよ。
  でも、意味がつかめないんだよ。わからないんだよ。アジスタの気持ちが。本心が。
  だから、そのまままた噛みつくように、口付けてた。
  嫌だと言わない、アジスタが悪い。僕を近くに居させるアジスタが悪い。
  突き放せよ、僕を。アジスタだけが欲しいという欲に、狂って行く。
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