魔王と勇者の珍道中

藤野 朔夜

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国の中枢の理不尽

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「ほう、騎士とはおもしろい。女でありながら騎士になるとは、変わった女も居たものだな」
 私の娘を妹として可愛がってくれている彼女に、こんな者の相手など。
「して騎士様よ。子が出来たなら、私と子をしっかりと養う心づもりはお有りか?」
 そんな心を持っていたら、娼婦だどうのとは言わないだろう。この男は。
「俺がそんなどこの誰とも知らぬ女を、何故子ども共々養わなきゃいけないんだ?子どもが出来てたら、俺がちゃんと堕胎施術をしてやるよ」
 今までも、その様にして来たのだろうか。相手の女性は、大丈夫だろうか。
「堕胎施術は、しっかりと許可を持っている魔術師が行わなければならない。失敗した場合の、女の身体の負担の大きさをご存知か?二度と子どもを産めぬかもしれぬ。それをわかっていて、そなたに身を任せる女など、どこにもいやしなかろう」
 失敗すれば、最悪な場合死が待っている。
 女性は、この男の子が出来たとしても、泣き寝入りするしか無いだろう。この男に言ってしまえば、問答無用の堕胎施術をされる。そう知っていたら、女性はただただ耐えるしか無くなるのだ。
 知らなかったらと思うと、悲惨な未来しか私には想像出来ない。
「だから商売女を要求したんだ。居ないと言うなら、それなりの女を出せとは言ったが、俺の子どもなどは要らない。妾にもする気も無い。だから子が出来たと言うならば、無償で堕胎施術をするまで。女の身体のことなど、知らん」
 無償でやってやるんだ、何が駄目だと言うのだと言いたげな男。この男が騎士だと言うのだから、国は大丈夫かと言いたくなる。
「そなたにとって、女は道具なのだな。それはこちらも承知した。だがな、商売女が居ないからと、何も知らない町民や侍女を要求するのは、騎士として品が無かろう。そういう鬱憤が溜まっているのなら、さっさと王宮に戻ったら良いと私は思うが?王都なら、手練手管の娼婦が居よう。わざわざどこの誰とも知れぬ女を、相手にする必要も無い」
 たしかにそうだ。王都ならば、この男の理不尽さを知っている。女性の方がまたは店側が、この男から身を守るだろう。商売としては、相手は騎士だから、高い金を払ってはくれる相手だろう。
 だが生憎とこの町は、その日を暮らして行くだけで精いっぱいなのだ。どこにもその様な娯楽など、出来る様にする必要性が無い。
 そして、女性は大切に扱われる存在である。男の理不尽な要求になど、答えられるはずもない。
「王都に帰れてたら、俺だってさっさとそうしたいさ。ただ、勇者を見付けなきゃなんないという仕事が有る。だったらこの地でその場の女を探すのが普通だろう。あんたは相手をしてくれるんだろ?」
 なにを言っているんだと言いたげな男。
 たしかに、さきほど彼女は騎士の女はどうか、と声をかけている。
「お前の言い草で、私は腹が立っている。寝所で死にたく無ければ、その考えを改めろ。そうすれば、相手にするかもしれないな」
 相手をする気は最初から無かったのだろう。
 ただ、どの様な考えで、その様なことを言い出したのかを聞く為に、言ったことだったらしい。
 私は心底安堵した。
「貴様、国の騎士、それも俺は王宮の騎士だぞ!愚弄するか!」
 男のわめき声さえ、どこ吹く風という表情の彼女。
「ふん。品の無い騎士を王宮の騎士にするなど。この国の連中は腐ったままか」
 彼女は自分の家が元はこの国の国境の守り手の貴族で有ったと、知っている。
 だからこそ、私に手を貸してくれたのだ。
 辺境をこれ以上衰退させぬ様にと。彼女の父にも、大変な感謝をしている。
「貴様!国王を侮辱するか!」
「剣を抜いても構わん。帝国を敵にするということだと、解釈するがな」
 彼女は帝国の軍のマントをしていた。
 彼女の婚約者は私の長女の結婚相手の兄。帝国の守り手の貴族の次期当主だ。
 今回のこの地の訪問は、正式な結婚をしたという知らせか。
 そうであるなら、次女ではなく、長女の様子を知らせにも、来てくれたのかもしれない。
「帝国の軍関係者が、何故この様な辺境の貴族への用が有るのです?」
 黙っていた王都の人間が口を挟んだ。
 ここで剣を抜き合うことを、避けたい為だろう。
「国境の守りこそを大切にせねばならぬと、わからぬ国の中枢に、何も用事が無いからさ。私が用の有るのは、この国の国境の伯爵様だ。伯爵様が、平和的に会話をしていてくださるから、この国は今もまだ安全なのだと、気付いているか?帝国も魔国も、この国を簡単に滅ぼせると、わかっているか?」
 魔族はこの地を襲わないと宣言してくださったが、この国を滅ぼさないとは、言われてはいない。
 魔族の国や、帝国の軍事力ならば、この地のみを避けて進軍することは可能だろう。
 特に今は、国境の守りなど、無い様なものだ。
「女がどうとか言う前に、この国境の守りの弱さを目の当たりにしたなら、国王にその旨を進言することが先だろう。勇者がどうのと聞こえはしたが、自分たちで放り出しておいて、後から理不尽な理由を付けて殺していることは、調べて有る。自国の繁栄を願うなら、勇者に構っている場合でもなかろうに」
 勇者を召喚しているということは、どこの国でも知っている。
 だが、その勇者を、召喚した国が殺していただなど。この国の人間すら知らないだろう。
 何故呼んだ勇者をわざわざ殺す?魔王に勝てないからか?
 魔王に勝とうとする前に、やることが有るだろうとは、私も彼女と同じ意見だ。だが、この国はそんなことは考えない。考えていたのなら、国境の守り手で有った、彼女の祖先を見放したりしないだろう。
 どの様なことが有ったのか、彼女は子孫として知っているのだろう。だから、この国には反感しか持っていない様に、私は思っている。
 もし彼女の家が、この国の王家に復讐を望むなら、この国は魔国と帝国の両方を相手にしなければならなくなる。
 わかってはいないだろう。彼女がかつてこの国が見放した貴族の子孫で有ろうとは。そしてその貴族が魔族の領地に移住し、今は帝国の守り手の貴族とも手を組んだ。
 その脅威を、彼らは全くわかっていない。
「勇者は反逆したんだよ。だから殺すのは当たり前でしょー。そもそもさー、なーんでこんな辺境の地を、重視しなきゃなんないのー?馬鹿みたーい」
 ケラケラと笑っているのは、この国の魔法使いだ。
 コレが国の中枢だ。頭の痛いことにな。
 彼女の眉間の皺ももっともだけれど。
 わかっていないから、国境の街を放置出来るのだ。守り手の騎士を、見放せるのだ。
「頭の中身が無い様だが、この国は大丈夫か?」
 呆れた彼女の言葉は、私にしか届きはしなかっただろう。
 王都の連中はどうのこうのと、色々話を勝手にしている。
「だいたいあの勇者、もう森の中でへたばってんじゃねぇの?」
「そうそう。体力は無い、筋力は無い、魔力も無いの無い無い尽くしの勇者だよー。ねぇねぇ、もう帰ろうよー。僕もこんな辺鄙なとこ居たくなーい」
「そうそう、もう獣の腹ん中だって。こーんな娯楽もねぇ上に、お堅い人間しかいねぇとこから、サッサと帰ろうぜ」
 帰ってくれるなら、こちらとしても財政の苦しい中で、無理をした良い食事を出さずに済むから、私は何も言わない。
「そうですね。もし万が一、今回の勇者と思わしき人物が、ここに来たなら、留め置いて王都に連絡しなさい。必ずですよ」
 神官は私に命令をくだした。
 しかし、殺されるとわかっている勇者を、私はわざわざ王都に知らせる気は無い。
「承知いたしました」
 了承の言葉さえ返しておけば、彼らはそれで満足だろう。
「本当に王宮の人間は理不尽だな。国のことを、しっかりと理解しているのか?」
 ポツリと呟いた彼女の声は、すでに帰る支度をと、家の使用人を勝手に使い出した彼らには、伝わらなかっただろう。
 厄災が去って行ってくれるかの様な、清々しい気分の私には、彼らの頭の悪さなど、どうでも良いことであった。
 ただ彼女には、この様なことに巻き込んだことを、謝らねばらなないだろう。そして血を流さずに場を納めてくれた、感謝をせねばなるまい。
 こ奴らが帰ったら、ゆっくりと語ろう。
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