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一章
2.監禁0日目③
しおりを挟む体がフラッシュバックしたかのように強張る。こんなの知らない。フルフルと頭を振るレイニール。「注射を打たれる」たったそれだけのことなのに脳の奥まで震えが止まらない感覚に陥っていた。
あたかも、前にもされたかのような感覚。
でも知らない…知るはずないんだ。こんな男は初め会うし。効果をしらない注射なんか怖いわけない。
しかしレイニールの中では恐怖でいっぱいだった。顔は青ざめ意味も分からずガクガクと震えている。
1つは注射への恐怖と男に対して。もう1つは訳もわからず怖がっている自分に対してだ。
「離せ」というヴィンセントの言葉を無視して、フォークを握りしめたままでいるレイニール。
もちろん、男の言う事を聞く必要はない。ここから出て家族の元に帰るのが優先事項だ。
けど…もしまた打たれたら…
考えただけで怖いのに抵抗なんかできるのか。
警鐘を鳴らす脳がそれを必要以上に強調していた。
"……え?今俺なんて思った…?"
思わず無意識に思っていたことに我にかえる。
『また打たれたら』
"また? またって言ったのか?"
なんで、またって思ったのか。今までされたことなんかないのに。
さっきから記憶のないことばかりだ。
自分をまるで恋人のように接する初対面の男。訳わからず監禁されてる自分。前にもされたことあるような記憶のないフラッシュバック。
何か重要なことを忘れてる…?
「ん、ちゃんと離せたね偉い偉い」
いつの間にか手に入っていたはずのフォークが抜け落ち空っぽになった手を握りしめていた。
それを、自分の言うことを聞いたと勘違いしたこの男はさも犬を褒める時のようにレイニールの頭をポンポンと撫でる。
首にあったチクリとした痛みが消えたことから刺さっていた注射針が抜かれたのだと分かったが、そんな事今になってはどうでも良い。
''何かを忘れている"そう思い始めてから自分の中に埋まっていた何かが痛いぐらいに苦しめているのだ。
"俺は何を忘れている?思い出せ"
俺はアルベルト様と会って、いつも通り屋敷で働いていた。いつも通りアメリアと母と会話し、楽しく過ごしいつも通りの平穏な暮らし。それは昨日の話。
でも…それが全て間違いで俺の勘違いだったら?
「レイニール?」
考えれば考えるほど苦しめられるせいで上手く呼吸が出来ないでいた。先ほどの威嚇からの荒めの息ではなく、また別の違った息苦しさで息を荒げれるレイニール。
その様子に焦りを感じたヴィンセントは顔を覗く。レイニールは視点の合ってない目で過呼吸とも見れる様子で肩で息をしていた。
「レイニール、落ち着いて。ゆっくり息をして」
「……俺は…いったい何を忘れている…?」
「レイニール」
「あれが…全部…」
「レイッ!こっちを見て!」
ヴィンセントに両肩を掴まれて始めて、自分の息が荒いことに気づきハッとする。
自分の方に向かせたヴィンセントと真っ直ぐ視線が交わった。
不安そうで今でも泣きそうな顔で見つめるヴィンセントに思わずドクリと唸る胸の内に僅かな違和感を覚えた。自分とおなじその漆黒な瞳は揺れ動いていて、どこか懐かしさを覚えたその目をより一層違和感強くする。
"この目…知ってる"
その時キーンと頭が痛くなって思わず顔を歪ませた。
そして脳裏にある言葉が頭に浮かぶ。
『…ねぇヴィン。居場所がなくなった俺を君はどうしたい?』
それは間違えなく自身の声だった。それとは別のもう1つの男の声。会話とも取れるその言葉が自然と頭に流れ込んでくる。
『レイ! そこから離れて。これ以上苦しまなくていいようにするからそれまでは…生きて欲しいんだ…』
どこか緊迫として苦し紛れに絞り出した声と反対に自分と思われる声は比較的落ち着いていた。
『前に君はいったよね?ーー…だって。俺はヴィンと違って化け物だ。約束通りーー…せてくれ……』
ところどころ会話に入るノイズのようなものが聞き取れない。
『……ッ……ったから。レイ、君がいいって言ってもこの手は離さない。たとえーー…っても僕はレイのためなら…人を殺すことも厭わない』
その言葉で途切れ、突然の吐き気で強制的に現実に戻された。夢の中にいる感覚がえずき始めると自然と現実味が増してくる。嘔吐さえしなかったものの、堪えきれない頭痛と吐き気は治らなかった。
「戻ってきた?少し落ち着いたでしょ」
そう尋ねるヴィンセントの顔は不安気さを残しつつ、子供をあやかすような取り繕ろった笑顔を見せていた。心なしか落ち着く感覚を覚えたレイニールはヴィンセントから目を離せないでいた。
だからレイニールはヴィンセントの手にある空っぽになった注射器の存在に気づいていない。
「……貴方と俺はどういった関係?」
「…それはどういう意味?君は患者で僕はただの医者だよ」
戸惑いながらも繕った笑顔は崩さないヴィンセント。
先程の回想のような会話の意味。真実かはたまた嘘か。約束とはなんだ。なんなのか。
聞きたい事は山ほどあったが、何て言ったらいいのか分からず無理やり絞り出した意味不明な質問。
「ただの?本当はそうじゃないんだろ"ヴィン"」
確かめるように言うとそれまで動じる事なかったヴィンセントがぴくりと反応する。
「…もしかして何か思い出した?」
「……」
「大丈夫だよ。無理に思い出そうとしなくて良い。もし何か思い出しても大丈夫。それは全て気のせいだ」
あくまでシラを切ろうとするヴィンセント。違う。これじゃない…もっと決定的なノイズ混じりの何か重要な言葉。
「……何回でも記憶を消してあげる…?」
最後に聞こえたノイズ音混じりの言葉を思わず口にしたレイニール。その言葉を聞いた瞬間ヴィンセントの顔が凍りついた。
これ以上取り繕う必要がないと思ったのか"あやす用の笑顔"をやめた。
「あーあ、これも失敗か」
その顔を見た瞬間ビリリと体が反応する。落胆したような光のない目。先ほどのゆるっとした雰囲気が一転冷たいものに変わる。
そのあまりもの代わりように怖さを感じているのだと思ったレイニールは反射的に横に座っていたヴィンセントを拒絶して後退りする。
それに気づいたヴィンセントは手錠ごと手を引っ張り自分の方に寄せる。逃げれないように手錠から伸びた鎖をがっちり掴まれてるせいで離れたくても離れたい。
「そう都合よく忘れてくれてないか」
「っな」
反動でレイニールの顔が一気にヴィンセントに近づくと、ちょうど耳元にあたる辺りにヴィンセントが囁く。
思い出さない方が幸せだったのに。と
目を見開いたレイニールに今度は容赦なく2本目の注射針を首元に突き刺した。1回目のせざるを得ない状況とは違い今度は意図的に。
これはただの精神安定剤。少し副作用のあるただの。
「おやすみ、レイニール。君にはまだこの記憶は早いよ」
そこで記憶はプツリときれた
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