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第七章

第75話 神水

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「……スゴイ」

 神殿の中に入った僕は、あまりの凄さに呆然と立ち尽くしてしまった。

 全てを純白で創られた神殿は、まさに神聖さの象徴のように見える。

 天井は高く優に50メートルはあるのではないだろうか。

 更には四方を護るように置かれる4体の熾天使セラフの像は、今にも動き出しそうな精巧さとオーラを放っている。

 光を取り込むために創られた巨大なステンドグラスには、蒼を基調に天神様が多くと天使と共に描かれている。

 そして奥には直径10メートル程の円形の祭壇があり、その周りには10を数える白石の石柱が立っており、その内7本の石柱からは神聖な淡い光が発せられている。

 更に祭壇の奥には10メートルを超える天神様の像が、優しい笑みを湛え神殿全体を見つめていた。


「では、参りましょう」

 僕が呆然としていると、セバスさんが声を掛けてきた。

 一つ頷きセバスさんの後を追うように祭壇に向かう。


 祭壇を目の前にした時、俺はある事に気が付く。

「あれはレヴィ……、そっちにはイジスさん、それにクイやアキーレさん、キーレやアーレまでいる。って、セバスさんまで……」

 そう、祭壇の周りにあった石柱の中には、武器形態のレヴィ達が入っていたのだ。

「私も含めレヴィ達も邪神との戦いに思う事が有り、次回こそはクラウド様のお役に立てるよう、現在、天神様の洗礼を受けております」
 
 ……なるほど、だからみんな見当たらなかったんだ……ん?

「あの~、セバスさんは何で今人化出来ているんですか?」

 そう、セバスさんも同じように石柱の中の居るのに何で今、人化して僕の隣の立っているんだ?

「私は洗礼を受ける前、一部思念体を分離させ、いつクラウド様がお目覚めになってもいいように、待っておりました」

 ……そんな事出来るんだ。流石なんでもありのセバスさんだ。

「それよりも、神水で御座います」

 それよりもなんだ。流石セバスさん中々ブレないね。

 セバスさんの後に付いて祭壇の中に入る。って、入って良いのか? バチとか当たりそうで怖いんですが……

「少々お待ちを」

 今から一体何が起こるんだろう。そんな事を思いながらセバスさんの動きを目で追う。

 セバスさんは祭壇の中央に移動すると、そっと祭壇に手をつき魔力を込め始める。すると祭壇の中央から光が広がり始め、やがて巨大な魔法陣を描き出した。

 魔法陣が完成するとセバスさんは、魔力を送り込むのを止め一歩後ろに下がる。

 それに合わせるように、祭壇の中央であり魔法陣の中心から、手のひらほどの広さの円柱の台座がゆっくりとせり上がって来た。

 だが、変化はまだ終わらない。

 更に魔法陣の輝きが強まると、先ほど出現した円柱の台座の上に、白金色の杯が水面から浮き上がって来るように台座の上に出現した。

 僕はその幻想的な光景を、唯々唖然として見つめていた。

 やがて魔法陣は光を失い、神殿には静謐さが戻って来る。


「クラウド様、こちらへ」

 僕が呆然と立ち尽くしていると、セバスさんが側まで来るように言ってくる。

 その声で我に返った僕は、言われるままにセバスさんの下に移動した。


 僕とセバスさんの前には、先ほど出現した円柱の台座の上に置かれた白金色の杯ある。

 天使の翼が絡みつくような意匠の美しい杯だ。

「この聖杯の中の液体が神水で御座います。これからこの神水を飲んでいただきますが、神水を飲んだ後は、全てが終わるまでこの祭壇から降りる事はゆるされません。ではよろしいでしょうか?」

 僕は言葉に意味を噛みしめ一つ頷くと、その聖杯を手に取る。

 聖杯の中には、まるで血のような赤色の液体が中ほどまでみたされていた。

 これを飲んだらもう後戻り出来ないんだよな。

 まさに死ぬか生きるか、いや、十中八九死ぬと言われる事をこれからしなければならない訳なんだが、中々勇気が出ない。

 セバスさんもそれを分かっているからなのか、特に急かすような事はしてこず、唯々、静かに僕の側に控えている。

 僕は一つ大きく息を吐くと、聖杯に入った朱色の液体を睨みつけ、一気に呷った。

 セバスさんはそれを見届けると、静かに祭壇から降りていった。



 神水を飲むと、強い酒を呷った時に感じる、焼けるような感覚が喉から胃へと落ちていく。

 その後、僅かに感じる魔力が湧き上って来る気配。

 ただ思った程、劇的な変化は感じ無いな。当然特にどこか痛いとか苦しいといった感覚も無い。

 僕は聖杯を台座に戻すと、何か変化が無いか確認するように自分の手のひらを見た。



 ポタ、ポタと液体が手のひらに落ちる感触と、広がる赤黒い二つにシミ。

 ……なんだこれ?

 僅かな違和感を感じ鼻に手を持っていくと、ヌルりとした少し粘性のある液体が鼻から流れ落ちていた。

 ……鼻血?

 それを認識したとほぼ同時に、突然僕の視界が歪む。

 立っていられなくなった僕は、その場で片膝を付く。

 動悸、息切れ、眩暈。それらが突如として圧し掛かってきた。

 鼻血は酷くなり、祭壇を赤く汚し始める。

 意識が朦朧とし始めた僕は、両手をつき四つん這いになり、意識を保とうと歯を食いしばる。


 どれだけ時間が過ぎたか分からないが、状況は次の段階に移行する。

 突如体の芯を突き抜けるように激痛が走る。そして間を置かず、全ての血管が針に変わってしまったのではないかと思うほどの鋭い激痛が全身を襲い、朦朧としていた意識が無理矢理覚醒させられる。

 あまりの痛みに、悲鳴を上げようとするが、口から出たのは叫び声では無く、大量の吐血。

 鼓膜が破れたのか音が聞こえなくなり、耳から血がこぼれ落ち始める。

 目からも血の涙が溢れ出し、体中の穴という穴から血が噴き出しているのではないかと思えてくる。

 痛みを耐えるように力を込めていた手足からは、その圧力に耐えられなくなった爪が、弾けるように剥がれ落ちていく。



 激痛は更に酷くなっていく。

 視界に入って来た手足の皮膚は、そこら中に罅割れが奔り、皮膚からも血が噴き出し始め、祭壇を赤く染めていく。

 罅割れは頭の先からつま先まで広がり、まさに全身から血が噴き出す。

 その罅割れは時間が経つとまるで傷が無かったのではと思うほど綺麗に治り、そして再び新たに罅割れが生まれ血を噴き出す。

 まるで、身体を新たに創り変えていくように破壊と再生を繰り返しているようだ。

 既に祭壇は半ばまで僕の血で赤く染められている。

 それでも体中を襲う激痛は治まりを見せず、それどころか痛みが増すばかり。

 意識は激痛により、混濁と覚醒を交互に繰り返す。

 そんな僕を、セバスさんは祭壇の外より祈るように見つめている。



 既にどれだけ時間が経過したのかも分からない。1時間? 1日? それとも数日? あまりの激痛に時間の感覚すら喪失していた。

 祭壇は僕の血で赤黒く染まり、純白だった祭壇の面影は完全に消え失せようとしていた。

 そして、僅かに残る白い部分も、あと少しの時間で完全に僕の血で染まるだろう。

 ひたすら続く激痛は未だ治まりをみせていない。

 だが、僕の体はその痛みにも反応する事は無くなり、唯々、祭壇の上で大の字になり、眉一つ動かすことが出来ず、死が迎えに来るのを待つだけになっていた。

 僅かに残っていた祭壇の白き部分も、僕の血で完全に赤黒く染め上げた頃、未だ激痛が襲い来る中、僕の意識は闇の中に溶けていった。
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