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アライアス

ウォルト以外でも信じていた人に裏切られるのはつらかった

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「リーンネット!! 目が覚めたんだな! 本当に良かった。目が覚めないんじゃないかと思ったよ」

 またベッドの傍に座っていたオスカーが、今回は寝そべっている私を強い力で抱き締めてくる。
 息ができない。
 空気が吸いたいのに、オスカーの抱き締める力が強すぎて空気が吸えない。

「オスカー。苦しい・・・。力、弱めて・・・。死ぬ・・・。息ができなくて死ぬ・・・」
「ああ。ごめんよ! お前が目を覚ましてくれたのが嬉しくて、つい」

 オスカーは少し窶れて、目の下に隈まであった。

 この状況についていけない。

 何があったの?
 オスカーが心配するような何が?
 どうして、オスカーがベッドの傍にいるのか?
 シスコン化したとは言っても、ベッドの傍にいるのを誰が許したのか?
 許されるような何かがあった?

『目が覚めたんだな?』とオスカーが言っていたってことは、それは私が眠る前にあったんだろう。
 私は眠る前の記憶を思い出そうとした。

 あの時は確か、一族の住む棟に行こうとして、運び込む物を置いている部屋に行って――
 そこにアンが来て――
 その部屋に荷物を運び込んだ商家の人を紹介されて――
 それから何があったっけ?

 ・・・
 ・・・
 ・・・

 頭に靄がかかったみたいに思い出せない。

 ここにいるってことは、オスカーは何があったか知っている?
 知っていなかったら、私のベッドの横になんかいないよね?
 知ってるってことにしよう。そうだったら、聞けば何かわかるかもしれないし。

 と言うことで、オスカーに聞くことにする。

「何があったの?」

 私の問いかけにオスカーは不機嫌そうに顔を顰める。

「攫われたんだよ。あのアンとか言うメイドの手引きで」

 苛立った声でオスカーが告げる内容がすぐには理解できなかった。

「攫われた? アンが手引き? そんな・・・。廊下でアンと出会って、あの貯蔵庫まで付いてきてもらって、商家の人がいて紹介してもらって・・・」
「その商人って言うのが、お前を攫った犯人の一人だよ」
「そんな・・・! あの商家の人が?! アンは?! アンは無事なの?!」

 言ってから、気付いた。
 オスカーがアンの手引きで私が攫われたと言ったことを。

 自分を攫った相手の心配なんかしなくてもいいのに。
 でも、アンが心配だった。
 身分が違いすぎるのに私とおしゃべりしていて怒られないかって、私と内緒で話していたアン。
 キャットも私付きとは言っても、アンと同じ侍女だからって、説得しないと話そうとしなかったアン。

 私は・・・アンのことをどう考えたらいいのかわからなかった。
 一緒に話をしたアンが心配で・・・。
 でも、そのアンは私を攫う一味で・・・。

 なんで?
 なんで、私を攫おうとしたの?
 なんで、私を攫うのに手を貸したの?

「あの女は金目当てでお前を売ったんだよ。どんなに金を詰んでも足りない価値のあるお前をはした金で売ったんだ」

 私の疑問が口から出ていたのか、オスカーが答えを言ってくれた。

「お金? お金の為なの?」

 目が熱くなった。

 ああ、裏切られた。

 ゲームの舞台となる学校に通って、私がヒロインに陥れられてウォルトが助けてくれるどころか信じてくれなくて・・・。一族に嫁いで、一族の棟で暮らすことになる。
 そんな未来を回避したかったのに。
 回避する前に、別の人物に裏切られた。

 これがオスカーと仲良くなった結果なの?
 ゲームと違って、オスカーと仲良くなったからこうなったの?
 私がゲームと違う行動をとったから?
 だから、裏切られたの?
 ゲームの私はオスカーの襲撃事件が起きるまで何も変わったところがなかった。
 ウォルトを攻略する時にも横に普通にいて、陥れる機会や弱みを探す時にも楽しそうにしていて、誰かに裏切られたという影は何もなかった。

 どうして?
 ゲームと今の私のどこが違うの?
 アンはどうして、お金なんかの為に私を?

「どうして?! どうして、お金なんかの為に私を攫ったの?!」
「貴族の令嬢は育ちと顔が良いからね。我が家のような伯爵家は貴族と言っても、公爵家や侯爵家よりも警備が手薄だから狙われやすいんだよ」

 自分の育ちなんかよくわからない。でも、顔がっていうのはなんとなくわかる。ゲームに登場していた陥れられる令嬢たちは全員美人だった。
 自分じゃ美人だと思わなかったけど、リーンネットもまた不憫系悪役令嬢の一人。それも攻略対象が婚約者だってだけじゃなくて、別の攻略対象との恋愛スキャンダルに巻き込まれたり、婚約者と婚約解消した時に掻っ攫われ結婚するルートまである。ゲーム会社が推奨した『目指せ、逆ハー』を阻むとんでもないお邪魔キャラ。

 美人なんだろう、きっと。
 どう見ても、睫毛の重みで目が半分しか開かないのに、それで美人って・・・。
 妖艶な美形一族は平凡な顔でも非凡に変えるんだね・・・。
 一応、美人ぞろいの不憫系悪役令嬢の一人だし・・・。
 オスカーが言うように、うちは伯爵家だから警備が薄いから私が攫われたんだろう。

 でも、どうして私が狙われたんだろう?
 ゲームのように学校に通っているならわかるけど、まだ通っていない私は顔の良し悪しも知られていない。それなのに何故、攫う対象にしたのか?
 妖艶な美形一族の娘だから?
 それが理由だったら、私がとんでもなく太っていたり、顔が不細工だったらどうするつもりだったんだろう。・・・これは考えてもしょうがないか。

「私の顔なんか知らないのに、どうしてそんなことをしたのかしら?」
「リーンネットは館の前庭でウォルトと遊ぶだろ? それに外出も二回したから、お前が美しいって噂が流れている。リアナ姉上が調子に乗って、貴族共に姿を見せたから妹だって理由だけで下種共がお前を欲しがっていたから、その噂で性急な方法に出た奴がいたんだよ」

 ウォルトと一緒に外で遊んでたから目を付けられたの?
 だけど、執事のジェニングスはそれを止めなかったのに?

 オスカーの誕生日プレゼントを買いに出かけたから目を付けられた?
 オスカーと一緒に出かける時みたいに”カツラ”を付けなかったから、ハルスタッド一族だとすぐに気付かれたあの時に?
 ロリコンみたいに目を付けた人間がいたってこと?

 それにオスカーと一緒に外出した時に目を付けられた?
 あの時はオスカーが”カツラ”を付けてくれて、私がハルスタッド一族だと気付いたのはお菓子屋さんの店内にいた人だけの筈・・・。

 姉の一人が貴族の前に姿を現したからって、妹である私を欲しがる?
 ゲームの中に登場してきた他の不憫系悪役令嬢のほうが美人だと思うのに、妹だって理由で私が人攫いに狙われるほど姉は美人だったの?

「そんなことを言われても理解できないんだけど」

 信じられない気持ちの私に兄は飲み込みの悪さに苛ついたかのように顔を歪める。

 愛想を尽かされた?

 怖くて身体が震える。

 せっかく、オスカーとこうして話せるようになったのに、私が馬鹿だから見捨てられるんだろうか?
 また、アイリーンやマリーンたちの所に行くのと、ウォルトが来てくれるのだけを楽しみにして暮らしていくことになるの?
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