アルバートの屈辱

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妻が悪女に変わる時

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 二人きりで会うことが許されたのは更に半年経ってからだった。
 毎日会いに行って、これである。リーンリアナを傷付けたアルバートがどれほどハルスタッド一族の女たちから信頼されていないのかわかる例だった。
 流石に半年も立会いのもとでしか話せないともなると、アルバートはハルスタッド一族の女たちの夫から「お前はどんだけひどいことをしでかしたんだ」と苦言を呈されてしまう始末。
 それにアルバートは何も言い返せなかった。
 ハルスタッド一族の女たちはリーンリアナの体調不良をでっち上げてくれたが、アルバートは自分がそんな状態にしたことを忘れてはいない。
 ハルスタッド一族の女たちもリーンリアナをアルバートと二人きりになるわけにはいかないと考えるのも当然だとアルバートは思った。

 問題はアルバートにとってハルスタッド一族の血を引く王女を産まる義務があるということだ。逆に言えば、リーンリアナはハルスタッド一族の血を引く王女を産む義務がある。
 王族にハルスタッド一族の女が嫁ぐのは他国に嫁がせるハルスタッド一族の血を引く王女を作る為。
 リーンリアナが意識を失って眠っていた数日の間にアルバートは父親からその義務をしっかりと教えられた。本来なら妻であるハルスタッド一族の女に教えられている筈のこのことを。

 リーンリアナが王女を産んでいない今、好き嫌いの問題は関係なく、アルバートは義務を果たさなければいけない。
 以前のようにリーンセーラの身代わりにしたくても、それをリーンリアナが知っている上でそのようなことができるような厚顔無恥な性格をアルバートはしていなかった。
 それどころか、リーンリアナの部屋に泊まれるようになったのは二人だけで会えるようになってから更に半年。蜘蛛や蛙でも見るような目でリーンリアナに見られないように同じベッドを使っているだけの間柄だ。
 王女誕生などあと何年かかるかわからない。

そんなある夜、他の妃のもとを訪れていたアルバートは侍従から邪魔されることになった。

「王太子殿下。緊急の事態でございます」

夜会を終え、妃と寝酒を楽しんでいたアルバートは部屋の外から声をかけてきた侍従に答える。

「なんだ?」
「ハルスタッドの離宮でリーンリアナ様の愛人が捕まりました」

 リーンリアナの愛人?

 アルバートは我が耳を疑った。
 確かに実質上の夫婦関係は年単位でない。リーンリアナはまだ20代に入ったばかりで、それなりの欲求があるだろう。
 だからといって、夫を疎んで愛人を作ったと聞いてアルバートには納得できなかった。
 離宮の中で暮らしているリーンリアナと知り合おうにも、離宮の住人の夫でなければ離宮には入ることはできない。また、アルバートのように離宮に妃を持つことになるからと連れて行かれた王族しか入ることはできないのだ。

 女騎士たちと話しているところで偶然、謝罪したかったアルバートと同じようにその声を聞いた男と話すようになった?
 だが、あの離宮は王族が大切にしている側妃たちが暮らしているということで、不興を買いたくない貴族たちは避けている。

 それに離宮に近付くのは目立つ。
 離宮の正面へは石畳の道があるが、離宮の周辺は見渡せるように何もない為、殺風景だ。侍女たちやハルスタッド一族の女たちが手入れしている中庭の風景とは対照的である。
 そこがそんなに殺風景なのも、他の場所を警護していたり、移動中の騎士や警備兵が不審者を見つけやすいようにしているからである。
 その石畳の道を使っているのは離宮の侍女と女騎士、それに夫である王族たちだけと決まっている。
 用もなくそんな場所にいればそれだけで目立つ。
 非常に目立つ。

 リーンリアナの愛人になる前に、リーンリアナに接触していることで報告が上がってしまうほうが先だ。

 もやもやとした捉えどころのないものがアルバートの心に沸いてくる。

 リーンリアナの愛人。
 もしいるとしたら、離宮に入る前の知り合い。ハルスタッド一族の館にいた間の知り合いならありえる。
 同族の者なら、あの王子が生まれた時に離宮に出入りしていた。

 結婚前の恋人だったのか、それともあの時に再会してから関係を始めたのか。
 幾人もの妃を持つアルバートだから、結婚した時のリーンリアナに深い関係の恋人がいなかったことはわかっている。
 しかし、今のリーンリアナは結婚した当初にはない魅力を持っている。愛し合っている相手がいてもおかしくはない。
 それに愛人があのハルスタッド一族なら誰にも気付かれずに離宮に忍び込むことも不可能とは思えない。

 いや、あの一族なら捕まるなんて真似はしないだろう。
 騎士科に入学した時点で武術だけは教師並みの実力を持っている奴らだ。離宮の女騎士では捕まえることなど到底無理だ。近くを警備していた騎士たちでも手練れでなくては相手にならない。

 妻に同族の愛人がいると思い始めたアルバートだったが、それはすぐに否定した。
 否定できて何故かホッとした。
 アルバートは気付いていなかった。リーンリアナに同族の愛人がいないことに安心したことを。
 気付いていれば、遅くはなかったのかもしれない。それでも既に遅かったかもしれない。
 愛していた筈のリーンセーラのことを思い出すことすらなくなったことに。
 自分の想いの変化に気付かないアルバートは妻の愛人騒動に困惑するしかなかった。
 
 では、誰が?
 ・・・いや、何が起こったんだ?






 アルバートが泊まるという話を聞いて心配した姉や叔母たちからリーンリアナは口々に言われた。

「大丈夫なの、リーンリアナ?」
「無理しなくてもいいのよ?」
「嫌なら嫌だと断ってしまってもいいのよ。あなたにあんなひどいことをしたんだから」
「王女の数も足りているから、リーンリアナは産まなくていいとリカルド様もおっしゃっていたわ」

 だが、アルバートを夫として選んだ過去の自分の行いの責任をとるつもりだったリーンリアナは、これ以上心配をかけないように「大丈夫だから」と笑ってみせた。


 共寝をするようになっても、アルバートが抱こうとしないことにリーンリアナは安心した矢先それは起こった。

 始めは何が起こったのかわからなかった。
 それはフィリアの走る音だったかもしれないが、聞き慣れない物音にリーンリアナは目を覚ました。

「リーンリアナ様!」

 離宮の住人たちと同じく早寝早起きなお付きの侍女のフィリアが寝癖を付けて身体の線が出る薄い夜着姿のまま、部屋に飛び込んでくる。

「どうかしたの、フィリア?」

 起き上がったリーンリアナの手をつかむと、フィリアはベッドの外に引きずりだそうとする。

「ご無礼はのちほどお詫びいたします。今日はリカルド殿下がいらっしゃっておりますので、今はそちらに!」
「リカルド殿下のところに? 何があったの?」

 出てきた叔母とリーングレースの夫の名前に驚きつつ、リーンリアナは身体をすっぽり覆う野暮ったい夜着姿でもそのままでいいのかどうかわからず、取り敢えずシーツを自由になるほうの手でつかんでそれを肩に羽織るようにする。

「事情は着いてからお話します。リカルド殿下のところに詳しい事情が届いている筈です」

 離宮で異常が起きた時は、離宮に滞在している王族のもとに集まることになっている。女騎士を除けば武術の心得があるのは彼らしかいないからである。
 情報も彼らのもとに集められる。
 もしかしたら、こうしてリーンリアナを迎えに来たフィリアも事情がわかっていない可能性がある。
 まずは王弟であるリカルドのところに向かって、そこで身の安全を図り、集まってきた情報で何が起きているのか把握しなくてはいけない。

「わかったわ」

 リーンリアナはそう答えて、フィリアに連れられてリカルドが立て篭もっているだろう大食堂に行った。
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