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夫の愛情は不要な妻3
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アルバートはその報せを聞いた時、すぐにリーンリアナがやったことだと思った。リーンリアナはアルバートの心がどこにあるのか知って、リーンセーラを害したのだと思ったのだ。
毒に倒れたリーンセーラに会いたくてたまらなかったアルバートは離宮の入り口でハルスタッド一族の男たちに追い返された。
「申し訳ございませんが、殿下。只今、こちらに入ることはできません」
本来なら、離宮の入り口を守る女騎士たちが犯人を捕まえる為に離宮に入らざるを得ない今、代わりに離宮の入り口を守るのは離宮の住人の一族。通常なら、この離宮の入り口の門を潜れるのはここで働く侍女たちと、重病時に往診しにくる医師だけ。
だが、今この中で何らかの異常事態が起き、女騎士たちがそれに対処しようとしている。
一族ではあっても、医師以外であるハルスタッド一族の男たちは入ることを許されてはいない。
「リーンセーラが毒に倒れたというのに、じっとしていられるか! ここにはリーンリアナがいるんだぞ!」
「リーンリアナ様は無事でございます。毒を盛った犯人はまだここにおりますので、王太子殿下はお近付きになりませぬよう」
「?! 私に近付くなというのか?! 何故だ?!」
ハルスタッド一族の男の一人が険しい表情で激昂しているアルバートに告げる。
「王族に嫁いだ者に毒を盛るような輩でございます。尊い御身も狙うやもしれません。王太子殿下の身はこの国の至宝。それを危険に晒すことはできぬ相談でございます」
「!!」
こう言われてはアルバートも立ち入ることはできない。アルバートは王太子であって、普通の身ではないのだ。それに毒に倒れたリーンセーラは父の妻であり、アルバートがこの段階で見舞うことは不適切なのだ。
この事件の犯人はアルバートの正妃となる公爵家の令嬢の命を受けた離宮の侍女であった。
学校へは女は16歳にならないと通えない。14歳になって学校に通うようになって会えなくなったアルバートに既に嫁ぎ、その寵愛を得ている側妃を暗殺するのが狙いだった。
リーンセーラは妹と好きな料理や嫌いな料理を交換し合って食べていた為に、リーンリアナに対して盛られた毒を口にしてしまったのだ。
王族に嫁いだハルスタッド一族の離宮での食事はリーンリアナを戸惑わせた。
食事自体は女騎士たちのいる棟で作られ、彼女たちや侍女と同じものを口にしている。
その食事は離宮の食堂でハルスタッド一族の女たちだけでとることもあれば、気の合った者同士でサロンや自室で食べることもできる。
ただ、リーンリアナを戸惑わせたのは必ず二名以上で食事をとり、料理を互いの皿を交換して食べることだった。
全部が全部交換するわけではなく、それぞれの好きな物、嫌いな物、それ以外の物、すべてを取り混ぜて、二皿あれば一皿は取り替えて食べる。
その奇妙なしきたりに戸惑ってしまうのだ。
そんな食事のしきたりも一年以上経つと、流石に慣れてくる。
その日、リーンリアナはリーンセーラと二人だけで食事をしていた。すぐ上の姉リーングレースは姉妹で夕食を囲まず、自室で夫と食事をしていた。
「お姉様。どのお皿を交換いたしますか?」
「そうね。あなたの好きなこの鮭のムース。わたくしが頂きましてよ」
わざとリーンリアナの好きな物を言うリーンセーラに、リーンリアナは頬を膨らませる。リーンリアナは鮭のムースが食べ物の中で一番好きだった。
リーンセーラはリーンリアナの前に置かれている皿をサッと取り上げて、鮭のムースにスプーンを入れる。
「おやめください。そのムースはいけませんわ。私のものですわ」
「駄目よ、リアナ。交換しないと駄目なのよ。あなたの好きな物だろうが何だろうが、交換しないといけなくてよ」
悪戯が成功したとばかりに笑い、リーンセーラはリーンリアナの皿の鮭のムースをスプーンで掬い、口に入れる。
「あなたが好きなのがわかるわ。とっても――ん゛っ!」
楽しげだったリーンセーラの表情が硬直し、喉を掻きむしった。その勢いで椅子が倒れ、リーンセーラも倒れる。
「お姉様?! お姉様、何があったの?! お姉様?!!」
リーンリアナは椅子から立ち上がると、床に倒れた姉の身体にしがみ付いて揺さぶった。リーンセーラは喉を掻きむしり続けている。
「リーンリアナ様。すぐに医師を連れて参ります」
給仕していた侍女の一人が外に報せに飛び出して行き、残された侍女たちはリーンリアナをリーンセーラから離して、口に入った毒物をとろうと行動する。
「リーンリアナ様。リーンセーラ様の食べた物を吐き出させるので下がっていてください。フィリア、手伝って」
切羽詰まったリーンリアナの叫び声に部屋の外で待機していた侍女たちが駆け込んできた。その後のことはまるで悪夢の中にいるようだった。
姉の喉は掻きむしられ、血が出ている。その身体は痙攣していて、駆けつけた医師のおかげでなんとか命を取り留めることができたのは幸運だった。
それからリーンリアナは毒に倒れる姉の悪夢を何度も見るようになった。
毒に倒れたリーンセーラに会いたくてたまらなかったアルバートは離宮の入り口でハルスタッド一族の男たちに追い返された。
「申し訳ございませんが、殿下。只今、こちらに入ることはできません」
本来なら、離宮の入り口を守る女騎士たちが犯人を捕まえる為に離宮に入らざるを得ない今、代わりに離宮の入り口を守るのは離宮の住人の一族。通常なら、この離宮の入り口の門を潜れるのはここで働く侍女たちと、重病時に往診しにくる医師だけ。
だが、今この中で何らかの異常事態が起き、女騎士たちがそれに対処しようとしている。
一族ではあっても、医師以外であるハルスタッド一族の男たちは入ることを許されてはいない。
「リーンセーラが毒に倒れたというのに、じっとしていられるか! ここにはリーンリアナがいるんだぞ!」
「リーンリアナ様は無事でございます。毒を盛った犯人はまだここにおりますので、王太子殿下はお近付きになりませぬよう」
「?! 私に近付くなというのか?! 何故だ?!」
ハルスタッド一族の男の一人が険しい表情で激昂しているアルバートに告げる。
「王族に嫁いだ者に毒を盛るような輩でございます。尊い御身も狙うやもしれません。王太子殿下の身はこの国の至宝。それを危険に晒すことはできぬ相談でございます」
「!!」
こう言われてはアルバートも立ち入ることはできない。アルバートは王太子であって、普通の身ではないのだ。それに毒に倒れたリーンセーラは父の妻であり、アルバートがこの段階で見舞うことは不適切なのだ。
この事件の犯人はアルバートの正妃となる公爵家の令嬢の命を受けた離宮の侍女であった。
学校へは女は16歳にならないと通えない。14歳になって学校に通うようになって会えなくなったアルバートに既に嫁ぎ、その寵愛を得ている側妃を暗殺するのが狙いだった。
リーンセーラは妹と好きな料理や嫌いな料理を交換し合って食べていた為に、リーンリアナに対して盛られた毒を口にしてしまったのだ。
王族に嫁いだハルスタッド一族の離宮での食事はリーンリアナを戸惑わせた。
食事自体は女騎士たちのいる棟で作られ、彼女たちや侍女と同じものを口にしている。
その食事は離宮の食堂でハルスタッド一族の女たちだけでとることもあれば、気の合った者同士でサロンや自室で食べることもできる。
ただ、リーンリアナを戸惑わせたのは必ず二名以上で食事をとり、料理を互いの皿を交換して食べることだった。
全部が全部交換するわけではなく、それぞれの好きな物、嫌いな物、それ以外の物、すべてを取り混ぜて、二皿あれば一皿は取り替えて食べる。
その奇妙なしきたりに戸惑ってしまうのだ。
そんな食事のしきたりも一年以上経つと、流石に慣れてくる。
その日、リーンリアナはリーンセーラと二人だけで食事をしていた。すぐ上の姉リーングレースは姉妹で夕食を囲まず、自室で夫と食事をしていた。
「お姉様。どのお皿を交換いたしますか?」
「そうね。あなたの好きなこの鮭のムース。わたくしが頂きましてよ」
わざとリーンリアナの好きな物を言うリーンセーラに、リーンリアナは頬を膨らませる。リーンリアナは鮭のムースが食べ物の中で一番好きだった。
リーンセーラはリーンリアナの前に置かれている皿をサッと取り上げて、鮭のムースにスプーンを入れる。
「おやめください。そのムースはいけませんわ。私のものですわ」
「駄目よ、リアナ。交換しないと駄目なのよ。あなたの好きな物だろうが何だろうが、交換しないといけなくてよ」
悪戯が成功したとばかりに笑い、リーンセーラはリーンリアナの皿の鮭のムースをスプーンで掬い、口に入れる。
「あなたが好きなのがわかるわ。とっても――ん゛っ!」
楽しげだったリーンセーラの表情が硬直し、喉を掻きむしった。その勢いで椅子が倒れ、リーンセーラも倒れる。
「お姉様?! お姉様、何があったの?! お姉様?!!」
リーンリアナは椅子から立ち上がると、床に倒れた姉の身体にしがみ付いて揺さぶった。リーンセーラは喉を掻きむしり続けている。
「リーンリアナ様。すぐに医師を連れて参ります」
給仕していた侍女の一人が外に報せに飛び出して行き、残された侍女たちはリーンリアナをリーンセーラから離して、口に入った毒物をとろうと行動する。
「リーンリアナ様。リーンセーラ様の食べた物を吐き出させるので下がっていてください。フィリア、手伝って」
切羽詰まったリーンリアナの叫び声に部屋の外で待機していた侍女たちが駆け込んできた。その後のことはまるで悪夢の中にいるようだった。
姉の喉は掻きむしられ、血が出ている。その身体は痙攣していて、駆けつけた医師のおかげでなんとか命を取り留めることができたのは幸運だった。
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