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7話 父とカミル様の約束
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私がかわいいから? 緊張した?
カミル様は顔を真っ赤にさせて、目の端には涙を滲ませていた。
「つまり、君は緊張すると好意を持った相手に毒づいてしまうと?」
「そ、そういう、つもりは、なかった、なかったんです、でも……」
お父様は厳しい口調でカミル様にさらに問いかける。
「み、ミリアお嬢さまを、傷つけてから、わかりました。お、おれは、人を傷つけることを言ったんだって」
しゃくりあげながら、カミル様はゆっくり、懸命に話した。
私は聞いていて、胸が痛かった。
初めて顔を合わせた時のひどい言葉を思い出してしまうし、思い出したらカミル様に謝っていただいた今でも辛い気持ちになるし、カミル様がお家に侵入してボロ泣きしながら謝ってくださったことも一緒に思い出して、カミル様のお気持ちを考えても、なんだか辛くなる。
「お、おれ。恥ずかしくて、目が、合わせられないし、うまく話せないし、笑いかけられたら、どうにかなっちゃって」
カミル様は、合間合間で深く息をつきながら、なんとか話を続けた。
「でも、おれ、じぶんのことしか、考えてなくて……婚約解消の申し出を受けて、はじめて……おれ、き、きづいて……」
「ひどいことを言っても、まさか婚約が解消されるとは思っていなかったんだね」
お父様はすっと目を細める。
「お、おれ、また……また、会えるから……そのとき、もっと、ちゃんと、できたら、いいやって。……また……会えるって、おもってた……」
「君は、ミリアのことを『自分の婚約者』と思っていたんだね。自分のものなのだと」
「……はい」
カミル様は頷く。
恥ずかしそうに、悔いるように、一度顔を俯かせたら、そのまま沈み込んでいってしまった。
「ほ、ほんとうに、すみませんでした……」
「カミル様……」
頭を下げたままのカミル様が、涙声で、もう一度私に謝る。
ずっと、口を出せなくてカミル様のお話を聞いていたけれど、私も胸がジンジンと痛んでしまって、口を開かずにはいられなかった。
「私、すっごくあなたのこと嫌な人だと思ったの。でも、もう、ひどいことしない?」
「ご、ごめん、ほんとうに……でも、もう、絶対に、君を傷つけることは言わない……」
カミル様が、チラッと、わずかに頭を上げて、私を見た。ヘーゼルのきれいな瞳と目が合う。涙できらきらと輝いていて、本当に、きれいだった。
いじわるな、ひどい男の子だと思っていたカミル様。けれど、この姿を見てもなお、「意地悪カミル様」とは、もう思えなかった。
いままで、こんなに一生懸命、人に想いを伝えられたことなんてない。きっかけは、この人がひどいことをしたからだけど……こんなに、気持ちを込めて、謝ってもらったことなんかない。
この人のことを信じたい。私は、そう思った。
「……お父様、私……」
「ミリア。君の気持ちだけで決めるわけにはいかないよ。これはロスベルト家の婚姻であるのだからね」
「……はい」
──「カミル様と婚約を続けたい」と言おうとした私を、お父様は嗜める。
そして、お父様はカミル様に向き直り、静かに口を開いた。
「君は今、十歳だったね」
「は、はい」
「では、こうしよう。今から六年間、君と娘の交友を許す」
お父様の言葉に、私は驚いて目をまん丸にしてしまった。ロートン侯爵も私と似たようなお顔をなさっている。
カミル様も、キョトンとしていたけれど、すぐになんだかハッとして、真面目な顔でお父様の顔を、熱心に見た。
交友……ということは、「婚約」ではない。
お父さま、どうなさるおつもりなのかしら?
「その間、君がけして娘を傷つけることなく、娘を愛し、慈しんでくれていれば君と娘の婚姻を認めよう。一度でも、娘を蔑ろにすることがあれば、君との婚姻はもうあり得ないし、ロートン侯爵との縁も切る」
「……!」
カミル様が息を呑むのがわかる。でも、その瞳はキラッと輝きを宿していた。涙の煌めきじゃなくて、カミル様の瞳そのものの輝きだった。
「6年後までは婚約は保留とさせてもらおう。そして、その間にもしもミリアにより相応しい相手が現れた場合には、婚姻はそちらの方を優先させていただく。……構いませんかな?」
お父さまはロートン侯爵を睨むように見つめる。侯爵は深く頷いた。
「6年間、君がミリアの優しい善き伴侶になれると信用に値する人物であり続ければ、私は君と娘の婚姻を認めよう」
「ち、誓います。俺、絶対にお嬢さまのことを、大切にします」
「……私の君への信頼は、君のお父上への信頼、それによって成り立っている。これから、どうか私に君自身を信頼させてほしい」
お父様はそう言うと、カミル様に右手を差し出した。カミル様は一瞬惚けていたようだけど、慌てたように右手を出して、お父様を握手を交わしていた。
その後で、お父様はロートン侯爵とも握手を交わしていた。
◆
「お父さま! ありがとう!」
「ミリア、私は本当は反対だよ。彼のように、子供っぽくて自分勝手で、考えの至らない人物は家の主人にふさわしくない。このままでは、彼の代のロートン家はきっと大変なことになるよ」
「……お父さま」
喜びをあらわに駆け寄る私に、お父様は、厳しい顔つきで私に釘を刺した。
けれど、私が顔を曇らせるのを見て、苦笑いを浮かべて、そして優しく目を細めた。
「でも、私はね。君の言葉と、彼の懸命な姿を見て、信じてみようと思ったんだ。ミリア、彼の努力は君が一番近くで評価してあげるんだよ」
「はい!」
お父様、優しい私のお父様!
私はお父様のふかふかのお腹に飛び込んだ。
「もしも彼が、謝罪と一緒に言い訳でも始めて、謝罪はついでのような態度をとったら、絶対に君との交友は許さなかったが……。彼には、そのあたりの誠意と分別はあるようだったから」
「そ、そうだったの……」
だから、お父様はカミル様に「言いたいことはそれだけか?」とわざわざ確認して、その後に質問をして、ワケを聞きだしていたのね。
今日は厳しい顔を続けていたお父様だけれど、私の頭を優しく撫でるお父様の表情は、とても優しかった。
カミル様は顔を真っ赤にさせて、目の端には涙を滲ませていた。
「つまり、君は緊張すると好意を持った相手に毒づいてしまうと?」
「そ、そういう、つもりは、なかった、なかったんです、でも……」
お父様は厳しい口調でカミル様にさらに問いかける。
「み、ミリアお嬢さまを、傷つけてから、わかりました。お、おれは、人を傷つけることを言ったんだって」
しゃくりあげながら、カミル様はゆっくり、懸命に話した。
私は聞いていて、胸が痛かった。
初めて顔を合わせた時のひどい言葉を思い出してしまうし、思い出したらカミル様に謝っていただいた今でも辛い気持ちになるし、カミル様がお家に侵入してボロ泣きしながら謝ってくださったことも一緒に思い出して、カミル様のお気持ちを考えても、なんだか辛くなる。
「お、おれ。恥ずかしくて、目が、合わせられないし、うまく話せないし、笑いかけられたら、どうにかなっちゃって」
カミル様は、合間合間で深く息をつきながら、なんとか話を続けた。
「でも、おれ、じぶんのことしか、考えてなくて……婚約解消の申し出を受けて、はじめて……おれ、き、きづいて……」
「ひどいことを言っても、まさか婚約が解消されるとは思っていなかったんだね」
お父様はすっと目を細める。
「お、おれ、また……また、会えるから……そのとき、もっと、ちゃんと、できたら、いいやって。……また……会えるって、おもってた……」
「君は、ミリアのことを『自分の婚約者』と思っていたんだね。自分のものなのだと」
「……はい」
カミル様は頷く。
恥ずかしそうに、悔いるように、一度顔を俯かせたら、そのまま沈み込んでいってしまった。
「ほ、ほんとうに、すみませんでした……」
「カミル様……」
頭を下げたままのカミル様が、涙声で、もう一度私に謝る。
ずっと、口を出せなくてカミル様のお話を聞いていたけれど、私も胸がジンジンと痛んでしまって、口を開かずにはいられなかった。
「私、すっごくあなたのこと嫌な人だと思ったの。でも、もう、ひどいことしない?」
「ご、ごめん、ほんとうに……でも、もう、絶対に、君を傷つけることは言わない……」
カミル様が、チラッと、わずかに頭を上げて、私を見た。ヘーゼルのきれいな瞳と目が合う。涙できらきらと輝いていて、本当に、きれいだった。
いじわるな、ひどい男の子だと思っていたカミル様。けれど、この姿を見てもなお、「意地悪カミル様」とは、もう思えなかった。
いままで、こんなに一生懸命、人に想いを伝えられたことなんてない。きっかけは、この人がひどいことをしたからだけど……こんなに、気持ちを込めて、謝ってもらったことなんかない。
この人のことを信じたい。私は、そう思った。
「……お父様、私……」
「ミリア。君の気持ちだけで決めるわけにはいかないよ。これはロスベルト家の婚姻であるのだからね」
「……はい」
──「カミル様と婚約を続けたい」と言おうとした私を、お父様は嗜める。
そして、お父様はカミル様に向き直り、静かに口を開いた。
「君は今、十歳だったね」
「は、はい」
「では、こうしよう。今から六年間、君と娘の交友を許す」
お父様の言葉に、私は驚いて目をまん丸にしてしまった。ロートン侯爵も私と似たようなお顔をなさっている。
カミル様も、キョトンとしていたけれど、すぐになんだかハッとして、真面目な顔でお父様の顔を、熱心に見た。
交友……ということは、「婚約」ではない。
お父さま、どうなさるおつもりなのかしら?
「その間、君がけして娘を傷つけることなく、娘を愛し、慈しんでくれていれば君と娘の婚姻を認めよう。一度でも、娘を蔑ろにすることがあれば、君との婚姻はもうあり得ないし、ロートン侯爵との縁も切る」
「……!」
カミル様が息を呑むのがわかる。でも、その瞳はキラッと輝きを宿していた。涙の煌めきじゃなくて、カミル様の瞳そのものの輝きだった。
「6年後までは婚約は保留とさせてもらおう。そして、その間にもしもミリアにより相応しい相手が現れた場合には、婚姻はそちらの方を優先させていただく。……構いませんかな?」
お父さまはロートン侯爵を睨むように見つめる。侯爵は深く頷いた。
「6年間、君がミリアの優しい善き伴侶になれると信用に値する人物であり続ければ、私は君と娘の婚姻を認めよう」
「ち、誓います。俺、絶対にお嬢さまのことを、大切にします」
「……私の君への信頼は、君のお父上への信頼、それによって成り立っている。これから、どうか私に君自身を信頼させてほしい」
お父様はそう言うと、カミル様に右手を差し出した。カミル様は一瞬惚けていたようだけど、慌てたように右手を出して、お父様を握手を交わしていた。
その後で、お父様はロートン侯爵とも握手を交わしていた。
◆
「お父さま! ありがとう!」
「ミリア、私は本当は反対だよ。彼のように、子供っぽくて自分勝手で、考えの至らない人物は家の主人にふさわしくない。このままでは、彼の代のロートン家はきっと大変なことになるよ」
「……お父さま」
喜びをあらわに駆け寄る私に、お父様は、厳しい顔つきで私に釘を刺した。
けれど、私が顔を曇らせるのを見て、苦笑いを浮かべて、そして優しく目を細めた。
「でも、私はね。君の言葉と、彼の懸命な姿を見て、信じてみようと思ったんだ。ミリア、彼の努力は君が一番近くで評価してあげるんだよ」
「はい!」
お父様、優しい私のお父様!
私はお父様のふかふかのお腹に飛び込んだ。
「もしも彼が、謝罪と一緒に言い訳でも始めて、謝罪はついでのような態度をとったら、絶対に君との交友は許さなかったが……。彼には、そのあたりの誠意と分別はあるようだったから」
「そ、そうだったの……」
だから、お父様はカミル様に「言いたいことはそれだけか?」とわざわざ確認して、その後に質問をして、ワケを聞きだしていたのね。
今日は厳しい顔を続けていたお父様だけれど、私の頭を優しく撫でるお父様の表情は、とても優しかった。
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