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3話 『ごめんなさい』
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最悪な顔合わせが終わって、お屋敷に帰ってきて、自分の部屋に入った。その途端。
「……わあああぁぁぁぁあああん!」
私は泣いた。思い切り。庭園では、あれでも我慢してたけど。こんなに泣いたのなんて、赤ちゃんの時ぶりじゃないかしら!
まあ、赤ちゃんの時のことなんて覚えてないんですけれど!
私だって、別に好きであの人と結婚するわけじゃないのに。お父様が決めた結婚なのに。政略結婚だから、好みじゃないとか、そんなの関係ないのに。
どうしてあんなに言われなくっちゃいけないんだろう。
なんて子どもっぽい男の子なんだろう!
あんなにいじわるな男の子は大嫌いだ。
もう会いたくない。
「……でも、やっぱり、会わなくちゃダメなのかな……」
会いたくないけど、親同士の付き合いもあるし、私にはまだよくわからないけど、婚約者なら定期的にお会いしたり? お茶したり? 逢引したり? するのかもしれない。
会うたびにあんなに嫌なこと言われるのかなあ、いやだなあ、やだなあ、やだ、やだやだ。
ちょっと涙が収まりかけてたのに、これからのことを考えたらまた涙が出てきてしまった。
さっきはわんわん声をあげて泣いたけれど、今度はシクシクと涙がこぼれ落ちてきた。
◆ ◆ ◆
コンコン、とドアをノックする音で私は目を覚ました。
私、いつのまにか眠ってしまっていたみたい。扉の向こうからはお父様の声。私を呼んでいるみたい。
のそのそとベッドから這い出て、扉を開けると、いつになく真面目な顔をしたお父さまがいらした。
「……ミリア、今回の話なんだけどね、断っても構わないんだよ」
「う……お父さま……」
「たしかに、これは政略結婚だ。しかも、私たちの方が身分は下だから、こちらからお断りするのは失礼だ。だけどね、ミリア」
お父さまは、しゃがみこんで私と目を合わせる。
お父さまの目はとても綺麗なアイスブルーの瞳。私もおんなじ目の色で、お父さまに言ったことはないけれど、おそろいでとても嬉しいの。その目が真剣に私を見つめている。
「いいかい、そんなことよりも、すべての人間には守られなくてはいけない権利があるんだ。君が傷つけられたと思ったのならば、君は守られないといけない。一人の女の子を、こんな簡単に傷つけてしまうような男の子に、君を嫁がせるわけにはいかない」
お父さまは私の肩に優しく手をおいて、そう言ってくれた。
ボロボロ泣きながら私はお父さまに抱きついた。
お父様は、すぐにお断りの連絡を入れてくれた。ああ、よかった。
とっても格好いい男の子、カミル様。でも、とっても意地悪だった。
またこれから違う方とお会いしても、同じようなことをされるんじゃないかと思ったら、違う誰かとも、ご婚約するのが怖くなってしまった……けれど、お父さまが私を守ってくださるから、大丈夫。
天国のお母さまも、私を見守ってくださっているのだから、大丈夫、怖くない。新しいお相手がいつ見つかってもよいように、素敵なレディになるために、頑張らなくちゃ!
◆
そう、思っていたのだけれど。
「ご、ご、ご、ごめんなさい。ぼ、ぼく、きみが、その」
「……失礼、娘はあなたとはもう会いたくないと言っているんだ」
「……ッ、あ、あの、ご、ごめんなさい!」
はあ、とお父様がため息をつく。
私はお父さまの恰幅の良いお身体の後ろから、こっそり顔を覗かせた。
「ぼく、どうしても、その、ごめんなさい」
(あの意地悪カミルさまが泣いてる……!)
私のことをペラペラペラペラめちゃくちゃにこき下ろしていたカミル様が、言葉を詰まらせて泣いていた。カミル様の横には、ひどく困った顔の執事さんがついていた。
「申し訳ございません。マルク・ロスベルト様。おぼっちゃまが、どうしてもと……」
「アポイントもなしに、困りますな。いくら私とロートン侯爵の仲とはいえ、はっきり言って無礼極まりない」
「返す言葉もございません……」
「ロートン侯爵には、婚約は白紙にするとすでにご承知いただいているはずです。カミル様、どうぞお帰りください」
私はお父様の後ろに隠れているから、お父様のお顔は見えないけれど、声がとても冷たかったから怒っているのはよくわかった。
「わ、わかってる、わかってるけど、でも、あ、あやまりたい」
「……娘は君にひどく傷つけられた。顔も見たくないそうだ。謝りたいという気持ちはわかったよ。しかし、都合よく君のその感情を押し付けられても困る」
カミル様は、急に我が家にやってきた。大好きな侍女のマチルダと庭を散歩していたら、ガサガサっと垣根が動いて、何事かと思ったらそこから飛び出してきたのだ。
びっくりした。びっくりして、大声をあげたら、カミル様もびっくりしていた。
その大声でお父さまが慌てて飛んできて、私をカミル様から庇うように間に入ってくださって……。
今に至る。
「マチルダ、ミリアを早く屋敷の中に」
「は、はい。かしこまりました!」
「……ミリア!」
突然、名前を叫ばれて私は肩をビクッとさせる。
「カミル様。レディをそのように気安く呼ぶものではありません」
「み、ミリア・ロスベルト嬢……」
カミル様は整ったお顔をくちゃくちゃにして、目を真っ赤にして、ひっくひっくとしゃくりあげ、お鼻を啜っていた。
「お願いします、ぼく、これだけは、言わせてください」
「マチルダ、早くミリアを連れていきなさい」
「お嬢さま、お手を……」
マチルダが私の手を掴む。
「ミリア・ロスベルト嬢!」
カミル様のおっきなお声が耳にキーンと響いた。
カミル様は従者の人に抱え上げられて、連れて行かれそうになっていたけど、ジタバタ暴れて、私の方を一生懸命見ようと抱えられた腕の隙間からニョキっとお顔を出す。
「ひどいことを、たくさん言って、すみませんでした!」
「……お嬢さま……」
マチルダは私の手を強く引くことはできない。マチルダが困っているのはわかっているのに、私はその場に立ち尽くして、彼が泣いているのを見ていた。
「ぼく、ほんとは、きみが……か、か、かわいくて。でも……。……こんやく、はきって……。……おれ……」
カミル様が何を言っているのかはほとんどわからなかった。でも、嗚咽に邪魔されながら、なんとか言葉を絞り出していることは、よくわかった。
「ミリア」
マチルダを退けて、お父さまが私の身体を抱き上げた。
「お、おれ、きみと、こんやくはき、したくない……!」
お父さまは、カミル様を無視して歩いていく。カミル様の従者も、暴れるカミル様に困りながらも私から距離を取ろうと、離れていく。
私はカミル様から目が離せなかった。
どうして、あの男の子が。あんなに意地悪だった男の子が。こんなに、一生懸命、泣きながら『婚約破棄したくない』って言っているの?
大人たちに怒られても、むりやり我が家に侵入してきてまで、謝りにきたの?
距離が離れていって、カミル様はどんどん小さくなっていくけれど、ふと、バチっと目が合った。その時だけ、カミル様は涙を止めて、きれいな瞳をまん丸にして、私を見ていた。
その顔がどうしても私には忘れられなかった。
「……わあああぁぁぁぁあああん!」
私は泣いた。思い切り。庭園では、あれでも我慢してたけど。こんなに泣いたのなんて、赤ちゃんの時ぶりじゃないかしら!
まあ、赤ちゃんの時のことなんて覚えてないんですけれど!
私だって、別に好きであの人と結婚するわけじゃないのに。お父様が決めた結婚なのに。政略結婚だから、好みじゃないとか、そんなの関係ないのに。
どうしてあんなに言われなくっちゃいけないんだろう。
なんて子どもっぽい男の子なんだろう!
あんなにいじわるな男の子は大嫌いだ。
もう会いたくない。
「……でも、やっぱり、会わなくちゃダメなのかな……」
会いたくないけど、親同士の付き合いもあるし、私にはまだよくわからないけど、婚約者なら定期的にお会いしたり? お茶したり? 逢引したり? するのかもしれない。
会うたびにあんなに嫌なこと言われるのかなあ、いやだなあ、やだなあ、やだ、やだやだ。
ちょっと涙が収まりかけてたのに、これからのことを考えたらまた涙が出てきてしまった。
さっきはわんわん声をあげて泣いたけれど、今度はシクシクと涙がこぼれ落ちてきた。
◆ ◆ ◆
コンコン、とドアをノックする音で私は目を覚ました。
私、いつのまにか眠ってしまっていたみたい。扉の向こうからはお父様の声。私を呼んでいるみたい。
のそのそとベッドから這い出て、扉を開けると、いつになく真面目な顔をしたお父さまがいらした。
「……ミリア、今回の話なんだけどね、断っても構わないんだよ」
「う……お父さま……」
「たしかに、これは政略結婚だ。しかも、私たちの方が身分は下だから、こちらからお断りするのは失礼だ。だけどね、ミリア」
お父さまは、しゃがみこんで私と目を合わせる。
お父さまの目はとても綺麗なアイスブルーの瞳。私もおんなじ目の色で、お父さまに言ったことはないけれど、おそろいでとても嬉しいの。その目が真剣に私を見つめている。
「いいかい、そんなことよりも、すべての人間には守られなくてはいけない権利があるんだ。君が傷つけられたと思ったのならば、君は守られないといけない。一人の女の子を、こんな簡単に傷つけてしまうような男の子に、君を嫁がせるわけにはいかない」
お父さまは私の肩に優しく手をおいて、そう言ってくれた。
ボロボロ泣きながら私はお父さまに抱きついた。
お父様は、すぐにお断りの連絡を入れてくれた。ああ、よかった。
とっても格好いい男の子、カミル様。でも、とっても意地悪だった。
またこれから違う方とお会いしても、同じようなことをされるんじゃないかと思ったら、違う誰かとも、ご婚約するのが怖くなってしまった……けれど、お父さまが私を守ってくださるから、大丈夫。
天国のお母さまも、私を見守ってくださっているのだから、大丈夫、怖くない。新しいお相手がいつ見つかってもよいように、素敵なレディになるために、頑張らなくちゃ!
◆
そう、思っていたのだけれど。
「ご、ご、ご、ごめんなさい。ぼ、ぼく、きみが、その」
「……失礼、娘はあなたとはもう会いたくないと言っているんだ」
「……ッ、あ、あの、ご、ごめんなさい!」
はあ、とお父様がため息をつく。
私はお父さまの恰幅の良いお身体の後ろから、こっそり顔を覗かせた。
「ぼく、どうしても、その、ごめんなさい」
(あの意地悪カミルさまが泣いてる……!)
私のことをペラペラペラペラめちゃくちゃにこき下ろしていたカミル様が、言葉を詰まらせて泣いていた。カミル様の横には、ひどく困った顔の執事さんがついていた。
「申し訳ございません。マルク・ロスベルト様。おぼっちゃまが、どうしてもと……」
「アポイントもなしに、困りますな。いくら私とロートン侯爵の仲とはいえ、はっきり言って無礼極まりない」
「返す言葉もございません……」
「ロートン侯爵には、婚約は白紙にするとすでにご承知いただいているはずです。カミル様、どうぞお帰りください」
私はお父様の後ろに隠れているから、お父様のお顔は見えないけれど、声がとても冷たかったから怒っているのはよくわかった。
「わ、わかってる、わかってるけど、でも、あ、あやまりたい」
「……娘は君にひどく傷つけられた。顔も見たくないそうだ。謝りたいという気持ちはわかったよ。しかし、都合よく君のその感情を押し付けられても困る」
カミル様は、急に我が家にやってきた。大好きな侍女のマチルダと庭を散歩していたら、ガサガサっと垣根が動いて、何事かと思ったらそこから飛び出してきたのだ。
びっくりした。びっくりして、大声をあげたら、カミル様もびっくりしていた。
その大声でお父さまが慌てて飛んできて、私をカミル様から庇うように間に入ってくださって……。
今に至る。
「マチルダ、ミリアを早く屋敷の中に」
「は、はい。かしこまりました!」
「……ミリア!」
突然、名前を叫ばれて私は肩をビクッとさせる。
「カミル様。レディをそのように気安く呼ぶものではありません」
「み、ミリア・ロスベルト嬢……」
カミル様は整ったお顔をくちゃくちゃにして、目を真っ赤にして、ひっくひっくとしゃくりあげ、お鼻を啜っていた。
「お願いします、ぼく、これだけは、言わせてください」
「マチルダ、早くミリアを連れていきなさい」
「お嬢さま、お手を……」
マチルダが私の手を掴む。
「ミリア・ロスベルト嬢!」
カミル様のおっきなお声が耳にキーンと響いた。
カミル様は従者の人に抱え上げられて、連れて行かれそうになっていたけど、ジタバタ暴れて、私の方を一生懸命見ようと抱えられた腕の隙間からニョキっとお顔を出す。
「ひどいことを、たくさん言って、すみませんでした!」
「……お嬢さま……」
マチルダは私の手を強く引くことはできない。マチルダが困っているのはわかっているのに、私はその場に立ち尽くして、彼が泣いているのを見ていた。
「ぼく、ほんとは、きみが……か、か、かわいくて。でも……。……こんやく、はきって……。……おれ……」
カミル様が何を言っているのかはほとんどわからなかった。でも、嗚咽に邪魔されながら、なんとか言葉を絞り出していることは、よくわかった。
「ミリア」
マチルダを退けて、お父さまが私の身体を抱き上げた。
「お、おれ、きみと、こんやくはき、したくない……!」
お父さまは、カミル様を無視して歩いていく。カミル様の従者も、暴れるカミル様に困りながらも私から距離を取ろうと、離れていく。
私はカミル様から目が離せなかった。
どうして、あの男の子が。あんなに意地悪だった男の子が。こんなに、一生懸命、泣きながら『婚約破棄したくない』って言っているの?
大人たちに怒られても、むりやり我が家に侵入してきてまで、謝りにきたの?
距離が離れていって、カミル様はどんどん小さくなっていくけれど、ふと、バチっと目が合った。その時だけ、カミル様は涙を止めて、きれいな瞳をまん丸にして、私を見ていた。
その顔がどうしても私には忘れられなかった。
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