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26話 魔族と魔物イメージアップキャンペーン

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 時は少し遡り。



 わたしが魔王さまたちに魔力をお返したその翌日。我々は早速行動を開始していた。

 ディグレスさんは取り戻した千里眼を使って、捕らえた王子の魂を代償に、王家の歴史を覗いたらしい。魔族が騙された流れ、それからの王家が各国から『魔族を封じた対価』として継続的に寄付金を受けていたことなど、多くのことが明らかにされた。おおよそのことは、魔王さまたちにとっては『予想通り』だったらしい。

 イージスの瞬足で馬車……いや、馬じゃないから、人力車……? を引いてもらい、まさに風のような速さで国の関所を渡り、外国へ赴いた。ちなみに、ありえない風圧が発生するのは魔王さまが魔力でガードしてくださったおかげでみんな無事だった。イージスの異能は『健脚』だそうだが、多分『頑強』とかもあると思う。彼自身は生身で平気らしい。

 聖女エミリーが顔となってくれ、近隣の各国を巡り、いままで我が国が行ってきたこと、魔族はけして悪しき存在ではないことを訴えかけた。初めのうちはみな、半信半疑の疑寄りだったけど、今まで自分たちを護衛してくれていたエミリーの神から与えられた奇跡、その聖なる力を彼らも目の当たりにしていたから、「神の遣いたる、あの『聖女』がこうして訴えているのならば」と、話を聞いてくれた。ありがたいことだ。

 ……わたしのことも、『もう一人の聖女』として彼らは信用してくれていた。近頃はずっと顔が見られず、心配してくれていたらしい。わたしが国から『ニセモノの聖女』と国外追放されたことも話したら、非常に驚いていた。

 わたしの姿を見なくなり、代わりにエミリーがずっと出ずっぱりでヘロヘロになりながら聖女の仕事をこなしているのを見て、「大丈夫だろうか」と懸念に感じてくれていたそうだ。

 ワンオペ激務エミリーの現状は余裕で一発アウトのブラックっぷりだったけれど、わたしも一緒に聖女の仕事をしていた二人体制の時から、わたしたち二人の働き方は国際基準でいえばもう問答無用のぶっちぎり違反レベルだったらしい。
 最初はその国の王に軽く話していただけだったのに、気がつけば職業相談のプロフェッショナルの先生が呼ばれてものすごい詳細に聞き取りをされてしまった。

 人民の働き方については、国際連合加盟国では共通の労働基準法というのが存在するらしい。わたしたちは仕事で外に出ることはあっても、外の国で働いている人のそれと比べられることはなかったから、全く知らなかった。「知らない」ということがすでに異常なのだと、職プロの先生が分厚い眼鏡のその奥で涙を流しながら説明してくれた。限界ギリギリのエミリーはもちろん、二ヶ月ほど職場を離れてイキイキしてたはずのわたしもちょっと泣いてしまった。なんでだろう。

 そういえば、わたしが幼い時から働いている姿を見ていた他国の王は、当時から心配だったらしい。でも、『聖女』なら、幼くともその役目を求められるのはしょうがないのか……とご本人は葛藤されていて、今、わたしの明るい顔が見られて嬉しいと言ってくださった。あんまり、そういう自覚はなかったけど、そうやって気にかけてもらっていたことが嬉しくて、またちょっと泣いた。

 王に「でもわたしは本当に、本物の聖女じゃなかったんです」というと、とても真剣な顔で「人に望まれ、人に尽くしてきた君は間違いなく『聖女』だった」と言ってくださった。『聖女メリア』と認めてくださった。嬉しかった、泣いた。

 ──まあ、ともあれ、我々二人の働かせ方は、各国の要人達は我が国の国王に不信感を抱かせる立派なきっかけとなった。

 初めに訪れたひとつの国が「信じる」と言ってくれてからは早かった。みな、魔王さまがこれからあの国の黒い歴史を暴くことを応援してくれた。

 魔王さまは取り戻した力で、早速この世に生きる魔物を魔力で支配してしまった。そして、魔王さまに従属する魔物の姿を各国に見せつけた。

 獰猛な本性を持った魔物が多いのも事実だが、魔王さまが支配している限り、魔王さまの指示がなければもう人を襲うことはないのだと。

 人が家畜としている牛や馬、鶏といった動物にかなり近しい魔物も存在していて、動物よりも様々な環境に適応できるうえ、病気などにも強いことも説明した。

 魔物を家畜とすることができれば、動物からは得られない新たな素材も得られることなども。魔物の肉が人間にも食用可能であることはイージスが魔物肉の料理を振る舞ってアピールした。お料理祭りはとても好評だった。他にも、容易に火を焚ける魔物の脂だったり、丈夫かつ最高の手触りの毛皮だったり、栄養満点の堆肥だったり……。
 我々のプレゼンによって、各国は『魔物』に新たな可能性を見出しているようだった。

 期間としては、短い間だったけれど、わたしたちはこうして魔族及び魔物イメージアップキャンペーンに勤しみ、近隣諸国の信頼を勝ち得たのであった。

 そして、今日この日、王の罪を暴くためにみなさんは集ってくれたのだ。


 ◆


 いまや、我が国……ストラリア王国の国王には、疑惑の目しかなかった。

 その後、王宮内を捜査すると過去魔族たちから友好の証に贈られてきただろう品々、彼らが人間に頼まれて作ってあげたらしい建造物の計画書などなど、魔族が人間と敵対していなかったことを示す証拠がたくさん出てきた。



 国王ミカエルは廃位を余儀なくされた。国民には国際連合に連なる各国を代表して、隣国の王がことの経緯を説明してくださった。

 王太子ももちろん、王位継承されることなく以後の人生は平民として生きることになったらしい。魔王さまの魔力の拘束もないのに、青い顔で大人しくなっていた彼の姿は目に焼き付いてしまっている。
 まだ幼い王太子の弟殿下たちも……。もはや、ハリボテの王家がこの国を統べることはなくなってしまった。

 現段階では、捕らえられているのは元国王ミカエルのみ。彼は独房にて国際裁判での裁きを待っている。
 わたしを追放した王子……名前……パンブレッド、だったかな……。パンブレッドは身分剥奪はされたけど、温情がかけられ、捕らえられることはなかった。パンブレッドには、少し同情の余地がある。「そうであれ」と育てられた子どもが「そのように」育ってしまっただけだったのだと。温室培養愚王製造機関でそうなってしまった。彼自身の罪よりも、父王の罪が大きいとされた。

 王子はディグレスさんの『千里眼』で魂も使われたしね。なんでも寿命五年分くらいだとか。結構大きな代償だと思うけど、ディグレスさんは「メリアさんの幼少期から今までの大事な時期を彼らは奪ってきたのですからこれくらい対価にもなりませんよ」と涼しい顔で言っていた。

 根腐れていた王家は退き、この国は新たな未来へ向かっていく。


 ◆


「イージスさーん! おかわりくださぁーい!!!」
「おう、いっぱい食えよ~」
「あぁ~、おいしいものいっぱい食べてきたけど、やっぱりイージスさんのご飯が最高ですぅ」

 エミリーは今までずっと忙しく働いていたから、はじめての自由な時間を堪能しているようだった。
 いろんな国を旅行してきたみたい。エミリーは観光を楽しんで、エミリーが訪れた国は『聖女様がきたぞ!』とそれをありがたがり、魔を祓う聖女として常日頃忙しくしていた彼女がゆっくり過ごしている姿を見て「魔物の脅威は無くなったのか」「本当に魔族や魔物たちは害のない存在だったのか」という認識を深めているみたい。一石何鳥かくらいになっている。

 しばらく諸国漫遊を満喫したエミリーはこの国に帰ってくると、イージスが開いた魔物料理の店の常連客になっていた。よっぽど、限界突破ギリギリのあの時に食べたイージスの料理が忘れられないらしい。

 ……そう。あれからイージスはなんと、王都で魔物肉を使った食堂を開いた。魔王さまが草原の一角に、食肉に適している魔物の牧場を作り、彼らは魔物の家畜化運動を進めているようだ。
 文句なしの料理の腕前にくわえて、イージスの毒のなさというか、飾らなさというか、人懐っこさというか、そういうのも幸いして、イージスの魔物肉食堂は繁盛している様子だった。

(……平和だぁ)

 わたしも、エミリーと同様お休みをもらっていた。

 追放されていたこの国には帰ってきたけど、『聖女』の仕事は魔族および魔物と敵対していない今はほぼ皆無だし、お世話になっていた魔王さまからもお暇をいただいてしまった。

 エミリーとは違って、わたしは外国に遊びに行く気持ちにはなれなくて、街をグルリと囲んだ大きな城壁の中でのんびりのんびり過ごしていた。……元気になった両親と一緒に。
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