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27話 『魔力』のせい

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 わたしの親は、魔王さまが言う通り、『呪い』にかかっていたらしい。

 本当は『呪い』をかけた魔族が生き残っていれば、その魔族が解呪するのが手っ取り早いらしかったけど、当の魔族は死んでしまっていたから少し手間取ったし、両親の体には負担がかかってしまったけれど……でも、なんとかうまくいった。

 その呪いをかけた魔族の魔力も、わたしの身体の中に封じられたままになっていて……。魔王さまに指南を受けながら、わたしが両親の解呪を行った。

「……本当は、わたしは、もっと早く両親を助けることができたのですね……」
「力があっても、その使い方がわからなかったら使えない。仕方がないことだ」

 悔やむわたしを魔王さまは慰めてくださった。両親が病気ではなくて、呪いで苦しんでいたことを知らなかった。そして、それを治す術はわたしが持っていたのだということも知らなかった。両親のためにと頑張ってきたけれど、とんだ遠回りをしてしまっていた。

 解呪されたあとも、衰えた体力はなかなか回復せず、しばらくわたしは両親のそばでずっと看病に勤しんでいた。たまに魔王さまが様子を見にきてくださって、嬉しかった。

「イージスの『健脚』も、ディグレスの『千里眼』も、メリアには使えなかっただろう」
「はい、使ってみようって試したこともなかったですし……。使おうと思っていたら、使えていたんでしょうか」
「魔力には相性と適正がある。お前の身体には全ての魔族の魔力が封じられていたが、その全てがもし使えていたら……『バケモノ』だな」
「あはは、そしたら、わたし、『ニセモノ』じゃなくて『バケモノ聖女』って言われて追い出されてましたね」

 クスクスと笑い合う。わたしの小さな家の中、魔王さまが長い脚であぐらをかいて座っているのが最初はなんだか不思議な光景に思えたけど、今はもう馴染んでしまっていた。立ち上がると天井が狭そうで、それは見るたびいまだにちょっと笑ってしまうのだけど。

「……メリア、お前が使っていた魔力のほとんどは俺の力だった。身体の中を占める魔力のほとんどが俺だったせいもあるかもしれないが、きっと、お前の力の適正は俺の力だったのだろう」
「……はい」

 魔王さまに魔力を返した今。わたしは前のように派手に力をぶちまけて戦うことができなくなっていた。いや、平和なのだから戦いの機会もそうないんだけどね。試してみたけれど、ささやかなマッチサイズの火の玉や、手を洗う程度の水くらいしか出せなくなっていた。とはいっても、『魔王さまの魔力』じゃない別の力だったら、前と遜色なく使えたりもしていたから、完全に力を失ったわけではないのだけれど。

「魔王さまが近くにいらっしゃると、温かい気持ちになります。これも、魔王さまの魔力が懐かしいからなんでしょうか」
「…………………そうだな」

 魔王さまは適当な返事は返さない。長いながい沈黙がなんだか愛おしく感じた。

 ……愛おしい?

 自分で思っておいてなんだが、アレっと思った。まあ、いいか。なんであれ、魔王さまが横にいてくださる居心地の良さには変わりない。

「両親の体を侵すものの正体に気づいていたとしても、メリア一人では力は使えていなかっただろう。だから、メリア、お前はお前の最善で両親に尽くし、そして両親を救ったんだ」

 魔王さまの言葉は温かくて、力強かった。心がポカポカしてきて、わたしは横たわって寝ている両親を見つめながら涙がじわりと滲んできていた。

「魔王さま。……ありがとう、ございます」
「お礼なんて必要ない。……お前がこの力を持って生まれてしまったのも、お前の両親が呪いを受けたのも、元々は俺たち魔族の怨嗟ゆえのこと。お前には、本当に迷惑をかけた」
「いいえ、それこそ、魔王さまのせいではないじゃないですか。わたしは……この力を持って生まれてきてよかったです」

 真っ直ぐ、魔王さまの眼を見て私は答える。

 ……魔力を奪われてしまった魔王さま達、魔族。その魔力を持って今の時代に生まれてきてしまったわたし。でも、おかげで魔王さま達は人類との長年にわたる誤解と軋轢を解消することができたのだ。

 わたしは、魔王さまに出会えてよかったと思っている。
 魔王さま達は、魔力を持つこのわたしが生まれてきたことで、死に絶える前に封印からかろうじて目覚めることができたらしい。わたしの身体から自然と溢れ出す魔力が大気を巡り、微量であるけれど、眠る魔王さまの元にまで届き、そして目覚めたということだった。

 わたしに封じられた魔族の魔力がなかったら、きっと、魔王さま達はそのまま封印され続けていたのだろう。

 魔力があったせいで、わたしも、両親も、色々大変なことはあったけど……わたしは心から「よかった」と言える。

 魔王さまの青い瞳はどこまでも深い青色をしていて、実際に見たことはないけど、絵画で見た『海』みたいだな、と思った。
 どこまでも深く、優しい色だ。



 そして、やがて、両親は回復した。

「メリ……ア……?」
「──お母さん! お父さん!!!」

 わたしは、両親が喋る声をこの時初めて聞いた。正確には、物心ついてから初めて聞いた、だと思うんだけど、初めて、両親はこんな声でわたしを呼ぶんだということを知った。

 両親が目を覚ましたとき、魔王さまも一緒にいてくださった。
 けれど、わたしたちがわんわん泣きあって抱きしめ合うのに夢中になっているうちに魔王さまはどこかへと忽然と姿を消されてしまっていた。

(……魔王さま……)

 小さな母の肩を抱きながら、家の戸を振り返って見つめて、わたしはちょっとだけ胸がチクリと痛んだ。

 きっと、魔王さまは気を遣ってくださったのだけれど、今ここに魔王さまがいないことが寂しいと思ってしまった。


 ◆


 わたしは、あの王家が廃されたのなら、もともとこの土地の所有者であった魔王さまがこの国を治めるのが当然で、すぐにでも魔王さまは玉座につくものと思っていた。それは国際連合の加盟国らも同意見だったのだけれど、魔王さまは。

「俺は今の時代を知らなければ、外国諸国のことも、この国のことすら何も知らない。そんな人物が王になんてなれない」

 と言って、『王になるべき』という薦めを断ってしまった。そして、今は猛然という勢いで、お勉強されているらしい。この国のこと、外国のこと、現代の社会制度、法律、人々の暮らし、色々。

 責任感の強い魔王さまは、王に相応しい教養を身につけた上でその王座に就くことを望まれた。



 わたしも、小さい時からずっと王宮でこき使われていたから世間知らずというか、世の中のことをほとんど何も知らなかったから、魔王さまが読んでいる本を貸してもらったり、魔王さまのお勉強の成果を教えてもらったりしたけれど……ちんぷんかんぷんだった。現世で生きて十七年間のわたしよりもすでに魔王さまの方が現世をよくご存知だった。魔王さまはすごい。すごいし、えらい。

 でも、魔王さまがこれだけ努力されている姿を見ていたら、何も知らないままヘラヘラしている自分が恥ずかしくなってきて、最近ちょっとわたしも世の中のことを勉強している。……比べたら、全然、だけど。

 今はまだ国内にいて、牧場経営したり、天気が悪くて洗濯物が乾かないのを風を吹かせて乾かせたり、ネコを探したりといった細々としたことで人の役に立つ仕事をしている魔王さまだけど、これから外国を巡って、そこでまたお勉強をするらしい。
 ……、ってバカ丸出しの稚拙な表現しかできないのが本当に恥ずかしいんだけど。

 いろんな国を見て廻って、治世者にふさわしい教養を身につけてから、魔王さまは王座につく──その予定らしい。

 魔王さま、自分はもう王なんてコリゴリだと言っていたけれど王族を退けてしまった以上、その責任から逃れてはいけない、と仰って。

 本当に真面目で素晴らしい方だなあ、と思う。そんな方に、一時だけでもお仕えできて、よかったなあ。

 今は空白の玉座だけど、いつまでもそのままというわけにもいかない。

 わたしの両親の回復を見届けた魔王さまは間も無く、海外に出られるらしい。

 二年、三年、もっとだろうか。

 元気になった両親とのんびり街を歩いたり、家からちょっと遠出するのも楽しい。わたしはいままで『聖女』として勤めていたときの未払い金や、貰えなかった退職金ならびに王子の婚約破棄の慰謝料を改めてもらったりして、働かないでも三代くらいまでは楽に暮らせそうなお金を持っていた。



 はあ、とため息が出てくる。

 両親が元気になってからでは珍しく、今日のわたしは一人でぷらぷら歩いていた。
 なんだか、今日は一人になりたかったのだ。
 もうすぐ、魔王さまはこの国からいなくなる。……さみしい。

 魔王さまはこれを、この感覚を「魔力のせい」と言っていた。まるで身体の半身がなくなるような感覚、これは文字通りわたしの身体の中を魔王さまの魔力がほとんど占めていたからだと。
 魔王さまにそう言われたら、そうなのかあと思うしかない。

「魔王さまも、そう思うんですか?」

 言ってから、何がそうなんだ、と思った。魔王さまからしたら、本来自分の体にあったものが返ってきた構図になるのだから、わたしを懐かしいとか、恋しいとかは思わないのでは?
 でも、十七年もの間、わたしの身体にあったのだから、魔王さまの魔力はわたしを恋しいと思うのでは? いや、魔力自体にそんな意思があるわけじゃないんだから、と。なぜかわたしの頭はグルグルねちねちと目まぐるしく、言い訳じみたことを考えていた。

「…………そう、だな」

 長い沈黙、のちの答えが肯定だったことに、わたしは胸を撫で下ろし、とくにこれ以上掘り下げることはしなかった。
 ともかくとして、魔王さまとしばらく会えないことが、わたしは寂しかった。
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