追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ

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25話 かつてあったこと

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 昔々、人間を遥かに超越した『魔族』という存在がいた。人々は魔族とそれに使役される魔物を畏れていた。人々の畏れを知る魔族たちは魔物とともに山脈に囲まれた陸の孤島に隠れるように暮らしていた。人と魔族はわかたれて暮らしていたが、ある時、魔族は人に「共に生きないか」と誘われた。

 魔族たちはそれを受け入れた。まず、魔族の住まう地に、人が移住することとなった。魔族の領地には魔物がいる。魔物は魔王の支配によって人を襲うことはしない、と魔族たちは説明したが、信用しきれず怯える人間が多かったので、魔族は人が安心して住めるように、大きな都市を囲ってしまうような大きな壁をつくった。これなら安心できる、と人間たちは喜んだ。

 人間たちは魔族にない技術や文化を持っていた。魔族と比べればすぐに死ぬ脆い生き物だったが、とても賢く、一人一人の力が小さい分、人間は思いやりというものを持っていた。魔族は人と共に生活ができることを喜んだ。魔族は人間が魔族に抱くそれ以上に、人間に対して信頼を覚えた。

 人間が魔族の領地に住まうようになって、しばらく経ってからのことだった。城郭に住まう人間の中で、「ここに国を作りたい」という者が現れた。その人間は、今は自分たちしか魔族との交流がないが、他の国の人間たちも魔族に交流を持ってほしいと話した。その架け橋となるために、「魔族の領地に人間の国を作りたい」のだと。

 魔族はそれを応援した。そして、立派な王宮が、街が出来上がった。この場所から、魔族は世界中の人間たちと交われることを期待した。

 建国を記念し、宴が開かれた。宴には全ての魔族が招かれ、みな楽しんだ。魔族はその夜はみな心地よい眠りについた。

 そして、そのまま眠り続けた。



 魔族を封印した聖女は都市を覆う壁と、そして他国に唯一繋がる北の道に作った関所に結界を張り、力ある魔物を封じ込めた。その後、その国の人間達は周りの他の国から金を受け取るようになった。

『邪悪なる魔族と魔物たちは我々が引き受けました。皆さんの国を守るため、魔族を封印し、魔物を封じ込める結界を維持するための儀式に必要な資金をご支援いただきたい』



 我々は、世界の平和を守るために自国を犠牲にした尊き国、ストラリア王国なのだと。


 ◆


「……まあ、こんなところでしょうか」

 パチン! と手を叩く音がして、覚醒する。王の間にどよめきが広がった。

「い、今のは……」
「私の異能でございます。私の『千里眼』は過去、現在、未来を見通す力。そして、私の目で見ているものを皆さまに共有することもできるのです」
「そんなことが……!」

「そんなことが、できるわけないだろう! これは魔族の『精神汚染』の類だ! デタラメだ!」
「まあ、信じるも信じないもご自由に。仰るとおり、これが真実だと証明する術はありません」

 ハッと息を呑む一同。そこに割って入ってきた王の激昂に、ディグレスさんはしれっと返す。

「ただ、見た人全てに……『信じるな』と強要することもできないわけですが。ねえ?」

 聞こえてくるざわめきは、国王陛下への不信感の現れだろう。王はわなわなと震えた。

「ちなみに、この力、万能ではないのです。現在のことであれば私の身の回りの範囲であれば大体なんでも見れますが、過去や未来のこととなると代償といいますか……その記憶にまつわる『媒体』が必要となります。今回、このあなた方王家の過去の記憶を覗くために御子息の魂を使わせていただきました」
「ハアッ……ハア……!」

 王子がハアハアと息を荒げて、手足を投げ出して床に転がっている。相当な生命力を消費するらしい。

「……! クソっ、貴様など草原でくたばってしまっておれば……」
「ち、父上……!?」

 王が漏らした心ない言葉に、王子は目を大きく見開く。顔面蒼白しているのは、魂を消耗させられたせいだけではないだろう。

「みなさん……今の映像ですが、我が王家に伝わっている内容を補足させていただきます。映像だけ見れば、まるで我々が魔族を騙したように見えますが……。我々は魔族に虐げられていたのです。これは都合の良い切り抜きです。強大な力を持つ魔族に対抗するには、彼らを油断させて封じ込めるしかなかったのです!」

 王は両手を大きく広げて、釈明する。

「みなさんも、我が国に巣食う魔物の恐ろしさはよくご存知でしょう! 聖女の護りがなければ、我々は壁の外の世界を行き来することもできないのですから……!」

「……ミカエル国王陛下。お言葉ながら」

 白い顎髭を蓄えた老人が、しわがれた声で発言する。このお方は、我が国から一番近いところに位置する国の王だった。

「我々がどうやって、今ここに馳せ参じたのか、ご存知ないのですね」
「……? 聖女エミリーを供だってこられたのでは……?」
「聖女エミリー様に呼びかけられて、我々はこの場に集まりましたが……エミリー様は伴わず、我々はそれぞれ自分たちの国から出発し、ここまでやってきました。しかし、道中、魔物には一切襲われませんでした」
「……そ、そういう時もあります」
「確かに、運よく一度も魔物に遭遇しないことは今までもありました。しかし、今回は、魔物と遭遇し、接近してもなお、それでも魔物に襲われることはなかったのです」
「……!?」

 王の顔に困惑の色が濃くなる。

「魔王……魔の力を束ねるものの支配下にあれば、魔物はたとえ縄張りを侵されたとしても、人を襲うことはしないのだと聞きました」

 ふるふると、隣国の王は首を横に振る。

「……かつて、先祖が交わした契約書は、当然我々も同じものを所有しております。ここには、魔族及び魔物の危険性が記されていますが……。しかし、我々が、彼らに説得され、そしてこの目で見たものと、実態が違いすぎます……!」

 隣国の王は懐から契約書を取り出し、それを握り締めながら王に訴えかけた。

「あなたは……いえ、ストラリア王国、この王家は、魔族とそして我々をずっと騙してきたのではないですか……!?」
「…………!!!」

 王は言葉に詰まった。グルリと、取り囲む彼らの顔を見て、そして眉間に深い皺を刻んだまま俯いてしまった。

「……ストラリア王国の王よ。今一度、この契約書の内容を精査すべき時が来たようですな。そして、虚偽が認められましたら、今まで我々が貴国に納めてきた寄付金の返納も求めたい」
「あ、ああ……」

 今まで、というのは数百年以上にもわたる長い年月、莫大なお金だ。この国は、魔族の封印には継続的な儀式が必要としてそのための費用を寄付金として他国に求め続けていたらしい。わたし、聖女として働いてたけどそんな儀式はもちろん一回もしたことがない。

 王は、王座の前でガクンと膝をついた。魂を磨耗させられたうえ父から切り捨てられた息子の王子も、青い顔のまま、ただ目を見開き、うずくまって固まっていた。

「……い、いや、いや。魔物を使役できるのだとしたら……今は、おとなしくさせておりますが、逆を言えば、魔物を使って人を襲うことも、できるはず!!!」
「彼らが我々を、騙している……ということですか……」

 ここに集った各国の王、あるいは要人は顔を見合わせた。王はわずかに顔色が戻る。

「……彼らの超常的な力は我々も拝見しました。魔族のほとんどは滅び、今は彼ら三人しか生き残りは確認できていないという話でしたが、彼らがその気になれば、たったの三人でも我々は滅ぼされるでしょう。しかし、彼らは……我々と共に生きたいと言ってくれました」
「もしこれが騙りだったとしても、我々はそもそも彼らには敵いません。友好を求められたのならそれを断る手立てはない」

「そ、それに、私もいますのでぇ」

 各国の要人、王達の声に、エミリーも賛同した。

「私は世界に、魔王の楔として力を与えられた聖女です。魔王が過ちを犯したのなら、聖女がそれを律する。人間よりも遥か強大な力を持って生み出されてしまった神々の失敗作の『魔族』。それをカバーして世界のバランスを保つために遣わされたのが『聖女』。魔族を律し、導くのが本来の聖女の仕事ですっ。私が力を授かったときにいただいた天命は、そうでした!」

 エミリーはかわいらしい甘やかな声ながら、しっかりとした語気で言い放った。心なしか、背中には神々しいオーラが出ている気がする。

「……でもぉ、私が聖女として目覚めた時、世の中に魔族なんていなくてぇ……。よくわかんないまま王家に召し上げられて、お仕事もらって、でもぉ王様の言うことだし先代も先先代もこういうこと、みんなしてたよ、っていうからぁ……そうなんだ~って思ってたんですけどぉ……」

「そうだ。ミカエル国王陛下、あなた、国際連合で協定している労働基準法を違反して聖女を酷使していたでしょう。労働時間の超過、しかも労働に見合った賃金を与えていなかったようですな」



 ──そう!!! そうなのである!

 過去に起きたこと。その真実の証明は難しい。けれど、これは間違いなく、国王陛下による過失であった。

「しかも、聖女メリア様を不当に解雇し、事もあろうに国外追放なされたとか……」
「聖女様の善良さにつけこみ、なんてことを……」

 世界中の皆さんが私に対して憐れみの言葉を、そして国王陛下たちに非難の声を浴びせてくれる。



 ──わたしたちは、王宮に乗り込む前にいくつかの準備を整えてきたのだ。
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