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9話 『お金』ですよね?

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 わたしが魔王さまのお屋敷に転がり込んで早数日。わたしはすでにこの環境に慣れてきていた。

 毎日決まった時間に起きて、魔王さまを起こして、一緒にイージスの作った朝ごはんを食べて、ちょっとのんびりして、みんなで畑のお世話をして、イージスが狩りに行くのにくっついていったり、魔王さまのそばにいてお茶を淹れたり。

 あれ? これ、わたし働いてる? 普通にふっつうーに日常生活送っているだけでは? と疑問に思ったりもするけれど……雇用主の魔王さまが「それでいい」と言ってくださっているから、それに甘えている。本当はもっと働きたいけど……。お仕事を振るというのも、大変なことだものね。
 そんなわけで、唯一、明確にオーダーされているモーニングコールを今日もせっせとこなしている最中だった。

 寝起きが悪いという話だった魔王さまが、今のところ、わたしが起こしに行くと百発百中で起きることにイージスは大変驚いていた。そして、『起きる』ということは、ちゃんと夜に『寝ている』ということだ。

 今までは限界までずっと起きていて、限界を迎えたら倒れるように寝て、回復するまで泥のように眠り続けるというにわかに信じがたい生活をしていたらしい。

 ……睡眠サイクルの乱れがあるときに、大切なのは『起きる』ことだ。ちょっと無理してでも、同じ時間に毎日起きることが睡眠サイクルを整える上で大事なことらしい。『聖女』の激務で以前眠れなくなった時にお医者さまからそう言われた。

 なのでわたしは、使命感をもってこのモーニングコールに毎日臨んでいるのだった。魔王さまの健康に大事なことだし、やっぱり、唯一出してもらった雇い主からのオーダーだから、余計に気合が入る。

「おはようございます、魔王さま! 今日もいい朝ですよ!」
「…………おはよう」

 今日も魔王さまは、目覚めた瞬間わたしの顔が目に入ると、ぱっちり目を見開き、そしてそのままジーッとわたしの顔を眺めていらっしゃった。魔王さまは毎日、起きてすぐはまだはっきりと頭が覚醒しないのか、しばらくわたしの顔をジッと見つめていた。最初は美形に無言で見つめられるのはちょっとヒヤヒヤしたけど、もう慣れた。

 ニコ、と笑いかけてみると、眉が小さく動き、そしてお顔が逸らされる。うん、目が覚めてきたのかな! 魔王さまの視線から解放されたわたしはおそばから離れて、窓のカーテンを開けた。

 朝の陽射しが気持ちいい。

「……ところで、つかぬことをお聞きしますが……魔王さまって、封印されていたのですよね?」

 ちょっとまだボーッとしている魔王さまに、わたしはずっと胸の中にあった疑問を投げかけた。
 魔王さまは「ああ」と小さく呟き、頷く。

「そうだ、間違いない」
「……でも、いま解けてますよね? 封印」

 どう見ても、魔王さまとイージスはバッチリ立って歩いて、生命活動をしている。元気なイージスに比べて魔王さまはちょっと本調子じゃないんだろうなあ、って感じだけど。いや、性格の問題だけかもしれないけど。

「……封印が解けたのは15年以上前のことだ。以来、ここでひそやかに暮らしていた」

 解けちゃったのか……封印。うーん、まあでも、確かに。むしろ、一度封印をしたら未来永劫ずっと効力があるだなんて、たしかにムシのいい話すぎるんだろうけど……。

 むむむ、と唸っていると魔王さまは、わたしをじっと青い瞳で見据えていた。

「俺が魔王と信じられないか?」
「いいえ、そんなことはないんですけど……。わたしだって、王宮勤めの聖女がクビになって国外追放とかにわかに信じがたい身分ですし……」
「それは確かに信じがたい」

 魔王さまがフッと小さく笑う。涼しげな印象がある魔王さまだけど、意外に微笑みは優しく、柔らかく笑われるから、不意打ちで微笑まれるとちょっとどきりとする。顔面の力ってすごい。

「……あの、イージスさん以外に他の魔族って……」
「……ほとんどの魔族は封印されているうちに息絶えた。俺やイージスは他の魔族と比べて生命力と魔力が強かったから、運よく封印が劣化するまで生き残ることができた」
「そうなんですね……」

 じゃあ、魔族はほぼ滅亡状態……ってことか。

「生き残りはあともう一人いる。……他にも生き残りがいるかもしれないが、期待はできないな」
「もう一人……」
「この屋敷を拠点にはしているんだが、今現在はここにはいない。お前が追い出されたあの壁の中に潜り込んでいる」
「壁の中……!? えっ、人間に紛れて、ってことですか!?」

 わたしが驚いた顔をしていると、魔王さまは首を振った。

「物好きなやつなんだ。今の時代のことを知りたいらしい。……まあ、こいつのおかげで、俺たちは自分たちが数百年もの間封印されていたことも知れたんだが……」

 そうか。いきなり目が覚めても、今の時代が一体いつなのかわからないものね。今の状況を調べている人がいるんだ。それにしても、あの城郭都市に潜んでいる魔族がいるとは……。

 ……非公認の傭兵たちを出入りさせたり、素性が明らかじゃない魔族の侵入を許したり、結構我が国めちゃくちゃだな……。

(あっ、でも、あの壁の中に入っていける人がいるなら……両親への仕送りもその人に頼めば届けてもらえる……ってこと!?)

 ぱあっと視界が輝いてきた。いきなり目をキラキラさせるわたしにビックリしたのか、魔王さまは目をほんのわずかだけど大きくして、寝起きの時のようにわたしを凝視している。
 うーん。クール系に見えるけど、結構魔王さまって反応が素朴だよなあ。わたしに対してびっくりしてガン見がよくあるし。……わたしってそんなに、びっくりされる言動ばかりしてるかなあ?

 ──あっ、そうだ。

 考えていたら、ついでにわたしはパッと思い出した。魔王さまたちは数百年前に封印された……それならば、確認しなくてはいけないことがある!

「……とっても、大事なお話があります」
「どうした」

「わたしのお給金の話です!!!」

 並々ならぬわたしの剣幕に魔王さまは綺麗な瞳を丸くした。青い眼がビー玉みたいできれいだなあ。
 いや、今は魔王さまのご尊顔に見惚れている場合ではない! これはとても大事なことだから!

「……魔族のみなさんは遠い昔に封印された、その生き残り……? ということでしたよね。となれば、お持ちの通貨というのは……現代においても使えるものなのでしょうか……。いえ、そもそも魔族が利用する通貨と、人間が市中で使う通貨は違ったりとか……」

 必死なあまりつい長々と喋ってしまった。不安で……。もしも、現代じゃ使えないお金だったら……って……。
 魔王さまは呆気にとられているようだったけど、わたしの必死さを汲み取ってか、真面目な顔をして頷かれた。

「そうか。俺は今の都市には行ったことがない。判別がつかん、お前が確認してみてくれ」

 そういうと、魔王さまはお部屋から出て行ってしまった。
 ついてこい、ということだろう。わたしも慌ててその後を追いかける。

 魔王さまのお部屋はお屋敷の二階にある。大階段を降りて、一階へ。そして、広間から長い廊下を渡り、突き当たりの部屋。
 重そうな鉄の扉に魔王さまが手をかける。そして、その手が淡く光を纏った。

「ここは宝物庫だ。俺の魔力に反応して開くようになっている」
「すごい! それは安心ですね!」

 魔力……というと、魔族だけが持つ特別な力。魔族特有の技術による仕掛けに興奮する。個人の魔力のみに反応して解錠できる仕組み、これなら、泥棒の心配はない。普通の鍵はなんだかんだ、開ける手段は結構色々あるものね。

 わたしが目を輝かせているのに、魔王さまは少しだけ微笑んで、宝物庫の中に入っていった。わたしもその背を追う。

 と、そこには信じられない光景があった。

 うず高く積み上がった金の塊、色とりどりの宝石の大きな原石、ずっとここにいたら、目が焼かれそうなまさにお宝の山であった。
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