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2話 自由の身

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 目の前に延々と広がる草むら。見晴らしが良くって、一面に広がる青い空が大きく見える。視界のどこにも壁はない。開放感。

「……わたしは何度も護衛任務で外に出ていたから、この風景は知ってたけどね」

 それでも、今までこの風景を目にしてきた中で一番、今日の空が晴れやかに見えた。

 この国は、壁に覆われた城郭都市。城から城下町から、牧場、畑に至るまで、国のすべてが壁の中に収容されている。

 ほとんどの国民は、一生をこの壁の中で過ごす。

 なぜこんな大掛かりな壁が作られたかというと、この国の領地には大昔、魔王の居城があり魔族や魔物たちの本拠地であったからだ。
 魔王と高位の魔族は封印されたものの、残された魔物が猛威を振るった。

 当時の王家が壁を建設し、聖女がそれに結界を張って国を守護するようになったという。

 そんなわけで、今でも外の世界には魔物がうじゃうじゃいた。
 ちなみに、外国にも魔物はいるにはいるけど数も少なければ、子どもが木の棒を振り回して倒せる程度の魔物しかいないらしい。

 元・魔王の本拠地らしいこの国だけが、魔物の脅威に晒されている。

 だから、この世に一人きりの聖女はこの国で守護の役目を司るのだ。

 世界というものにそういう忖度があるのかはわからないけど、大体はこの国で生まれてきた子が聖女として目覚めることが多いらしい。外国で生まれてきても、大きくなったらこの国に連れて来られる。そのパターンの聖女はちょっとかわいそうだ。聖女は忙しくて、とてもじゃないけど外国の実家には帰れないだろう。

 本物の聖女のエミリーはこの国出身で結構いいとこのお嬢様だったのよね。顔が可愛くてスタイルもいいから王子がデレデレしてて迷惑そうだったなあ。わたしが婚約破棄されちゃったから、今度はエミリーが求婚されるんじゃないかしら。かわいそうに。

 とにかく、そんなわけで、この国においての国外追放。門の外に放り出される。それすなわち、死を意味する。

 普通なら死ぬ。魔物に襲われて死ぬ。普通なら。

 あの王子は本当に、わたしを何だと思っているのだろう。
 曲がりなりでもわたしは王宮聖女としてやってきた。門の外なんて何度も出ている。護衛任務でしくじったことはない。

 ──わたしには、国外追放なんてなんの罰にもならないのに。

 わたしが国外追放されたところで、死ぬわけがない。

 軽装かつ手ぶらでぽつねんと歩く若い女。
 
 門の外に出てしまえば、平原に身を隠す場所などなく、大きな熊のような姿の魔物がわたしを見つけて駆け寄ってきた。

(……あ、でも、お金稼げなくなったんだから、バッチリ充分罰受けてるわね、これ?)

 片手で巨大な火の玉を練成し、熊型の魔物にぶつける。その火花を見つめながらわたしは己の思考に訂正を入れた。

 ああ、国外追放されていなければ、この熊の毛皮とかお肉とか、売りに行けたのに。

(……待って。ここで魔物狩りして毛皮とか素材集めて他国で売ったら儲けられる……?)

 これ、ちょっといい考えなんじゃないかしら。
 わたしはさっそく、息絶えた魔物の傍らにしゃがみ込んで、しげしげと観察した。

 触ってみる。硬い。毛も硬ければ、皮も分厚そうだし、お肉も硬そう。押しても凹む感触が全くしない。
 うーんとわたしは首を捻る。

 獣の解体なんてやったことないけど、できるかなあ。難しそう。やってみないとわからないよね。よし、やろう。

(あっ、わたし、ナイフなんて持ってない!)

 意気込んだのはいいけど、出鼻を挫かれた気持ちだった。

「…….こう、指に力を集中させて、肉を抉り出せばイケる……!?」

 わたしは力を指先に集めた。『力』って何よ、って我ながら思うけど、『力』は『力』だ。腕力とかでは無くて。
 『聖女』名乗っていた時は破邪の力とか言っていたけど、正式にニセモノ認定されてしまった今となってはちょっとそんなふうには言い難くて、とりあえず『力』は『力』だと思っておく。

 毛をかき分け、硬かった皮膚に指を押し当てると、ズブと押し破れる感触。おっ、イケるか!?

「あれっ、なんかすっごい肉片ついてきちゃった……」

 ダメかも……。

 イメージだと、こう、皮を引っ張ったらそのままべりーっ! と剥がせて、ツルンと綺麗にいくつもりだったのに。指を押し込んだところから、グッと掴んで引っ張ったら、嫌な音を立てながら肉片ごともげて、ぼろぼろになってしまった。

「やっぱり指じゃダメなのかしら……。力の加減かなあ、うーん」

 部位を変えて、わたしはもう一度挑戦する。でも、やっぱりダメだった。肉片がついてきてしまって、皮は剥ぎ取れず、ちょっと引っ張ったところで千切れてしまう。

「なんか、えらい一生懸命にやってるなあ」
「うん、とっても難しくって……」
「へー。でも、アンタ、すげえな。細っこいのに、アングリーグリズリーの硬い皮膚をよくまあ指で抉れるもんだ!」
「ありがとう、でもね、これ、馬鹿力でやってるわけじゃないのよ。こう『力』を指先にこめてね……」

 ……ん?

 わたしはおかしいな、と思って、顔を上げた。

「ふーん、そっか。『力』ね。馬鹿力じゃねえんだー」

 若い男だ。大きく口を開けてニカっと笑っている。尖った犬歯がいかにも快活そうである。しゃがみこんでいるけれど、ものすごい身体が大きいのがわかる。立ち上がったら迫力がハンパなさそうだ。

「……」
「ん? どうした。もうやんねーのか? アングリーグリズリーの身体グチャグチャ」

 いや、身体グチャグチャとか。そういう虐待行為みたいなことをしようとしていたわけじゃない。
 ……結果的にそうなっちゃったけど……。辺りに散乱している破片を見たら、そういう感想になるだろうけど……。あとでちゃんとお肉の部分は集めて夕飯にするし、どうしようもならないところは土に埋めて供養するもん。

 ……我に返って、身の回り見ると確かにひどいな。我ながら引く。
 正しい知識と生体の理解をしていない人間が、安易に解体作業をしようとしてはいけないのね……。悪いことをしてしまったわ……。

 そして。

 話しかけられたから普通に会話してたけど、この人、誰だろう。
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