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7話 魔王さまのオーダー

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 さて、イージスと別れたわたしは一人、お屋敷の中をウロウロとしていた。
 昨日はイージスに引っ張られてバタバタと魔王さまのお部屋に特攻して、そのあとは用意してもらった自分の部屋に行ってすぐ寝てしまったから、ゆっくりとお屋敷を見る余裕もなかったけれど、このお屋敷はなかなか広いし、ずいぶんと立派な建物だ。

 魔王といったら、お城に住んでいそうだけど、ここは元々は別荘だったのかしら。いえ、食堂の様子を見るに、本当はもっと多くの魔族たちで住んでいたのだろう。……うーん。合宿所というか、保養所っぽい。

 ウロウロしながら、わたしは首を捻る。

(でも、ほんと、わたしってお仕事……何したらいいんだろう?)

 畑仕事も、魔物狩りも大丈夫。やったことないけど、掃除洗濯炊事も、何をすればいいかは大体わかる。やる気もある。
 けど、雇用主からの指示もないのに勝手なことをするのもよくないだろう。

(……ちょっと、魔王さまの部屋の近くまで行ってみようかな……)

 起こさなくても様子だけは見に行ってみようかな。もしも起きていたら、お仕事のことを聞きたい。手持ちぶさたなのはソワソワする。

 そう思って、魔王さまのお部屋の前まで行くと、なんと部屋の扉が開け放たれていた。

「魔王さま?」

 ……応答はない。不躾とは思いつつ、そっと部屋の中を覗き込む。
 ベッドに横たわる魔王さまの姿が見えた。

(窓全開、扉全開、掛け布団もかけていらっしゃらない……!)

 全てが開けっ放し、全開、いかにも途中で電池が切れて倒れました、みたいな有り様だ。

 とはいえ、横になって眠る魔王さまのご尊顔はとても整っていて、まるで彫刻のように美しかった。全部が全部そのままでお眠りになっているようだけど、魔王さまが脅威的な美形なおかげでみっともないとかだらしない、みたいな印象にはならない。なんだかそういう芸術品みたい。わたしが同じことをやったら、作品名『だらしない女の眠る部屋』みたいな有様になるだろう。顔面の力というのはすごい。

 ちょっと迷って、わたしは魔王さまのお部屋にそうっと入って音を立てぬように窓を閉めた。そして、次にベッドの端に追いやられている掛け布団を手に取った。

 風邪をひいたらいけない、お布団をかけるくらいならいいよね、と。
 イージスも言っていた。魔王さまは一度寝たら滅多に起きない、と。
 お布団かけたら、気付かれないまま部屋を出よう。

 そして、魔王さまの体にふわりと布団をかけ下ろそうとしたその時、バチッと。
 目が合った。切れ長の濃い青の瞳が寝起きにも関わらず、見開かれている。

「お、おはようございます」
「……」

(お、起きた!?)

 魔王さまから返事はない。ただただ目を丸くしてわたしをじっと見つめていた。
 驚かせてしまった。いや、警戒されているのだろうか。無言が辛い。

「……あの、魔王さま……」

 恐る恐る、もう一度声をかけてみる。
 魔王さまは烏の濡れ羽色のような艶やかな黒髪に、深い青の瞳をお持ちだ。なんというか、とにかく、お顔がいい。切長の瞳はまつ毛も長いし、羨ましいほどクッキリの二重。眉は細く整っていて、お鼻のラインもきれい。
 そんなとんでもない美形に無言でじっと見つめられていると、なんとも居心地が悪かった。背中がむずむずしてくる。

 しばらく見つめあっていると、魔王さまは小さくため息をついて、ようやく口を開いた。

「……どうした」
「あ、通り掛かったらお部屋が空いていたので……。その、何もかけていらっしゃらなかったから、お布団をおかけしようかと」

 魔王さまはわたしを見つめる眼を逸らさない。うう、やっぱり、なんでおまえが俺の部屋にいるんだって思うよね。

「すみません、お休みのところ勝手にお部屋に入ってしまって。お気分は?」
「……悪くない」

 魔王さまはそっと瞳を伏せた。短い返事だけれど、声は柔らかい。機嫌も悪そうな様子じゃなかった。わたしはほっと胸を撫で下ろす。

「もうお目覚めになりますか? もう少しお眠りになります?」
「……起きる」
「何か、必要なものはありますか? お水でもお持ちしましょうか?」
「……いい」

(なんで、口を開く前にちょっと沈黙入るんだろう?)

 謎の沈黙は気になるけれど、わたしは「わかりました」と笑みを浮かべて頷いた。

(まだ眠いのかなあ?)

 あのパッチリ眼を見たらとても寝ぼけているようには見えなかったけれど、イージスによると寝起き最悪だそうだし、こう見えても実はぼんやりしているのかもしれない。

 魔王さまは寝巻きにも着替えていなかった。部屋の状況的にもまず間違いなく寝落ちたんだろう。

(……あまり眠るのお得意じゃないのかな? ううん、よく眠れるハーブとか、魔族にも効くのかな……)

 快適な睡眠は良質な生活に直結している。わたしも聖女の仕事が忙しすぎて眠れなかったときは荒れていた。雇われた身としては雇用主の健康は守りたい。今度、安眠生活プレゼンをしてみよう。

 さて、あまり、長居してしまうのはよくないだろう。そろそろ退散しよう……と思ったところで、わたしはなんで自分がわざわざ魔王さまの部屋を訪れたのかを思い出した。

 そうだ。お仕事のお話をしなくちゃ! 魔王さまが起きたことにビックリしすぎて忘れていた!

「あの、魔王さま。わたしはここで、何をしたらよいでしょうか」
「……何か、したいのか」
「だって、お給金をいただくなら、ちゃんと働かなくては。しかも住むところと食事までいただいていて。何もしないわけには……」
「別に何もしなくても構わんが」
「いえ! それでお金はいただけません!」

 魔王さまの甘い言葉にわたしは両手を突きつけてNOを示す。魔王さまは整った眉を顰めた。

「……」

 そして沈黙である。

 困らせている。だが、それでも、わたしは何もしないでお金をもらうことに抵抗があった。住むところとご飯まで用意してもらっているのだ。きちんと働かなくては、対価に見合わない。雇い主が困ろうと、仕事を与えてもらわねばならない。そこはひけない。
 掃除洗濯、すでにイージスがやっているけれど料理、力仕事に汚れ仕事、なんだってやる気はある。

 魔王さまは、きっと真面目な性格なんだろう。真剣に考えてくれているらしい。
 やがて、魔王さまはゆっくりと口を開いた。青いきれいな瞳をわたしに向けて。

「毎日、俺のことを起こしてくれ」

 魔王さまからの命に、わたしはきょとんと首を傾げてしまう。さっき、お布団かけようとして起こしちゃって、とても驚かれてしまった気がするけど……? お嫌では、なかったのかな?

 と、わたしの些末な疑問など、どうでもいい! 主人がそうオーダーしたのであれば、返事は決まっている!
 
「はい! モーニングコールですね、わかりました!」

 うんうん、なるほど。これはつまり……求められているのは……。

(侍女的な役割を求められている……!)

 もちろんわたしは、侍女として働いたことはない。けれど、王宮暮らしのわたしには侍女がつけられていた。お世話されていた側としては侍女のお仕事はなんとなく、わかる。

 ようし、これからお仕事……がんばるぞ!!!



 でも、イージスは寝起き悪いから下手に起こさない方がいいって言っていたのに……。聞いてた話とちょっと違うな?

 まあ、いっか! がんばろう!
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