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1話 退職金は!? 慰謝料は!?

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「聖女メリア! 貴様、聖女というのは騙りであったそうだな! これは重罪である!」

 ああ、それかあ。

 王子様が突然目の前に現れて、どうかしたのかと聞く間も無く鼻息荒く王の間に連れて行かれたと思えば。どうやらこれから、わたしの断罪式が始まるらしい。

 現国王はただいま国外の大国で開かれている世界サミットに参加中で不在、もう一人の聖女エミリーもその護衛のため付き添いで不在。
 王のいない間に、その息子が王様気取りで玉座の前で踏ん反り返っていた。でも、さすがに玉座にどっかり座り込むほどの浮かれ間抜けではないらしい。

(まあ、遅かれ早かれ言われるとは思っていたけれど……)

 国の伝承によれば、ひとつの時代に現れる聖女は一人だけ。
 二人も聖女がいるなんてあり得なかった。

 わたしはまだ10歳にもならないときに、王宮から声をかけられて『聖女』と持ち上げられて、ここで働くことになった。半ば誘拐同然に連れてこられたけど、働きに応じてお金をもらえるというから、わたしは素直に、熱心に、献身的に、求められるまま、『聖女』として働いてきた。

 とはいえ、お給金はいいし、王宮の離れで贅沢な暮らしをさせてもらえているし、病気の両親もいたから、ここで働くのは悪くはなかった。むしろ、高待遇で感謝していた。
 聖女ってなによ、とは思っていたけど、あんまり深く考えていなかった。向こうからそう言ってきたんだし、それで向こうが言ってきた通りの『聖女』としてのお勤めしていたならまあいいかな、と。
 しがない平民のわたしでも、聖女の伝承くらい聞いたことあったけど、「伝承じゃ大袈裟な感じで言ってるだけで、実際は『聖女』なんてこんなもんなのかな?」と思っていた。

 ……でも、2年ほど前に、エミリーという女の子が力を覚醒させた。彼女はこの国を取り囲む壁に結界を施し、光の力を操って襲い来る魔物を浄化し、そして傷ついたものを癒した。

 ちなみに、わたしにはそんな芸当はできない。
 わたしにできることは、ひたすら魔物を痛めつけてやっつけることだけだ。

 真の聖女はエミリー。間違いなかった。
 あ、わたし、いつ「人違いでした~。勘違いでした~」って言われるのかなーと思っていた。

「真なる聖女は、エミリーのみ。ニセモノの聖女に用はない! 今すぐこの国から出ていくがよい! あ、もちろんわたしとの婚約も破棄だ」

 ついでのように婚約もペッと破棄される。わたしも別にそれはどうでもいいんだけど。王妃なんてなりたくないし、この王子のことも好きでもないし。
 むしろなんで婚約なんてさせられてたんだ? ってくらい。

「ほれ、さっさと門の外へ出ていくが良い。貴様は国外追放だ。兵士! コイツを連れて行け」
「……え? ふざけてます?」

 兵士がわたしに手枷をつけようと迫ってきた。冗談じゃない、今すぐ追い出すつもりなの? さすがに焦った。
 このまま追い出されるわけにはいかない。
 
「ふふん、貴様もそういうことを言える程度のかわいげはあるのだな? ふざけてなどいない、貴様はもうわたしの婚約者ではないし、身分剥奪国外追放……」
「それで慰謝料もないんですか!? 退職金も!?」
「はあっ!?」

 ミブンハクダツコクガイツイホーウンタラカンタラセアブラカタブラと呪文を唱え出しそうになったのを遮って、わたしは叫んだ。

 本当に冗談じゃない。誘拐同然に連れてきて、いい待遇で働かせてもらえてたからこんなところにずっといたのに。
 『聖女』じゃないから追放なんて。そっちが勝手に『聖女』って言ってきたくせに。

 本来はあなたたちが「自分たちが間違えてました、すみません。いままでありがとうございました」と土下座しながら三代先まで遊んで暮らせるお金と一緒に謝るのが筋ってもんじゃないの?

 わたしの貴重な幼少期から思春期、そして今現在に至るまでここに拘束されて、なぜか王子の婚約者にまで勝手にされて。

「普通、慰謝料と退職金くらい出るでしょう。わたし、言われていたお勤めはしていました」
「なんて面の皮の厚い……。貴様のような聖女がいるものか!」
「聖女をなんだと思ってんですか、あなた」
「フン、野ザルのような口を聞きよる……」

 悪かったわね、野ザルで。『聖女』と持ち上げられていたからって所詮は平民なんだからしょうがないじゃない。かつてはその野ザルを花嫁にしようとしていたくせに。

「聖女の任を解かれることも、婚約破棄をなさる事も、構いません。受け入れます。けれど、国外追放ってどういうことですか?」
「長い間我々を欺き、暴利を貪っていた罰だ! 王家を長きに渡り騙し続けていた罰としてはむしろ軽い方だと思うが?」

 王子は首のあたりを手でスッと横切るジェスチャーをした。本来なら首切り刑が妥当、ってことね。ああ、そう。

 参ったなあ。単に解雇になるだけなら、魔物に襲われそうな国外に出る商人たちとかの輸送護衛でだいぶ稼げると思うんだけど。
 他国から我が国にやって来る人の護衛……も、ダメだよね。外を歩いているうちはいいけど、わたしが国外追放扱いになってたら、わたしだけ入国できなくて不審がられそう。事情説明したら、そんな罪人に命を預けるのは不安だとか言われたりして。

 ……というか、そもそも民間の護衛業務にも王家の承認が必要だから、どのみちダメかあ……。

 ……手のひらから炎出したり、水吹いたりして大道芸人として稼げるかなあ。でも、わたし、不器用だし口ベタだからダメかなあ。

 ここでゴネて暴れ回って王子の暴論を撤回させるのも厳しそう。王子も兵士も一捻りにするのは簡単だけど、暴力で説得したら、結局わたしが悪者になってしまうものね。
 ……わたしがお金を稼げなくなったら、具合の悪い両親もどうなるかわからない……。

「……お願いします、病気の両親がいるんです。せめて、この手のひらの上に乗るだけのお金でも良いんです。最後のお給金をくださいませんか?」
「フン! 見上げた根性だな?」

 温情を期待して、しおらしく言えば、王子は差し出されたわたしの手のひらをはたき落とし──そして、感電した。

「あひびびびびっ!?」

 王子はつま先立ちでプルプルと震えたかと思うと、酔っ払いのように千鳥足でのたうち回り、最終的にはひっくり返った。

 ああ、やっちゃった……。

「ほ、ほ、ほ、ほうら見ろっ! これこそ、謀反の証だぁ!」
「王子はわたしの体質をご存知でしょう! わたしは悪しきもの、害意あるものに触れると自らの意思に関係なく、電流を流してしまうのです!」

 この体質のせいでわたし、この王家に目をつけられたんだよなあ、懐かしい。これのおかげで、幼女のころから魔物相手でも負け知らずだった。

「害意あるもの……だとっ!? は、ははっ! やっぱり貴様、『害』があるんじゃないか!」
「違います、わたしじゃなくて、王子がわたしに対して『害意』を……」
「うるさいっ! とっとと出て行け! 当然、罪人に渡す金銭など……ないっ!」

 王子はジタバタ暴れてがむしゃらにわたしを追い出そうとし始めた。
 王子に命令された兵士はわたしを取り囲み、槍を突きつける。わたしに触れたら、さっきの王子のように感電してしまうかもしれない。距離をとりつつ、わたしを脅していた。

「……」

 兵士たちくらい、どうってことない。間違い無く倒せる。でも、その後のことを考えて、わたしは彼らの要求に従うことにした。

 兵士に囲まれながらわたしは城を出て、外の世界へと続く門の前まで運ばれていった。



「……ねえ、あなた。名前は?」
「えっ?」

 門が開かれ、さあ国外追放! というタイミングで声をかけられた兵士が目を見開く。

「あなたも、あなたも。ここにいるみんな、名前を教えて」
「ど、どういうつもりだ?」
「……お願いがあるの。わたしが素直に出て行ったら、残していく両親に悪いことはしないって」

 別に国に未練は全くないけど……。それだけが、わたしの心配だった。

「国外追放は素直に受け入れるわ。でも、両親のことはけっして悪くしないで。わたしの名前で仕送りしてもちゃんと両親に届けて」
「……ああ、わかったよ。おまえのおっかさんやとっつあんは悪くないもんな」

 いえ、わたしも悪くないんですが。まあ、ここで茶々入れてもしょうがないから黙っておく。

「ありがとう、優しい兵士さん。だから、あなたたちの名前を教えて?」

 ……これで両親に何かあったらあんたたち、覚えてなさいよ。まあ筆頭はあの王子だけど。

 そんな気持ちを胸に潜め、わたしは聖女営業で慣らしたとびきりの笑顔を浮かべた。

 背の高いパーシー、お鼻の大きいオルソン、福耳のリカルド……忘れないからね!
 
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