色食う鳥も好き好き

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遊男の恋物語

第十四話

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「…可哀想な双子ね」

突然訪れた藤菫の訃報に、肩を落とす遊男たち。昼見世までに、この暗い顔をなんとかしなければ と思っても中々そうはいかなかった。

「………はぁ…」

部屋でひとりため息をついたのは、紅葉。
瓶覗の姐女郎として、なんとか励ましたいが どうしたらいいか分からない。


「駄目ね、私まで泣いたら…」

鏡の前で紅を引こうとしても、手が動かない。化粧が落ちると思い、涙を必死に堪えた。

「……紅葉。」

「胡蝶?」
紅葉の元に、胡蝶が訪ねて来た。

「…陽凛もいる。」
「すみません…」

その後ろから、陽凛が顔を覗かせた。

「陽凛も来たのね」
「はい…、ひとりだと気が滅入っちゃって。胡蝶の所に行っても、ふたりで気が滅入ってしまって…」

「そうよね。…皆、同じ気持ちよ。ほら、入りなさい。」
紅葉は微笑んだ。


「…立夏と瓶覗は、藤菫の所に居るみたいよ。紅葉はいいの?」
「私じゃなくて、姐女郎の胡蝶が居るべきではないの?」
「…藤菫には悪いことしか、教えてあげられなかったから。藤菫に向ける顔が無いわ。」
「そうかしら。貴方は責務を果たしたわ。」

「だと、いいんだけど。」
胡蝶は壁に寄りかかって座った。


「…陽凛、そんなに泣いてると化粧が崩れてしまうわ」
「わかってますぅ…」

陽凛は涙をぼろぼろと流して、鼻水をすすっていた。胡蝶がそれを茶化して笑った。

「陽凛って、そんなに藤菫と接点あったっけ?」
「…あったよぉ、凄く素っ気なかったけどぉ」
「ふふっ、嫌われてやんの」
「ばかにしないでよぉ!でも、私は好きだったよぉ!」
「ま…皆そうよね…」

胡蝶の隣に陽凛が座り、紅葉は鏡越しに二人の姿を見ていた。


「藤菫のことを、過去のように話すのは気が進まないわ」
紅葉はそう呟いた。

「…そうね」
「…瓶覗のためにも、私たちが泣いたらだめよね!」
「びしょびしょに濡れた顔で言わないでよ」
「だってぇ!」

「でも、双子って犬猿の仲じゃなかった?」
「…藤菫が一方的に避けてたっていうか」

双子がこの店に来てから、仲良くしてる姿なんてあまり見なかった。

「確かに、そうね。でも…血の繋がりというのは、不思議なものよ。他人なら許せないことも、何故か許してしまう。許せなかったことさえ、忘れてしまう。」

すると、陽凛が振り返った。
「…あれ、立夏さん。」

紅葉の部屋に通りかかった立夏が立っていた。

「…双子はお互いが羨ましかったみたいよ。」
立夏は微笑んで、胡蝶と陽凛に並んで座った。

「…身売りされる前は、瓶覗が愛嬌のある藤菫を羨ましがっていて…。この店に来た時には、器用な瓶覗を藤菫が羨ましがっていた。」
「なんとなく、双子の気持ちが分かる気がする」
「そうでしょう? かといって、双子はお互いを嫌ってなかった。何故か、自然と距離が出来ていたみたい。瓶覗、何度も藤菫の名前を呼んで泣いてた。」

立夏の目には、涙が溜まっていた。今にも溢れそうなのを必死に堪えた。

「墓は…?…まさか、投げられるの?」
胡蝶が呟くように聞いた。

「いいえ、うちは違うの。鶴姫様と女将が持ってる墓がある。二人が可愛がった遊男たちが眠ってる。…私も死んだら、そこに入れてもらうつもり。」

「そう、この店は遊男に手厚いわね」
胡蝶は笑った。


「あら…そろそろ、昼見世かしら」
「行きましょうか」
「はぁい」

紅葉が立ち上がり、隣に立夏が並んで廊下を歩き始める。胡蝶と陽凛をはじめ、遊男たちが揃って格子に出た。

格子の前には既に人が集まっていた。



〝昼間から見ても綺麗だ〟
〝夜の方が綺麗さ〟
〝ここの遊男は確かに綺麗だが、ちょいと男らしくてなぁ〟
〝それに、他の店の遊男より年上さ。〟

格子の外に群れる男たちの声が聞こえてくる。

「…好き勝手言いやがって。」
胡蝶がぼそっと呟いた。
「胡蝶。」
陽凛は腿を叩いた。

「大丈夫よ、掴み掛ったりしない。」

「私には掴み掛ったくせに。」
聞いていた立夏は、ふっと笑った。

「ごめんなさい」
「もう今となっては笑い話よ。これからも笑ってやるんだから」
「ごめんってば」
「ふふっ、焦ってるのね」

「そういえば、瓶覗は?」
「まだ準備してる。」
「そう。」

明らかに落ち込んでいる遊男たち。
藤菫の訃報を聞いて悲しむ間もなく、格子へ出たのだから。

昼見世が始まり少し経った頃、瓶覗がやっと格子へ出た。

「遅くなりました」

「…瓶覗。」
瓶覗が格子へ出た頃には、人気のある花魁二人と胡蝶は既に接客へ出ていた。

〝やっと瓶覗が来たぞ〟
〝やっぱし、この子は器量が良い〟


「皆、瓶覗を待っていたみたいね」

瓶覗が格子へ出始めてすぐに、彼の人気は鰻登りだった。

瓶覗は陽凛の隣へ座り、ずっと下に向けていた目線を上げた。

「…今年は雪が降ると思いますか?」
瓶覗は一言呟いた。
格子の外から少しだけ見える、青い空を見つめていた。

「…そうね。去年は少ししか降らなかったから、今年は降るかもしれないわね。どうして?雪を見るのは好きだけど、不便だわ」
格子に残っていた陽凛が答えた。

「…雪が、好きなんです。」
「雪?」
「はい。私と藤菫は、初雪の日に生まれたんです。だから、初雪の日は自分たちが生まれた、誕生日だって決めているんです。」

「それは素敵だわ」
陽凛は笑った。

「そうでしょう?」
瓶覗もつられて笑った。
口元を袖で隠し、ふふっと笑う姿は美しく、格子の外から見ていた男たちも感嘆の声を漏らした。


「瓶覗、ご指名よ。」

「…はい。陽凛姐さん、失礼します。」
「うん…」

瓶覗は立ち上がって格子を去った。

「格子へ出て、少ししか時間経ってないのに。…器量が良いっていうのは羨ましいわね」

格子に残っていたのは、陽凛だけではない。

「ねぇ?鶯。」

「……えっ?」
鶯も残っていた。格子の外をじっと見つめて、上の空だったようだった。

「…どうしたの?」
「ううん、なんでもない。」

「そう。」
陽凛は微笑んだ。

「陽凛、ご指名よ。」
「はぁい」

「鶯、あなたも」
「はい…」

今日も昼見世から満員御礼。







そして、夜見世のときだった。

店の二階にある小さな部屋。


「失礼致します、」
指名された瓶覗は、客の待つ襖を開けた。



「……」
客はじっと瓶覗を見つめた。

「藍花浅葱瓶覗にございます。」

「座って。」
「はい…」

客はお猪口を置いて、座り直した。

「…今日は、君に謝りたくて来た。」
「……?」

「藤菫のこと。」

客は、鴻水豊信。
あの日、藤菫の死を目の当たりにした張本人。


「藤菫に、謝りたいのですか?」
「いや…君たち、双子に。」

「謝罪など要りません。何を謝るというのです?」
瓶覗は淡々と喋った。


「…藤菫を傷付けてしまったことを謝りたい。」
「もう藤菫はいません。ここにいるのは、瓶覗にございます。お間違いでは?」
「…頼む、聞いてくれ。」
「聞きたくありません。私は瓶覗です。」

「分かってる。…ならばせめて、聞き流してほしい。」
「………」

「俺は……藤菫の気持ちを知っておきながら…何もしてやれなかった…。…死を止められなかった俺が悪かったんだ。藤菫は私を好いてくれていた、知っておきながら。…それなのに俺は、瓶覗に目を奪われていた。それで…」

瓶覗は何処か一点を見つめながら、静かに聞いていた。

「俺は…」

「何よ!!今更!!」

瓶覗は突然立ち上がり、豊信の前に置かれていた食器を掴み、彼の顔を殴った。

「っ!!」
瓶覗の手に掴まれていた食器は、豊信の顔を命中し、彼は鼻血を流していた。

「もう藤菫はいないのよ!!!いつまでもそうやって後悔してるといいわ!!その目に焼き付いてるんでしょう?藤菫の死に様が!!!」
「か、瓶覗…!」

瓶覗はまた食器を投げつけた。

「黙れ!!!そんなに後悔してる暇があるなら、早く消えろよ…!!…あの日、あんただって藤菫と一緒に死ねば良かったじゃない!!藤菫を返してよ!!!私の大事な弟を返してよ!!」

瓶覗の大声を聞いた若衆や下女が、瓶覗を必死に止めた。

「瓶覗!やめなさい!」

女将まで駆けつけて来て、豊信に頭を下げた。

「大変申し訳ありません!鴻水様、お怪我を…」
「…大丈夫だ。これしきの傷、大したことない。」
流血しているのにも関わらず、豊信は大丈夫だと頷いた。


橋から飛び降りて、全身を砂利に強く叩きつけた藤菫と比べれば、こんなの…。


「…金は払う。」

豊信は血を流しながら店を出た。


「……。」

あの日、藤菫がいた橋。

橋の下を覗くと、砂利に赤黒い血痕が残っていた。

「…はぁ……」

呼吸を震わせて、豊信は膝から崩れ落ちた。


ふと、思い出した。


藤菫の、温かくて、柔らかい肌。


帯を解いて肌を見せ、自分に跨るあの姿。


〝…豊信様…私には、貴方だけ。〟


はぁはぁと呼吸を乱して、腰を動かしていたあの姿。

〝触って…〟

豊信の手を掴んで、自分の胸を触れさせた。
浮き出る肋間から、とくん、とくん、と心臓の鼓動まで感じた。温かかった。柔らかかった。






 みゃー。


「……?」

涙を静かに流した豊信の隣に、猫が座っていた。

「……なんだ、そんなに哀れか?」

 みゃー、

「…笑えよ。」
豊信は自分を嘲笑った。

「ん…?」

猫は豊信の膝に前足を置いて、彼の頬を舐めた。猫のざらざらとした舌が少し痛い。


〝許さないから〟

「?」

〝ずっと一緒にいてやる〟

「……藤菫?」



 みゃー、


猫が鳴いた。

豊信は猫の鼻に優しく口付けした。


 みゃー、


猫は身体を振るって、遊郭に走り出した。



「分かったよ、藤菫。次は、藤の花の簪をあげようか。」









彼が瘡毒に苦しむのは、また少し先の話。







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