色食う鳥も好き好き

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遊男の恋物語

第十話

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「瓶覗。」

「はい、お呼びですか。紅葉姐さん。」
「話があるの。」
「なんでしょう?」

 紅葉は部屋に瓶覗を呼び出し、座らせた。爽やかな淡い青の着物が似合う彼は純粋な瞳をしていた。

 こんな世界に出すのは勿体無い、紅葉の本心はそう思っていた。



「鶴姫様からお話があったの。…貴方を格子に出すと。」
「まぁ、本当ですか!」

 瓶覗は目を輝かせて喜んだ。

「…遊男の一人として、覚悟はあるかしら。」
「…はい。」
「…それと、私の新造としても宜しくね」
「はい。」
「詳しい話は後に。」
「はい。ありがとうございます。」

「……。」
 瓶覗の振る舞いは日に日に上品さを増していた。紅葉は、巣立つ子を送る親のような気持ちになった。



 瓶覗の突出しが決まったことは、店だけでなく遊郭の街にすぐ知れ渡った。瓶覗には誰もが期待をしていた。前々から瓶覗に目をつけていた顧客もいるほどだった。


「紅葉。瓶覗が格子へ出るのね?」
「そうよ。」

 紅葉の元に、立夏が訪れた。

「…水揚げもするってことよね」
「うん…。でも…もう水揚げの必要は無さそうだけど。」

 それを言った紅葉は自分でくすくすと笑った。すると立夏が言った。

「そういえば、鷸谷の旦那様。最近見かけないわね」

「…鷸谷の旦那様は何度か、いらしていたわ。」
「えっ、そうなの?」
「えぇ。瓶覗は知らないだけで。」
「あら…そう。」
「旦那様、毎度瓶覗を指名されていたけど…女将は全部断ったみたい。…それから来なくなったって。」
「…知らなかったわ」
「……瓶覗ももう忘れたかしら。」
「まさか。初めての相手は忘れないはずよ」
「…そうかしら」

 姐女郎の二人の想像通りだ。

 瓶覗が鷸谷憲慎のことを忘れるはずがなかった。瓶覗は自分が格子へ出ることで、また会えるのではないかと密かに期待していた。




「…鶴姫様はどうして突然、瓶覗を格子へ出すとお決めになったのかしら」

 紅葉がそう言うと、立夏は自らの手を触り俯いた。

「…十三歳だからよ」
「……やっぱり…そうなのかしら」
「…分からないけど。私ならそう考える。大人になってからじゃ遅いから。…それに、紅葉の新造よ?…皆、瓶覗なら大丈夫だと思ってる。」
「…めでたいことなのに、気乗りしない。」
「それは、私もそう思うわ。」

 赤の他人である客相手に身体を許す、この仕事。紅葉と立夏も皆、もう慣れた。幸せでとない、辛くもない。

 瓶覗が遂に、この世界に足を踏み入れる。


「藤菫だったら、こんなに心配しなくても良かったかしら?」
「…いいえ、誰だろうと心配よ。…この前なんて、藤菫が客を突き飛ばしたって」
「えっ、そうなの?どうしたのかしら」

 立夏がそんな噂話をした。

 ある夜、藤菫が客の相手をしていた時のこと。客が藤菫を脱がせようとしたら、藤菫がそれを突き飛ばしたという。掟を守っているという面では良いが、藤菫なら拒まないのが常。姐女郎たちもそれに関しては意外だと口を揃えて言った。

「……更生した?」
「まさか」

 花魁の二人はそんな双子を心配していた。



「…そろそろ行きましょうか。」
「そうね。」

 昼見世の時間になり、紅葉と立夏は立ち上がった。



 昼でも賑やかな街。今日は地方から来た侍が格子の中を面白がって覗き込む。男が女装して、まるで女のように振る舞うのが滑稽だったのか、複数人で笑っていた。


「…田舎者ね、何がそんなに面白いのよ」

 それを見た胡蝶が舌を鳴らした。

「胡蝶、品がないわよ」
「…ふん…」
「…こういうのも無くならないわね」



 紅葉がそう呟いて、格子の外を見つめると、一人の男がやってきた。初老くらいの年齢に見える男だった。

「…紅葉。」
「まぁ、猿千代さん。」

 男は日に焼けた肌で、歳を取っても色っぽく見える人だった。

「瓶覗が突き出しされるそうだな。」
「まぁ、それを聞きつけていらしたの?」

「……水揚げは?」
 猿千代は小声で聞いた。

「…まだ決まっておりませんので。」
「紅葉が教育した子だろ?…嘸かし色っぽい子だろうなぁ…楽しみだ」
「おやめください、猿千代さん。」
「何でだよ、また俺に頼んでくれてもいいんだぜ?」
「…まだ瓶覗に聞いておりませんので。」

「瓶覗に俺を紹介してくれよ。紅葉の初めてを奪った男だってことをさ。」

「やぁね…猿千代さんったら…」
 猿千代は紅葉の水揚げを相手した男だ。

 丁度、瓶覗と同じくらいの年齢で紅葉も初めてを捨てた。今となっては懐かしく感じる。

「瓶覗と話してみますから、」
「そうかい、良い返事を期待してるぜ」

 猿千代は、にやりと笑って去っていった。




「あれが、猿千代さん?」
「そうよ。」

 会話を見ていた鶯が猿千代を指して言った。

「確かに色男ね。」
「昔からそうみたいよ」
「まぁ、素敵ね。」
「素敵?」
「えぇ、大人の男って感じ。歳を取っても色気があるっていうのは、魅力的ね!」

 鶯はふふっと笑っていた。鶯は色っぽい年上が好きなのかしら、紅葉はそう思ってしまった。

「でも…瓶覗の水揚げはやるの?」
「どうかしら。」

「…鷸谷の旦那様と、しまったのでしょう?」
 鶯がこそこそと紅葉に言った。

「そ…そうだけど。」
「…もう必要ないんじゃない?」
「瓶覗には、鷸谷の旦那様だけしか映ってないでしょうから、他の男に足を開くかしら?…もう、難しいかもしれないわね」
「そんなぁ、皆が期待してるわ」

「瓶覗は…周囲の期待に応えられないかもしれないわね。初めての相手に恋してしまったら最後よ。」
「最初で最後ってやつ?」
「そうね、最初に天国を味わってしまったら…後は落ちていくだけよ。この世界に絶望しないといいけど。」

「…確かに、そうね。」
鶯は眉を八の字にした。

「仕方ないわ。そのまま、突き出しするしか無さそうね。」
紅葉は呟いた。





昼見世が終わった直後、紅葉は瓶覗の元へ向かった。


「瓶覗。」
「はい、紅葉姐さん。」
「…座って。」
「はい…。何でしょうか?」

「…貴方の突き出しは決まったけど、水揚げは…どうしたい?」
「ど、どうしたいって…」
「正式な水揚げなんてしなかったからよ。貴方はもう経験済みでしょうから、どちらでも構わないけど…。」

「不安です。…紅葉姐さんや憲慎様から教えて貰っただけですから。」
「じゃあ、猿千代さんにでも頼みましょうか?」
「…いえ。」
「…要らないの?」
「は…はい……。」
「そう。なら、女将に街へお披露目する日を決めて貰いましょう。」


後日、紅葉が瓶覗を連れて花魁道中でお披露目した。瓶覗は艶やかな青色の着物に身を包み、髪飾りも豪華にしてもらった。

瓶覗は自身の姿を鏡で見て喜んだ。
しかし、そんな明るい気持ちも直ぐに消える。

「瓶覗が遂に客を取るのか!待ってたよ…」
「色っぽくて抱きがいのありそうだ、色白の美人は堪らないなぁ…」
「初々しいのも可愛い…どんな反応するのか楽しみだ」

男たちの卑しい声は瓶覗にも届いていた。



 気持ち悪い。



無意識にもそう思ってしまった。瓶覗の視線は下を向いた。瓶覗の顔は見えなかったが、紅葉も瓶覗の思いを察していた。

「…これが貴方の仕事よ」

紅葉は小さく呟いた。




「…瓶覗を待ち望む人達は多いのね。」
その頃、格子に出ていた遊男達は瓶覗を心配していた。

「当たり前よ。紅葉の新造だし、店でもとびっきりの美人だからね…」
「こればっかりは、紅葉にも私たちにも、どうしようもできない事だから…」
「…こんなに沢山の人が待っているけど、瓶覗は大丈夫なのかしら?」

胡蝶に陽凛、鶯が心配をしていると、立夏が入ってきた。

「皆が考えていることは同じだと思うわ。」

「……。」

「…瓶覗はきっと傷付くわ。心も体も。」
「純粋過ぎるが故にね。」

姐女郎たちの表情も曇ってしまった。






その通りだった。







「藍花浅葱瓶覗にございます。どうぞ可愛がってください…」

「瓶覗ちゃん、待ってたよ」
「可愛いなぁ」
「まだ十三だろう?」
「俺らが教えてあげなきゃなぁ…」


「……は……」


瓶覗が格子に出て、正式に客を取るようになったある夜。

客は複数人で瓶覗を指名していた。

体が大きい屈強な男と、ひょろりと線の細い男、歳の若そうな男がいた。




彼らの手が、純粋な瓶覗の身体に伸びた。




「いや…!離してください…!」

床入りすると思えば、直ぐに力ずくで帯を解かれて、細い両手を縛られた瓶覗。

「客相手に嫌がるとは、いけない子だね」
「口、塞ごうか」
「小さなお口、塞いであげようね…」

瓶覗の目の前に、男の物が出された。

「えっ……!やだ…やだ……!…んんぅ…!!!」

「歯を立てたら駄目だよ…」
小さな口に無理矢理入れられて、瓶覗は気持ち悪くなった。何度も嗚咽を繰り返し、唾液が溢れ出てくる。

「……ぅ……ぁ……」


〝いいか?客を喜ばせるんだ。〟

言うことは意地悪だけど、優しく触れてくれる憲慎様……。



瓶覗は耐えるしか無かった。



男たちに身動きを封じられて、されるがままに身体で遊ばれる。



「んぅ…!んんっ……!!」


「肌が白くて可愛い…ねぇ…!」
「…反応が良いなぁ」
「おい、そろそろ代わってくれ」
「待て、すぐ…いくから…!あぁ、いく…!」


「んんぅ!ん……!」
瓶覗は身体を震わせて、泣いていた。

それでも男たちは構わずに、瓶覗と無理矢理に行為を続けた。


一人は瓶覗の腕を押さえつけて、瓶覗と口吸いをする。

もう一人は身体中に口付けして跡を付けた。

あとは、小さな穴に性器をねじ込んで擦る。瓶覗の肉壁は確かに出血していた。


痛い。



「……っ!!!」
痛いのを我慢しようと、足が動いた。


「……暴れるんじゃない…!」
「んぅっ!!!」

男に腹を殴られて、痛いのも苦しいのも全てが無に変わった。

「……っ…」

「おい、やり過ぎじゃねぇか?」
「…仕方ないだろ。こちとら、尻の青い子供相手に大金払ってんだよ、」
「ははっ、お前は言い過ぎたな。」
「そうか?」


「………」

大人の男、三人の性欲を相手にした瓶覗は限界を迎えていた。





「女将、また来るよ」

「…あら、瓶覗ったらお見送りを…」

「構わない。疲れさせてしまったから、寝させておいてくれ。」
「気に入ったよ、瓶覗ちゃん」
「それじゃあ」

三人はまるで逃げるように去った。

「……?」
女将は明らかに変だと思い、走って瓶覗の元へ向かった。 



「はっ……か、瓶覗!!」


瓶覗は倒れ込んでいた。


大量の体液を全身にかけられ、両手を縛られて身動きを封じられた。男の物を相手にした尻からは、可哀想になる程に出血していたのが見て分かった。さらには、身体に殴られた跡もあった。なんと無様にされたものか。


「瓶覗!瓶覗!しっかりして!」

呼吸はしていたが、何度呼んでも起きなかった。瓶覗は気絶していた。


「早く!誰か、誰か来て!」
女将は周りにいた若衆や下女を呼び、瓶覗を部屋へ運んだ。



「……はぁ…可哀想に。」



「女将、どうしたの?」
騒ぎを聞いた胡蝶がやってきた。


「瓶覗が、気絶して倒れていたのよ」
「…まぁ、大変。」
「乱暴にされた跡もあったわ…」
「なんて奴なの。」
「はぁ、客をちゃんと見れなかった私の責任もあるわ」
「女将のせいじゃない。そいつらが悪いわ」
「…はぁ……」

女将はため息しか出なかった。




次の日の朝、瓶覗がようやく目を覚ました。


「…あ…?」

「瓶覗…!!…分かる?」
「…くれはねえさん…」
「そうよ。良かった。」

あれから朝まで、女将に代わって紅葉がずっと瓶覗の傍にいた。


「……えっと…」

「…さぁ、まず水を飲んで。ずっと寝ていたから…」

ゆっくり身体を起こし、紅葉は水を飲ませた。小さな一口だが、水を飲んだ。

「…具合は?」
「はい…お陰様で……。」


「……。」
すっかり目に光が無くなってしまった瓶覗。それを見て紅葉は心を痛めた。

「…あの客は女将が出入り禁止にしてくれるわ。まぁ、それだけじゃ足りない気もするけど…ね。」
「…いえ、私の力不足なだけですから。問題ありません。」
「はぁ、困った子ね。もう少し子供らしくていいのに。」
「……。」


紅葉は瓶覗を優しく抱きしめた。

「…あの客はやり過ぎだけど、…身体を売るってのは、こういう事もごく普通に有り得るのよ。」

「……はい。」

「それにしても…可哀想に。」
瓶覗を優しく撫でて、紅葉は込み上げる涙を堪えた。


「…少し休んでいなさい。じゃあ、また後で来るわ。」

「はい…、ありがとうございます。」

きらきらと輝いていたはずの瓶覗の目は虚ろだった。





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