色食う鳥も好き好き

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遊男の恋物語

第四話

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遊郭の三階、美しく鶴が描かれた大きな襖。
立夏はそっと襖を開けて、膝を着いた。

「…ご無沙汰しております、鶴姫様。」

「もう、誰も来ないから退屈だったのよ?」

大きな部屋に簾が下がっている。微かにその姿が見えた。奥から聞こえる声は迦陵頻伽。

この遊郭の楼主、天白翔鶴姫てんびゃくしょうつるひめ
そして、この街一番の高級太夫。

「私の可愛い立夏がどうしたのかしら?」

「…鶴姫様、その……」

立夏が言いかけたとき、楼主は遮った。

「させないわよ」

「えっ…?」
「うちの大事な収入源を、やめさせるものですか。」
「収入源……?」
「なんてね、ただの表現よ。」

奥に見える姿は、算盤を弾いていた。
ぱちぱちと算盤の玉が弾かれる音が響く。

さらにお香を焚いており、その香りもこちらまで漂ってくる。

「…鶴姫様、私はもう二十四でございます」

「何よ、私を 婚期を過ぎたお爺さん と言いたいのかしら」
「そ、そんな事は…!」

「この遊郭で、年齢制限をかけたつもりはないけど。」
「ですが…、顔も身体も声も…こんな…」
「可愛いわ」
「?」

「立夏は誰よりも可愛いわ。紅葉よりも、胡蝶よりも、陽凛よりも、鶯よりも、双子よりも。」
「そんな、大袈裟です!」
「…この私が愛を込めて育てた子なのに、どうしてこう自分に自信が無いのかしら。」
「……」

立夏は言葉に詰まった。

「立夏。私はね、この遊郭でどこまで出来るか試したいの。」
「何を試すのですか…?」
「そうね…、」

楼主は算盤から手を離した。

「確かに男が二十歳を過ぎれば、魅力は減ってきて、花は散る一方だと言われてる。…禿や双子は花の蕾、胡蝶や陽凛に鶯は花が開き始めて、紅葉や立夏は大きく花が満開になり…水を与えれば美しい花は咲き続ける、みたいな……伝わるかしら。難しいわね」

口元を隠して、ふふふ と笑った。

「…二十歳を過ぎても、その花が散ることはないと私は思うの。」
「……それを試したいと?」
「そう。だから、私の研究に協力してくれないかしら。」
「…研究、ですか?」
「うん、素敵な研究だと思わない?」
「…はい。」

立夏も微笑んだ。

「…それにしても、一体そんなことを誰が立夏に吹き込んだのかしら。」
「…そういう訳では…」
「あぁ…分かった。胡蝶かしら。」
「えっ……えっと…」

「図星ね。もう、あの子ったら。負けず嫌いな性格は変わらないのね。他で発揮すれば良いのに。こんなに可愛い立夏に強く当たるんだから。…私から謝るわ。ごめんなさいね」

「そ、そんな!鶴姫様が謝ることではありません!…私が弱いから…」
「弱いんじゃない。繊細、なのよ。」
「…鶴姫様は、お優しいですね。」
「そりゃあ…私の可愛い立夏だからよ。」
「そんなぁ…」

楼主は遊男たちの母親のような存在であった。立夏の他にも、何か困り事や悩みがあれば、度々楼主の元を尋ねる。その度に、遊男たちは励まされて帰るようだ。

「…ところで…素敵な翡翠ね。」
「あ…」

楼主は翡翠の簪に気付いた。

「巳川の旦那様かしら。」
「えっ……何故それを…?」

「やぁね、私を誰だと思ってるのよ!」
楼主は長い袖を振り払い、こほんと咳払いをした。

「ごめんなさい…」

「皆のことは全てお見通しよ?」
「…えへへ…」
「…両替屋の四代目…私としても、大事な客だし…ね。」
「……」

楼主は、頬を染める立夏を見て微笑んだ。

「…余っ程、素敵なお方なのね。」

「…はい。いつも素敵な言葉を掛けてくださるのです。励まされるというか、なんて言うか…」
「…言いたいことは分かるわ。」
「……」

立夏は恥ずかしそうに下を俯いた。

「…さ、夜も更けたし、今夜はゆっくり休むと良いわ。」
「はい。ありがとうございました、鶴姫様。」
「…また、遊びにいらっしゃい。」
「はい。」

立夏が出たのを見て、楼主は呟いた。

「珍しいわ。客と一線を引くのをちゃんと弁えていた子なのに。…巳川鳶之助…あの立夏を虜にするなんて。一体どんな男なのかしら、見てみたいわ。」

また算盤の玉を弾き始めた。



_________________



「…あら?」

立夏が階段を降りていくと、階段の下に桃が上を覗いて待っていた。

「桃。そこに居たのね。」
「立夏姐さん、鶴姫様にお会いしたのですか?」
「そうよ、少しだけお話を。」
「私、鶴姫様のお顔をちゃんと見たことない…」
「私もよ。簾越しだからね…。桃、今日はお客も入らないでしょうから、桃も休みましょう。」
「はい!」

立夏の後ろを桃が付いて歩く。

「……」

「おおっ」
立夏が急に立ち止まったので、桃がぶつかってしまった。

立夏の目線の先には、藤菫がいた。

やっとついた客に接客中に帰られたらしい。
噂でしか聞いてないけど、何だか酷い事を言われたみたい。

藤菫はあれからずっと暗い顔をしている。

「藤菫。」
「……?」


「…藤菫、その…元気出して。お客からの酷い言葉なんて、気にしなくても良いのよ?」
「……」

藤菫は顔だけ振り向いて、黙って聞いていた。

「…あのね、私も藤菫の気持ちが分かる気がするの。あぁ、なんて言うか…同情とかじゃなくて…」

「別に、落ち込んでも気にしてもいないですよ。お言葉、ありがとうございます」

藤菫は会釈して去ってしまった。

「…立夏姐さん。私、藤菫さん苦手です」
「桃、そういう事言わないの。…確かに、少し無愛想な子だけど…。笑えば可愛いのに。もったいないんだから…。」 

「…むぅ……」
桃は立夏の後ろに隠れて、じっと見ていた。

「桃も部屋に戻りなさい。」
「部屋に戻っても誰もいないですよ、紅葉姐さんと出てしまいました。私は立夏姐さんのお手伝いします。」
「…あら、そう?」

桃と共に部屋へ戻った。

「ふぅ…」
立夏は羽織を脱ぎ、鏡の前で一息ついた。

鏡の中の自分は、どうしても男らしく見えてしまう。眉と目は近いし、骨格も幼い時の丸みはない。

「…立夏姐さん?」
「……あ、あぁ…どうしたの?」
「羽織はここに置きますね」
「ありがとう。」

鏡の中の立夏を桃が覗き込んだ。

「立夏姐さん綺麗ですね」
「え……」
「私も大きくなったら、立夏姐さんみたいになりたいです」
「…そう言ってくれてありがとう、桃。嬉しいわ」

立夏は、自身の年齢と顔の凛々しさを前よりも気にするようになった。
鏡の前に座る度に、少しだけ億劫になる。
それでも、楼主や鳶之助、桃が自分を可愛いだとか綺麗だと言ってくれるのが唯一の救いだった。

「立夏姐さん、もう寝ますか?」
「そうね、桃も早く休みなさい。」
「はい。おやすみなさい」

_____________


次の日の朝、立夏が目を覚ますと、隣に桃が寝ていた。

「……もう、仕方ない子ね…」

立夏は桃に布団をかけた。そっと起き上がり、鏡の前に座った。

「…立夏姐さん?」
「…桃。寒くなかったの?」
「えへへ…大丈夫です」

桃は寝ぼけながら、立夏の体温でまだ暖かい布団に潜り込んだ。

「もう…まだ子供ね…ふふっ」

立夏に笑みがこぼれた。暫く支度をしていると、遊男達の声もしてきた。

「…桃。そろそろ起きなさい。」
「うぅ…」
「桃、置いていくわよ」
「いやぁ…!」

結局、眠い目を擦る桃を連れて部屋を出た。

「…あら、瓶覗。」

そこにいたのは、瓶覗。昨日、紅葉と共に引手茶屋の方に出向いて、朝に帰ってきていたようだ。

「…立夏姐さん。おはようございます。」

瓶覗は立夏に体を向け微笑んで会釈した。

流石、紅葉が育てただけある。紅葉に礼儀も厳しく教えられて、ちゃんと身についていると立夏は感心した。

それにしても、どうしてこんなに双子で正反対なのかしら。

「何か御用でしたか?」
「…えっと…」

変に励ますのはいけないと思った。

「…良かったら銭湯へ一緒に行きましょう?」
「銭湯にですか?…まぁ、立夏姐さんからのお誘い、嬉しいです。喜んで、お供致します。」
「良かったわ」

すると、立夏の袖を桃が引っ張った。

「むぅ…私も誘ってください」
「あら、ごめんなさいね、桃も行く?」
「行きます!行きたいです!」
「分かったわ。」

「何よ、私は誘ってくれないのね?」

「…紅葉。」

通りかかった紅葉が咳払いをした。誘われないことを冗談交じりに拗ねていた。

「もう、拗ねないでよ。紅葉も皆で行きましょう?」


紅葉と瓶覗、立夏と桃の四人で近くの銭湯へ出掛けた。

街は賑やかだ。花魁の二人が一緒に歩くので、すれ違う人々は二人に釘付け。

「立夏と外に出るのは久しぶりね?」
「そうね、久しぶりだから嬉しいわ。」

街に並ぶ沢山の店を見て歩いた。

「…この人、知ってるわ。」
紅葉が目にしたのは、ある役者を描いた絵。書林の表に出されていた。

「八代目 天鷲藤十郎…?」

「えぇ。今、とても人気があるんですって」
「確かに素敵な方ね。」
「女将が、一度いらっしゃったって…」
「えっ、うちに?」
「そうよ。胡蝶の知り合いだったとか何とか」
「女将ったら、口が軽いんだから。」
「胡蝶は昔に陰間をしていた子だから、きっと繋がりがあるのよ」
「まぁ、こんな良い男と?羨ましい」

紅葉と立夏はくすくすと笑った。
それを見ていた瓶覗と桃も笑っていた。

「行きましょうか。」
「えぇ。」

紅葉とは気が合う。二人が話している後ろで、瓶覗と桃もいつの間にか仲良くなっていた。二人で楽しそうにしていたので、こちらも嬉しくなった。


銭湯から帰った後は朝食を済ませ、昼見世が始まった。

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