色食う鳥も好き好き

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遊男の恋物語

第三話

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「すまない、今日は来るのが遅かったようだ」

鳶之助は微笑んだ。

「いえ、直ぐに支度を…」
「いいんだ、また来るよ」

「……」

女を抱いた後なんてきっと嫌だろうと思い、立夏は引き止めるのをやめた。

「良かったら、一杯だけでも如何ですか」

女将が気を利かせたのか、そう提案した。

「…立夏が疲れてしまっているようだが…」
「私は構いません、鳶之助がよろしければの話ですが…」
「…良いだろう…、じゃあ、一杯だけ。」

立夏はとても嬉しそうに笑ってみせた。

「ご案内致します…!」

鳶之助を部屋へ連れていき、乱れた身なりを整えてから酒を酌んだ。

「お待たせ致しました…」

いつもより綺麗に髪を結い上げて、簪は豪華な物を選んだ。紅も鮮やかな色を。

「…一段と綺麗だ。」
「…まぁ…そんな…。」

「…君と酒が飲みたい気分だ。」
「…喜んで。」

一晩、買ってくれたらいいのに。

少しだけそう思った。

ついだ酒をぐいと飲む鳶之助の喉元を見つめた。喉仏も、首筋も、少し見える鎖骨も、色っぽくて。それに、酒で濡れた唇も色っぽい。目線が奪われたように、じっと見ていた。

「……?」

「…どうぞ。」
慌てて目を逸らし、酒を注いだ。


「この酒と、立夏が奏でる音楽があればなぁ」
「…!喜んで、お弾き致します…!三味線、得意なんですよ」
「それは楽しみだ」

立夏は喜んで一曲奏でた。

それから、唄や舞を見せた。

「…凄く綺麗だ。」

鳶之助の呟きを聞いて、立夏は頬を染めた。綺麗と言われるのも、可愛いと言われるのも、なんだか照れてしまう。

やっぱり、男の人に可愛がられていたい。


立夏の三味線や唄、舞を堪能した後、酒と他愛もない会話を楽しんだ。

「すまないね、家を抜け出して来たんだ。」

そう言って、鳶之助の帰りは早かった。

両替屋の四代目が男遊郭に通っているなんてあまり知られてはいけないと言う。

分かる、分かるけど。もっと会いに来て。

「そうだ、立夏。君にこれを渡したかったんだ。」
「まぁ、何かしら?」
「これだよ。」
「…簪だわ。凄く綺麗。」

鳶之助が取り出したのは、金の簪。

「これは翡翠だよ。」
「翡翠…。」

淡い緑が輝く翡翠の装飾。
その簪は、豪華だけど上品さがある。

「まぁ、こんな素敵なもの……!」
「…珍しい物が入ったって、簪屋の店主がね」
「とっても嬉しいです、」

立夏は翡翠の簪を恍惚として見とれた。

「付けてあげよう。…ほら、やっぱり似合う。」

鳶之助は簪を立夏につけた。
自分では見えないけど、なんだか自分でも似合う気がした。

「…大切にします…毎日ずっとつけます!」
「ははっ、喜んで貰えて良かったよ。」

鳶之助も喜ぶ立夏を見て微笑んだ。

「帰らなきゃいけないんだ。やる事もあってね…。」
「まぁ、お忙しいのですね」
「…すまない。」
「いいえ、会いに来てくださって嬉しいです」

「楽しかったよ。」
鳶之助は立夏の額にそっと口付けした。

「……鳶之助様…。また、いらしてください」

「勿論、また来るよ。」

夜の営みが無くとも、これで十分だった。

夜中に帰る鳶之助を見送って、眉を八の字にした。

「立夏姐さん。」

「あら?」

立夏の袖を引っ張ったのは、禿の一人。

もも。どうしたの?」

鴇桜桃ときざくらもも。桃はまだ幼く、皆から弟のように可愛がられている。

桃色の着物と黄色の帯が似合っていて、笑顔がとても可愛い子。

「立夏姐さんに、三味線を教えて欲しいのです」
「三味線?」
「はい!とってもお上手なので!」
「…そう?三味線なら、鶯も得意だったはずだけど…」
「立夏姐さんがいいの!」
「……まぁ…」

桃は立夏の袖を引っ張り、上目遣いで可愛くお強請りした。

「…分かったわ。じゃあ、お部屋の片付け、手伝ってくれたら、ね。」
「はぁい!」

桃は喜んで、立夏の部屋片付けを手伝った。小さな体でせっせと働く姿が可愛い。

「立夏姐さん!」
「ありがとう、桃。じゃあ、こちらへいらっしゃい。」

この時間になると来る客は減るので、立夏は桃に三味線を教えた。

「そう、上手になったわ。」
「わぁ!嬉しい!」
「もっと練習すればもっと上手になるわ。」
「はい!また教えてください!」
「分かったわ。昼見世の時にもいらっしゃい。」
「はい!」

桃はいつも、にっこりと笑って駆け寄ってくれる。

可愛い。こんなにも可愛い子だったら、もっと可愛がられていたんだろうな。

立夏は十三も年下の桃が羨ましかった。

「じゃあ、ご褒美よ。お口開けて」
「わぁ!飴ちゃん!」

小さな飴を桃の口に入れた。大袈裟なくらいに桃は喜んでくれる。

「立夏姐さん!」
「ん?」

「私、立夏姐さんの新造になりたいです!」
「…私の?」
「はい!立夏姐さんがいいんです!」
「もう、飴ちゃん欲しいだけじゃないの?」
「違いますーっ!立夏姐さんが良いの!」
「…そうね、もう少しだけ頑張れば、きっと女将から話があるはずよ」
「はい!頑張ります!」
「うん、」

立夏は桃にそう言って貰えて、嬉しかった。年下は皆、紅葉が良いんだろうと思ってたから。好かれてないと思ってた。

「簪、外すの手伝ってくれる?」
「はい!」

桃が翡翠の簪に気付いた。

「…立夏姐さん、この簪、とっても綺麗!」
「そうでしょう?旦那様から頂いたの」
「素敵…!」
「桃も、客をとるようになったら、貰えるかもしれないわね」
「本当?!いいなぁ…!」

目を輝かせていた桃を、立夏は鏡越しに見て笑みがこぼれた。


外した翡翠の簪を見て思った。

「…今なら、双子の気持ちも分かる気がする。」


「え?」
「ううん、何でもないわ。」


勘違いしてしまうの。

私を綺麗だとか、可愛いって言ってくれて…こんなに綺麗で豪華な簪をくれて……

好いてくれているって勘違いしてしまう。

しっかりしなきゃ。

ただ、私は歳を重ねてしまった。
鳶之助様は、二十四にもなった私を好いてくれるかな。

街の大きな両替屋の四代目を継いだ鳶之助様が、こんな私を身請けしてくれるなんて有り得ない。でも、鳶之助様の他なんていない。いっそ、番新にでもなればいいのかな……。

「……桃。やっぱり簪、さしてくれる?」
「えっ、戻して良いのですか」
「うん、ごめんなさい、せっかく外してくれたのに。」
「いいえ!飾るの楽しいから!」
「ありがとう。」

立夏は簪をさして、廊下を颯爽と歩いた。

遊郭の三階、普段なら女将以外の人間は出入りしない。


「鶴姫様。立夏にございます。」



「……はぁい、お入りなさい。」


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