色食う鳥も好き好き

RBB47

文字の大きさ
上 下
9 / 28
遊男の恋物語

第一話

しおりを挟む

「女将、藤菫が部屋で泣いているのよ。」

藤菫の部屋を通りかかった陽凛が女将に話をしていた。

「まぁ、やっぱりね。…さっき、鴻巣の旦那様が来たばっかりなのに直ぐ帰ったのよ。」
「えぇっ、」
「…そうなのよ。きっと何か酷い事を言われたんじゃないかしら。あの子が泣くなんてよっぽどだわ。」

女将が眉を八の字にした。

「陽凛、話を聞いてきてくれる?」
「私でいいの?胡蝶の方がいいような気もするけど。」
「胡蝶は今出てるから」
「あぁ、そうだったわ。行ってくる。」
「ありがとう。」

陽凛は藤菫の元へ走った。


「藤菫?」
部屋の中からは、まだ啜り泣く声が聞こえた。


「開けるわよ。……藤菫。」
「……ぅ……ひっく……ぅ…」

顔を床に突っ伏して泣いていた。

「どうして泣いてるのよ。」

「……もう嫌……」
「…酷いことを言われたの?」
「……何でもありません…。」

そう言って藤菫は目を擦りながら部屋を出てしまった。

「……もう、素直じゃないんだから。」
陽凛は、ふぅと肩を落とした。


「……ぅ……」

藤菫は泣きながら遊郭の中を歩いた。

「……」
立ち止まったのは、瓶覗の部屋。まだ小さく喘ぎ声が聞こえる。

「ぁ…、あぅ……!あんっ…んんっ…」
「瓶覗…、中に出すからな、」
「旦那様…、だして、だしてっ……!」
「あぁ、いくっ」
「ぁ……あぁっ……!んぅっ……」

襖の少しの隙間から、藤菫は覗いた。

客に抱かれる瓶覗は、色っぽかった。自分より何倍も色気があって、綺麗だった。

「……。」


今日は珍しく接客が無かった紅葉の元に、藤菫が訪れた。

「まぁ、藤菫?珍しいわね、どうしたの?」
「瓶覗が。」
「ん?瓶覗がどうしたの?今は接客中だと聞いたけど。」
「……客に抱かれてますが。」
「えっ……?」
「旦那様に抱かれているのです。部屋を通りかかったら、偶然声が聞こえてきたのです。」
「……まぁ。そんな、」

紅葉は眉間に皺を寄せた。

「…分かったわ。教えてくれてありがとう。あと……目を赤くするのは、やめなさい。お客様に見せてはなりませんよ。」
「…はい。」


「……瓶覗が?あの子がそんな事をする子だとは思えないわ。」


藤菫の言うことの真偽を確かめるべく、紅葉は部屋へ向かった。

「……」

瓶覗の喘ぎ声が、微かに聞こえてきた。
「あっあっ……あぁん…気持ちいぃ…あぁらめ……」


「……まぁ。そんな。」
紅葉、颯爽と部屋へ戻った。


_______________



「…旦那様、またいらしてください。」
「あぁ、また来るよ。」

瓶覗が客を送った後、女将から言われた。
「瓶覗、紅葉が呼んでいるわ。」

「紅葉姐さんが?分かりました。直ぐに参ります。」

瓶覗は少し焦って、着物を整えた。

「…紅葉姐さんが、どうしたのかしら。」

瓶覗は紅葉の部屋を尋ねた。
「…紅葉姐さん。瓶覗です。」
「入りなさい。」
「失礼致します。」

「……瓶覗、お話がしたくて。」
「はい、喜んで。」

鏡に向かって紅を引いている紅葉の後ろに、瓶覗は正座した。

「最近、常連が出来たと聞いたわ。良かったわね。」
「はい…、紅葉姐さんが日々稽古してくださるお陰です。」
「そう言ってくれて嬉しいわ。…でも、客に抱かれていいなんて、いつ教えた?」
「……えっ…」

紅葉が鏡越しに睨むように見つめた。

「えっと……」
瓶覗は言葉に詰まった。

「……はぁ…。貴方がそんな事をするだなんて思ってもいなかったわ。」
「…紅葉姐さん、ご、誤解です…」
「誤解?」

紅葉は振り返り、瓶覗の着物を掴んだ。

「……!」
「……じゃあ、この印は何かしら。」
「……?」

瓶覗が鏡で見えたのは、首元にあった歯型。身体のあちこちに、痕がある。

「……どう説明してくれる?」
「…ごめんなさい……」
「何が?」
「…旦那様に、抱いてもらって…」
「……はぁ。最初からそう白状すれば良かったのに。」
「ごめんなさい。」

「掟は守りなさいと、あれだけ教えたのに。それだけは身につかなかったのね、瓶覗。残念だわ。」
「……。」
「当分、接客は禁止します。」
「えっ」
「え、じゃないでしょ。掟を破ったの。これくらい、当たり前よ。客を出入り禁止にしないだけ、有難いと思いなさい。」
「…はい。」

紅葉は、嘘や掟破りを嫌う。紅葉は、瓶覗の忠実で素直な所を気に入っていた。それなのに、裏切られた感じがしていた。

「もういいわ。部屋を片付けなさい。」
「はい。」

その後、紅葉から女将に話がいった。 


そして、瓶覗が客に抱かれた、という話は遊男達の間にも直ぐに広まった。



「本当に堅物さんね、紅葉。」
「胡蝶。」

噂を聞いて、紅葉の元に来たのは胡蝶だ。

「……別にいいじゃない。今のうちに身体を慣れさせるのも大事だと思うけど?」
「あの子はまだ十三よ??…胡蝶は、藤菫を客に抱かせてるみたいだけど、私は違うのよ。新造の育て方が。」
「なぁによ、面倒臭いわね。鶴姫様だって、好きにしろって言ってるのに。規則守るったって…」
「胡蝶。」
「はいはい、ごめんなさいね」

「藤菫が客に帰られて泣いてたって聞いたけど…それはどうなのよ。」
「それがさぁ、藤菫ったら、私にも頑なに話そうとしてくれないのよ。なんでもないって言ってさぁ。本当に素直じゃないんだから。」

胡蝶は口をとがらせ、腕を組んだ。

「…きっと瓶覗が関係してそうね。」
「どうしてこう、兄弟で犬猿の仲なのかしら。顔もそっくりそのままなのに。」
「お互いに羨ましいのかもね」
「嫉妬ってやつ?」
「かもしれないわね。だから、今回藤菫が瓶覗のことを私に告げ口しに来たのね。」
「まぁ、そんな意地の悪い子に育てたかしら。」
「胡蝶。そんな事言わないで。」
「ごめんなさい」

紅葉は煙管を咥えた。

「…紅葉、瓶覗を暫く接客禁止にしたの?」
「そうよ。当分は禁止しないと。」
「本当に厳しすぎない?」
「いいの。私は瓶覗の忠実な所が好きなのよ。瓶覗の良い所を伸ばしてあげたいの。」
「ふぅん…。やっと常連が付いたのに可哀想。」
「それはそうだけど……」

「だって、あの太客のお坊さんでしょ?」
「鷸谷の旦那様よ。…まぁ、気の毒だけど、お互いに非があるわ。」
「もう、可哀想ね。」
「藤菫だって、鴻巣の旦那様を付けたんでしょう?」
「それに帰られたっぽいのよ。」
「まぁ……鴻巣の旦那様ね…。」
「接客したことあったっけ?」
「えぇ。まぁ……」

紅葉がふと思い出した。

「そういうことね……」
「え、何が?」
「……わかった気がする。藤菫が泣いていたのも、瓶覗を告げ口したのも。」
「何よ。教えてよ。」
「…きっと、瓶覗が原因のひとつね。」
「何、また嫉妬?」

「…前にね、私が鴻巣の旦那様に接客したことがあったの。その時、旦那様はどこを見てるんだろうって思ったら、瓶覗をずっと見ていたのよ。あの子は琴が上手だしその上美しいって、私そっちのけで惚れてたのよ。」

「何……てことは、藤菫を瓶覗の代わりにしてたってこと?」
「…かもしれない。勝手な憶測だけど。」
「……どっちも可哀想ね。」
「それはそう。」

藍花浅葱兄弟の姐女郎である、紅葉と胡蝶があぁでもないこうでもない、と双子について話をした。

「可哀想、それだけだわ。」
「…仕方ないわ。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

王様は知らない

イケのタコ
BL
他のサイトに載せていた、2018年の作品となります 性格悪な男子高生が俺様先輩に振り回される。 裏庭で昼ご飯を食べようとしていた弟切(主人公)は、ベンチで誰かが寝ているのを発見し、気まぐれで近づいてみると学校の有名人、王様に出会ってしまう。 その偶然の出会いが波乱を巻き起こす。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

万華の咲く郷 ~番外編集~

四葩
BL
『万華の咲く郷』番外編集。 現代まで続く吉原で、女性客相手の男役と、男性客相手の女役に別れて働く高級男娼たちのお話です。 各娼妓の過去話SS、番外編まとめ。 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切、関係ございません。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

処理中です...