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美しい遊男
洒落柿陽凛
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「…お、美人見っけた。」
男娼の集うこの街に、酒を持って歩く男がいた。宇城雲雀。
「……よっこらせ…」
格子の前に堂々と座り込み、酒を飲み始めた。格子の向こうにいた遊男達は、彼を見てくすくすと笑った。
暫くすると遊男達は次々と指名され、格子から去ってしまった。だが、一人だけ残っていた遊男に雲雀は見惚れていた。すると、彼はこちらに気付いたようだ。
「…お兄さん、何してるの?」
「…酒飲んでんの。」
「見ればわかるわ。」
「やっぱり、美人を見ながら飲む酒は美味いな。」
「……?」
遊男の彼は首を傾げた。
「…そこで飲んでないで、指名すればいいでしょう?」
「見たら分からない?…俺には、そんな金無いの。だから、格子越しで十分だよ。」
「……ふぅん…。」
柿色の着物が似合う彼。そのぱちりと瞬く目を見れば、雲雀の心臓を掴まれるような心地だった。
「…綺麗だなぁ」
彼は微笑んだ。それを見てまた雲雀は恍惚として口角を上げる。
二人は言葉を交わさずにただ見つめ合うだけの時間が流れた。そして、雲雀が最後の一杯をぐいと飲み干すと、立ち上がり、彼の元へ近付いた。
「……名前、聞いてもいい?」
「…洒落柿陽凛。」
「陽凛……良い名前だ。誰がつけたの?」
「…楼主様よ。」
「ほぉ…良い趣味してるな」
「ここの楼主も太夫なのよ。」
「えっ、」
「変わってるでしょ?」
「変わってるねぇ」
「…貴方も十分変わってるわ。」
「仕方ないだろう。金が無いんだ。…あぁほら、あそこの男なんて儲かってんだろうな。綺麗な着物着て、肉付きも良いしな。」
「……そんなにお金が無いの?」
「足りないんだよ。…小さな居酒屋をやってるんだ。金が貯まったら、君を指名するよ。……いつになるか、分からないけど。」
「……。」
「…その頃には君も花魁になってるかな。それじゃまた足りなくなるな…。」
「…それでも待ってるわ。」
陽凛 と名乗った彼は、少し変わった雲雀を面白がって見ていた。
「…金があったらなぁ。」
「?」
「毎晩、格子越しじゃなく美人を近くで眺められるんだよ?…羨ましいったら。」
「…今は格子越しでも。…また、会いに来て。」
「勿論。やっと好みの娘を見つけたんだ。来るに決まってるよ。」
「…うん。」
雲雀は遊郭を去った。
雲雀が去ると、陽凛は寂しそうな表情を見せた。
「はぁ……。」
陽凛はため息をついて、自分一人しかいない格子の中を見渡した。
「……どうせ売れ残り…よ。いつか、値引きもされるわ。」
格子にいた他の者は皆、指名され接客に当たっている。そんな中、陽凛はただ一人、格子に残っている。
また、来てくれるかな。
陽凛が感じていた劣等感は、雲雀が現れたことで少し和らいだ。
また別の夜も、雲雀は陽凛の元へ寄った。
また、格子の前へどっかり座り込み酒を飲み始めた。
「綺麗だなぁ」
「……!」
陽凛もすっかり嬉しそうに、頬ずえをついて雲雀を見つめた。
すると、後ろの方で花魁道中が始まったようだった。そんなことには目もくれずに、ただ陽凛を見つめるだけだった。
「君もいつか、あぁやって誰かのとこに出向くんだろう?」
「……分からないわ」
「嘸かし綺麗なんだろうな。君をあんな風に呼べるなら、毎晩でも呼ぶのに。」
「…そんなこと言わないで、呼んでよ。」
「……俺が呼べるようになる頃、君はいないかもしれないよ。」
「どういうこと?」
「あんだけ金持ってるってことは、君を買うことも出来るだろう?……誰かのお嫁さんになってるかもよ。」
「……」
眉を八の字にした陽凛を見て、雲雀は目を逸らした。
「そんなに、お金がないお金がない…って。言わなくてもいいじゃない。」
「…そうだね。」
雲雀は二杯目、三杯目…と黙って陽凛を見つめて酒を飲み続けた。
「…何を考えているの?」
「ん?きれいだなぁって。」
「…そう。」
すると、陽凛を呼ぶ声がした。
「陽凛、ご指名よ。支度を。」
「……はぁい…。」
寂しそうに雲雀を見つめた。
「そんな目で見つめないでよ。…いってらっしゃい。」
「…。」
陽凛は頷いて、店の奥へ入っていった。
「…あの子がいなきゃ意味がないじゃないか。」
彼のきれいな後ろ姿を見届けて立ち上がり、酒を飲みながら帰ることにした。
「また来てね!!!!」
「…!?」
陽凛は店の外へ飛び出し、雲雀に向かって叫んでいた。雲雀は驚いたが、分かったよというように右手を軽く挙げた。
「ちょっと!陽凛!?何してるの!!」
女将が陽凛を引きずって店の中へ戻っていった。
「可愛いな。」
そう呟いて、酒を喉に流し込んだ。空を見た時、額に雨がぽつりと落ちてきた。
「…あ…雨。ったく、傘持ってきてねぇってばよ。」
次第に雨は強さを増して、うるさいくらいに降り続けた。酒瓶に雨が入って、味が薄い。そんなことは正直どうでもよかった。雲雀の柔らかい髪は雨に濡れて、雨の雫が顔を流れる。
「雨はいいよなぁ。」
_____悔しい_____
ただ、その気持ちが雲雀に積もり積もっていた。
陽凛と出会う前にも、別の遊郭で好みの娘を見つけたことがあった。その時も、金がなくて格子の前で酒を飲むだけだった。その娘も陽凛と同じくそんな雲雀を面白がって、次第には雲雀と会うのを楽しみに待っていた。しかし、その娘は誰かに買われて遊郭を去った。その後は知らない。前触れもなく、突然に見なくなった。後に女将から話を聞いた。
一度も格子を越えたことがない、手にも顔にも触れたこともないのに。
陽凛も、そうなるのかな。
ただそれが悔しくて、雲雀は雨なのか酒なのか、涙なのか分からない酒瓶を飲み干した。
自分が営む店の前で、髪をぐしゃぐしゃにかき上げ、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「あぁ…もう…」
男娼の集うこの街に、酒を持って歩く男がいた。宇城雲雀。
「……よっこらせ…」
格子の前に堂々と座り込み、酒を飲み始めた。格子の向こうにいた遊男達は、彼を見てくすくすと笑った。
暫くすると遊男達は次々と指名され、格子から去ってしまった。だが、一人だけ残っていた遊男に雲雀は見惚れていた。すると、彼はこちらに気付いたようだ。
「…お兄さん、何してるの?」
「…酒飲んでんの。」
「見ればわかるわ。」
「やっぱり、美人を見ながら飲む酒は美味いな。」
「……?」
遊男の彼は首を傾げた。
「…そこで飲んでないで、指名すればいいでしょう?」
「見たら分からない?…俺には、そんな金無いの。だから、格子越しで十分だよ。」
「……ふぅん…。」
柿色の着物が似合う彼。そのぱちりと瞬く目を見れば、雲雀の心臓を掴まれるような心地だった。
「…綺麗だなぁ」
彼は微笑んだ。それを見てまた雲雀は恍惚として口角を上げる。
二人は言葉を交わさずにただ見つめ合うだけの時間が流れた。そして、雲雀が最後の一杯をぐいと飲み干すと、立ち上がり、彼の元へ近付いた。
「……名前、聞いてもいい?」
「…洒落柿陽凛。」
「陽凛……良い名前だ。誰がつけたの?」
「…楼主様よ。」
「ほぉ…良い趣味してるな」
「ここの楼主も太夫なのよ。」
「えっ、」
「変わってるでしょ?」
「変わってるねぇ」
「…貴方も十分変わってるわ。」
「仕方ないだろう。金が無いんだ。…あぁほら、あそこの男なんて儲かってんだろうな。綺麗な着物着て、肉付きも良いしな。」
「……そんなにお金が無いの?」
「足りないんだよ。…小さな居酒屋をやってるんだ。金が貯まったら、君を指名するよ。……いつになるか、分からないけど。」
「……。」
「…その頃には君も花魁になってるかな。それじゃまた足りなくなるな…。」
「…それでも待ってるわ。」
陽凛 と名乗った彼は、少し変わった雲雀を面白がって見ていた。
「…金があったらなぁ。」
「?」
「毎晩、格子越しじゃなく美人を近くで眺められるんだよ?…羨ましいったら。」
「…今は格子越しでも。…また、会いに来て。」
「勿論。やっと好みの娘を見つけたんだ。来るに決まってるよ。」
「…うん。」
雲雀は遊郭を去った。
雲雀が去ると、陽凛は寂しそうな表情を見せた。
「はぁ……。」
陽凛はため息をついて、自分一人しかいない格子の中を見渡した。
「……どうせ売れ残り…よ。いつか、値引きもされるわ。」
格子にいた他の者は皆、指名され接客に当たっている。そんな中、陽凛はただ一人、格子に残っている。
また、来てくれるかな。
陽凛が感じていた劣等感は、雲雀が現れたことで少し和らいだ。
また別の夜も、雲雀は陽凛の元へ寄った。
また、格子の前へどっかり座り込み酒を飲み始めた。
「綺麗だなぁ」
「……!」
陽凛もすっかり嬉しそうに、頬ずえをついて雲雀を見つめた。
すると、後ろの方で花魁道中が始まったようだった。そんなことには目もくれずに、ただ陽凛を見つめるだけだった。
「君もいつか、あぁやって誰かのとこに出向くんだろう?」
「……分からないわ」
「嘸かし綺麗なんだろうな。君をあんな風に呼べるなら、毎晩でも呼ぶのに。」
「…そんなこと言わないで、呼んでよ。」
「……俺が呼べるようになる頃、君はいないかもしれないよ。」
「どういうこと?」
「あんだけ金持ってるってことは、君を買うことも出来るだろう?……誰かのお嫁さんになってるかもよ。」
「……」
眉を八の字にした陽凛を見て、雲雀は目を逸らした。
「そんなに、お金がないお金がない…って。言わなくてもいいじゃない。」
「…そうだね。」
雲雀は二杯目、三杯目…と黙って陽凛を見つめて酒を飲み続けた。
「…何を考えているの?」
「ん?きれいだなぁって。」
「…そう。」
すると、陽凛を呼ぶ声がした。
「陽凛、ご指名よ。支度を。」
「……はぁい…。」
寂しそうに雲雀を見つめた。
「そんな目で見つめないでよ。…いってらっしゃい。」
「…。」
陽凛は頷いて、店の奥へ入っていった。
「…あの子がいなきゃ意味がないじゃないか。」
彼のきれいな後ろ姿を見届けて立ち上がり、酒を飲みながら帰ることにした。
「また来てね!!!!」
「…!?」
陽凛は店の外へ飛び出し、雲雀に向かって叫んでいた。雲雀は驚いたが、分かったよというように右手を軽く挙げた。
「ちょっと!陽凛!?何してるの!!」
女将が陽凛を引きずって店の中へ戻っていった。
「可愛いな。」
そう呟いて、酒を喉に流し込んだ。空を見た時、額に雨がぽつりと落ちてきた。
「…あ…雨。ったく、傘持ってきてねぇってばよ。」
次第に雨は強さを増して、うるさいくらいに降り続けた。酒瓶に雨が入って、味が薄い。そんなことは正直どうでもよかった。雲雀の柔らかい髪は雨に濡れて、雨の雫が顔を流れる。
「雨はいいよなぁ。」
_____悔しい_____
ただ、その気持ちが雲雀に積もり積もっていた。
陽凛と出会う前にも、別の遊郭で好みの娘を見つけたことがあった。その時も、金がなくて格子の前で酒を飲むだけだった。その娘も陽凛と同じくそんな雲雀を面白がって、次第には雲雀と会うのを楽しみに待っていた。しかし、その娘は誰かに買われて遊郭を去った。その後は知らない。前触れもなく、突然に見なくなった。後に女将から話を聞いた。
一度も格子を越えたことがない、手にも顔にも触れたこともないのに。
陽凛も、そうなるのかな。
ただそれが悔しくて、雲雀は雨なのか酒なのか、涙なのか分からない酒瓶を飲み干した。
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