2 / 28
美しい遊男
赤音彩紅葉
しおりを挟む「物騒な街だ」
男娼が集う街、裏の吉原。
静まり返る田舎とは真逆に、賑やかに輝く街を一人で歩いていた男、猩々緋鷹宗。
城下町の上級武士。
近頃、この街で無差別の人斬りが発生しているとの情報を聞きつけ、下級武士達と共に鷹宗自身も見廻りにやって来た。
立ち並ぶ店の格子から、煩いくらいに男を誘う無数の声がする。
〝お兄さん、私といいことしましょ〟
声変わりしていない少年の声、または声変わりしかけている青年の声。様々だ。
歩いているのは、男色を好む金を持った男。または、誰かの人妻。鷹宗は見廻りとは言えど、普段歩かない街を歩くので人間観察を楽しんでいた。
鷹宗は笠を深く被り、刀を携えていた。
「…鷹宗さん。」
「あぁ。」
部下に当たる下級武士。同じく笠を深く被っている。
「…それらしき奴は今のところ見当たりません。」
「それは俺も同じだ。だが、油断はするな。」
「はい。では、私はあちらの方を。」
「頼む。」
すると早速、後方から悲鳴が聴こえた。
「まさか…!」
「行きましょう!」
二人は急いで声の方へ向かった。
「……あぁ…」
刀を掴んだ手を下ろした。
「なんだ…」
若い遊女が男に絡まれていただけだった。
「おやめください!」
「金を払ったんだ、これくらいいいだろう?!」
鷹宗は溜息をついて近付いた。
「…やめろ。女子が嫌がる事はやめた方がいい。お前も男だろう?」
「……なんだ、武士か?武士だからって偉そうに!」
「……っ」
男は鷹宗に殴りかかってきた。男は酒に酔っていたので、軽く振り払ったくらいで尻餅をついた。
振り払った男の手が鷹宗の笠を飛ばした。助けて貰った遊女は露になった鷹宗の顔を見て、恍惚とした表情で腕に抱き着いた。
「まぁ…!お侍さん!助けて貰ったお礼に、私といいことしましょ?!」
「……!?」
遊女は男だった。
女子とは違う顔の輪郭、喉仏も見えた。
「……やめろ。男は好みでないんだ。」
「まぁ…そんなこと言わずに!お酒だけでも…!」
「私達は遊びに来たのではない。」
「まぁ…」
「行くぞ。」
「はい。」
二人は急いでその場を去った。
「…鷹宗さんは二枚目ですから。全く、困りますね。あ…女子が寄って来るから、女子には困りませんね。」
「……。」
猩々緋家は先祖代々武士の家系だ。先祖も出世していたため、家名のお陰もあって、鷹宗が上級に上がるのも早かった。
そして彼は最近、自分が二枚目であることを自覚し始めた。周りに言われては、女子に言い寄られては、二枚目だ、二枚目だ…。
「…そういえば、鷹宗さん。結婚はされないんですか」
「……」
痛い所を突かれた。
鷹宗は結婚していない。
何人かの娘を紹介されたが、どれも娶ろうとは思えなかった。そうして、今に至る。
「…良い娘がいたらな。」
「そうですか。」
「……?」
鷹宗の視線の先には、異様な雰囲気を放つ男がいた。
「……どうしました?」
「……あいつ…」
「?」
髪は乱れ、黒い着物に黒く錆びた刀。
「…鷹宗さん…」
「あぁ。警戒しろ。」
すると、男はよろよろと近付いてきた。
「……お前さん、さては…武士かい?」
「貴様は何者だ?」
「……。………お前も死ぬがいい……」
男は不気味な笑みを浮かべ、刀を振り上げた。
「……っ!?」
鷹宗も刀を抜いた。
男の動きは素早く、鷹宗は苦戦した。
しかし、近くにいた武士も応戦してすぐに取り押さえられた。
「……はぁ。」
「…まさか、武士相手に斬り掛かるとは。」
「無差別殺人…。まぁ、既に打首は確定している。ひとまず、俺らが出会したのは運が良かった、か…」
「そうですね。鷹宗さん、連れて行きましょう。」
「あぁ。…だが、人斬りがこいつだけでない可能性もある。他にも怪しいやつがいないか、見廻りを続ける。お前はこいつを連れて行き、報告を。」
「はい。承知しました。」
鷹宗は男らの後ろ姿を見届け、近くにあった紅葉の木に寄りかかり煙管を咥えた。
「…ふぅ……」
上を見上げると、紅葉は美しく、微かな風に靡かれていた。はらはらと紅葉が降ってくる。
「…ここだけは静かだな。」
そう独り言を呟いた。
紅葉の木のすぐ隣に遊男屋があった。
そこは、比較的静かで営業しているのか分からなかった。鷹宗は不思議に思いながら、一休みした。
「……?」
すると、袖を少しだけ引っ張られた。
あぁ、また男に誘われるか。
「…生憎だが、俺は男に興味は……」
「……?」
静かな遊男屋。格子からするりと美しい手が伸びていた。その手には紅葉が一枚。
その葉と同じ、綺麗な紅葉色の着物に身を包んだ遊女。鷹宗を見上げる瞳に、吸い込まれそうだった。
「…あら、ごめんなさい。お誘いするつもりはありませんでした。…ただ、お袖に紅葉を付けていらしたから…。」
「……。」
遊女は男であることはすぐに分かった。
声変わりは既にしているようだったが、穏やかに話す声は心地が良かった。
格子の向こうにいた彼は紅葉を見て微笑んだ。
「紅葉、ご指名よ。支度を。」
「…はぁい。」
彼は鷹宗に微笑み会釈して、去っていった。
「……。」
なんだか、惹かれるものがあった。____自分と同じ男なのに。
鷹宗は切り替えるように、紅葉の木から離れた。
暫く歩き続けていると、人々が集まり始めた。
「……何事だ?」
近くにいた男に聞いてみた。
「んあ?花魁道中だよ。兄ちゃんも見ていきな。あんまし、お目にかかれねぇもんだぜ?」
「……花魁…?」
ゆっくり、ゆっくりと進んで来た花魁。
「……ぁ…」
紅葉のあの娘であった。格子の向こうで見た時より、とても輝いて見えた。
ぎらぎらと輝く金の簪を揺らし、紅葉色の着物。金の帯。豪華絢爛な姿は、彼が男だということを忘れさせる。
「…名は?」
「……んだよ、知らねぇのか?!赤音彩紅葉だ。この遊郭の花魁だよ。女子の遊郭より高値なんだぜ?…お前さんは金持ちそうだから、呼んで遊んだらどうだ?」
「……紅葉…。でも、さっきは格子に…花魁なのに、なぜだ?」
「あぁ、そこの遊郭はちょいと変わってるんだ。花魁も格子に出るんだ。」
「……そ、そうなのか…。」
鷹宗は遊郭を訪れたことは殆どなかった。少し前、上司に連れられ一度行ったが、当時の彼は女子と戯れることさえ知らず、さらには酒と香の強い匂いに耐えられず、すぐに帰った。
「……紅葉…か。」
上司と部下の名前しか覚えない鷹宗が、他の誰かの名前を覚えたのは初めてだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


王様は知らない
イケのタコ
BL
他のサイトに載せていた、2018年の作品となります
性格悪な男子高生が俺様先輩に振り回される。
裏庭で昼ご飯を食べようとしていた弟切(主人公)は、ベンチで誰かが寝ているのを発見し、気まぐれで近づいてみると学校の有名人、王様に出会ってしまう。
その偶然の出会いが波乱を巻き起こす。


そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
万華の咲く郷 ~番外編集~
四葩
BL
『万華の咲く郷』番外編集。
現代まで続く吉原で、女性客相手の男役と、男性客相手の女役に別れて働く高級男娼たちのお話です。
各娼妓の過去話SS、番外編まとめ。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切、関係ございません。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる