色食う鳥も好き好き

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美しい遊男

赤音彩紅葉

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「物騒な街だ」

男娼が集う街、裏の吉原。

静まり返る田舎とは真逆に、賑やかに輝く街を一人で歩いていた男、猩々緋鷹宗しょうじょうひたかむね

城下町の上級武士。

近頃、この街で無差別の人斬りが発生しているとの情報を聞きつけ、下級武士達と共に鷹宗自身も見廻りにやって来た。


立ち並ぶ店の格子から、煩いくらいに男を誘う無数の声がする。

〝お兄さん、私といいことしましょ〟

声変わりしていない少年の声、または声変わりしかけている青年の声。様々だ。

歩いているのは、男色を好む金を持った男。または、誰かの人妻。鷹宗は見廻りとは言えど、普段歩かない街を歩くので人間観察を楽しんでいた。

鷹宗は笠を深く被り、刀を携えていた。

「…鷹宗さん。」
「あぁ。」

部下に当たる下級武士。同じく笠を深く被っている。

「…それらしき奴は今のところ見当たりません。」
「それは俺も同じだ。だが、油断はするな。」
「はい。では、私はあちらの方を。」
「頼む。」

すると早速、後方から悲鳴が聴こえた。

「まさか…!」
「行きましょう!」

二人は急いで声の方へ向かった。

「……あぁ…」

刀を掴んだ手を下ろした。
「なんだ…」

若い遊女が男に絡まれていただけだった。

「おやめください!」
「金を払ったんだ、これくらいいいだろう?!」

鷹宗は溜息をついて近付いた。

「…やめろ。女子が嫌がる事はやめた方がいい。お前も男だろう?」
「……なんだ、武士か?武士だからって偉そうに!」
「……っ」

男は鷹宗に殴りかかってきた。男は酒に酔っていたので、軽く振り払ったくらいで尻餅をついた。

振り払った男の手が鷹宗の笠を飛ばした。助けて貰った遊女は露になった鷹宗の顔を見て、恍惚とした表情で腕に抱き着いた。

「まぁ…!お侍さん!助けて貰ったお礼に、私といいことしましょ?!」
「……!?」

遊女は男だった。

女子とは違う顔の輪郭、喉仏も見えた。

「……やめろ。男は好みでないんだ。」
「まぁ…そんなこと言わずに!お酒だけでも…!」
「私達は遊びに来たのではない。」
「まぁ…」

「行くぞ。」
「はい。」

二人は急いでその場を去った。

「…鷹宗さんは二枚目ですから。全く、困りますね。あ…女子が寄って来るから、女子には困りませんね。」
「……。」

猩々緋家は先祖代々武士の家系だ。先祖も出世していたため、家名のお陰もあって、鷹宗が上級に上がるのも早かった。

そして彼は最近、自分が二枚目であることを自覚し始めた。周りに言われては、女子に言い寄られては、二枚目だ、二枚目だ…。

「…そういえば、鷹宗さん。結婚はされないんですか」
「……」
痛い所を突かれた。

鷹宗は結婚していない。
何人かの娘を紹介されたが、どれも娶ろうとは思えなかった。そうして、今に至る。

「…良い娘がいたらな。」
「そうですか。」

「……?」
鷹宗の視線の先には、異様な雰囲気を放つ男がいた。

「……どうしました?」
「……あいつ…」
「?」

髪は乱れ、黒い着物に黒く錆びた刀。

「…鷹宗さん…」
「あぁ。警戒しろ。」

すると、男はよろよろと近付いてきた。

「……お前さん、さては…武士かい?」
「貴様は何者だ?」
「……。………お前も死ぬがいい……」

男は不気味な笑みを浮かべ、刀を振り上げた。

「……っ!?」
鷹宗も刀を抜いた。

男の動きは素早く、鷹宗は苦戦した。
しかし、近くにいた武士も応戦してすぐに取り押さえられた。

「……はぁ。」
「…まさか、武士相手に斬り掛かるとは。」
「無差別殺人…。まぁ、既に打首は確定している。ひとまず、俺らが出会したのは運が良かった、か…」
「そうですね。鷹宗さん、連れて行きましょう。」

「あぁ。…だが、人斬りがこいつだけでない可能性もある。他にも怪しいやつがいないか、見廻りを続ける。お前はこいつを連れて行き、報告を。」
「はい。承知しました。」

鷹宗は男らの後ろ姿を見届け、近くにあった紅葉の木に寄りかかり煙管を咥えた。

「…ふぅ……」

上を見上げると、紅葉は美しく、微かな風に靡かれていた。はらはらと紅葉が降ってくる。

「…ここだけは静かだな。」
そう独り言を呟いた。

紅葉の木のすぐ隣に遊男屋があった。
そこは、比較的静かで営業しているのか分からなかった。鷹宗は不思議に思いながら、一休みした。

「……?」
すると、袖を少しだけ引っ張られた。

あぁ、また男に誘われるか。

「…生憎だが、俺は男に興味は……」

「……?」

静かな遊男屋。格子からするりと美しい手が伸びていた。その手には紅葉が一枚。

その葉と同じ、綺麗な紅葉色もみじいろの着物に身を包んだ遊女。鷹宗を見上げる瞳に、吸い込まれそうだった。

「…あら、ごめんなさい。お誘いするつもりはありませんでした。…ただ、お袖に紅葉を付けていらしたから…。」
「……。」

遊女は男であることはすぐに分かった。
声変わりは既にしているようだったが、穏やかに話す声は心地が良かった。

格子の向こうにいた彼は紅葉を見て微笑んだ。

紅葉くれは、ご指名よ。支度を。」
「…はぁい。」

彼は鷹宗に微笑み会釈して、去っていった。

「……。」

なんだか、惹かれるものがあった。____自分と同じ男なのに。

鷹宗は切り替えるように、紅葉の木から離れた。

暫く歩き続けていると、人々が集まり始めた。

「……何事だ?」
近くにいた男に聞いてみた。

「んあ?花魁道中だよ。兄ちゃんも見ていきな。あんまし、お目にかかれねぇもんだぜ?」
「……花魁…?」

ゆっくり、ゆっくりと進んで来た花魁。

「……ぁ…」
紅葉のあの娘であった。格子の向こうで見た時より、とても輝いて見えた。

ぎらぎらと輝く金の簪を揺らし、紅葉色の着物。金の帯。豪華絢爛な姿は、彼が男だということを忘れさせる。

「…名は?」
「……んだよ、知らねぇのか?!赤音彩紅葉せきねいろくれはだ。この遊郭の花魁だよ。女子の遊郭より高値なんだぜ?…お前さんは金持ちそうだから、呼んで遊んだらどうだ?」

「……紅葉くれは…。でも、さっきは格子に…花魁なのに、なぜだ?」
「あぁ、そこの遊郭はちょいと変わってるんだ。花魁も格子に出るんだ。」
「……そ、そうなのか…。」

鷹宗は遊郭を訪れたことは殆どなかった。少し前、上司に連れられ一度行ったが、当時の彼は女子と戯れることさえ知らず、さらには酒と香の強い匂いに耐えられず、すぐに帰った。

「……紅葉…か。」

上司と部下の名前しか覚えない鷹宗が、他の誰かの名前を覚えたのは初めてだった。


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