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10.愛と幸せと、嫉妬と
海にだけ見せられる笑顔
しおりを挟むリシャールがレステンクールに嫁いでから、初めの数日間はフレデリックが毎晩部屋へ来た。
「…リシャール!」
「…陛下。」
「…陛下って…慣れへんなぁ」
「……仕方ありません」
「敬語も使われるようになったんか、俺」
「陛下ですから」
「…うーん…」
フレデリックはリシャールを抱きしめた。
「…リシャール…」
「…陛下。」
「ん?」
リシャールは彼の腕を解いた。
「今夜は、お休みになりませんか?」
「…嫌になったんか?」
「いいえ。ただ、陛下のお身体が心配で。」
「心配なのは、こっちやがな。……分かった、今日はやめとこか。」
「…あ…えっと…」
「気にせんでええねん!」
今日はやめておきたい、リシャールの思いは分かっていた。
俺の身体が心配って、本当はそんなもんやないくせに。ま、そういうとこが好きやねんけどな…。
「せや、リシャール。今日な、満月やねん」
フレデリックは窓を指さした。
「……まぁ、本当だわ!」
リシャールは窓から海を見た。
夜の海に満月が美しく映っていた。
「…リシャール、海に行ってみよか。」
「…でも……」
「皆には内緒やで。行こか。」
「えっ!」
フレデリックはリシャールの手を引いて、窓から海へ飛び出した。
久しぶりな気がした。
爽やかな海の香りと心地よい波の音。
リシャールは胸が高鳴った。
「あははっ!とっても綺麗!」
走って波へ近付いて、足を入れた。
「…冷たいわ」
「夜やからなぁ…。暖かい春やけど、風邪引かんといてな」
「…おおきに」
部屋着のまま部屋から飛び出して、服の裾を持ち上げながら波と戯れていた。
それでもリシャールは綺麗だ。
金髪と白肌と、虹色の羽がきらきらと輝く。
「……綺麗やなぁ」
「…それは…海?それとも、私?」
「リシャールに決まっとるやがな!!!」
「あははっ!」
二人は時が戻ったように無邪気に笑いあった。
「服が濡れるて!」
「もう遅いわ!とっくに濡れてる!」
「リシャール!捕まえた!」
夜なのに二人は、子供のようにはしゃぎ回った。
「……オーガン!」
「……。」
久しぶりに、オーガンって呼ばれた気がすんねんけど。…なんでや?
久しぶりに、リシャールの笑顔を見た気がすんねん…なんでや?なんで?
フレデリックは月明かりに照らされるリシャールの瞳をじっと見つめた。
綺麗なエメラルドグリーン。
瑞々しくて、それで輝いてて。
また、好きなとこが増えたやんか。
エメラルドグリーンの瞳も好きや…。
「…私、この海が好きよ。レステンクールで、一番好きな場所。」
「……そっか。ほんなら、また来よか」
「ほんと?」
「…ほんまやで。…せやけど、そんときは必ず俺も行くからな。一人で行ったらアカンで。」
「はぁい」
フレデリックはリシャールを優しく抱きしめて、額にキスをした。
「…愛してるで。」
「……私もよ、オーガン。」
あぁ…こんな日々が続けばええのになぁ。
綺麗な夜の海で子供のように遊んだ。
フレデリックは暫く寝れなかった。
「……リシャール…」
隣でリシャールは寝息を立ていた。
「……リシャールは…幸せか?」
「……」
寝ているリシャールの返事はある訳もなく。
「…リシャールが城に来てから、久しく笑ったとこ見てへんかったから。」
「……」
「…海に行けば、笑うてくれるから…ええか。」
窓から海が綺麗に見える部屋。
どうしてもリシャールには、この部屋をあげたかった。
「…俺も寝よかな…。おやすみ、リシャール。」
フレデリックはリシャールを優しく抱きしめて眠った。
次の日の朝もフレデリックは既に居なかった。
「…早起きな人なのね」
リシャールは王台から起き上がった。
「……?」
少しずつお腹が膨らんでいる気がした。
「…妊娠していてもおかしくないわね。」
「リシャール様、おはようございます」
「リア。おはよう」
「今、カミーユがお茶をいれてます。良かったらどうぞ。」
「ありがとう。」
ドレスに着替えようとした。
「…リア、」
「はい?」
「…少し、苦しいの。ファスナーが…」
「えっ…」
リアは鏡の中のリシャールを覗き込んだ。
「…もしかして、妊娠されてるんじゃ…?」
「…そうかも…しれない…?」
「今すぐ!侍医を呼んできます!!!」
「えっ!?リア?!」
リアは走って部屋を出た。
すると、直ぐに侍医のマキシムを連れてきた。
「リシャール妃にご挨拶を。」
「……あら…」
「…少し、診させてくださいね…」
「…ええ…」
リシャールはマキシムにお腹を触られたり、質問に答えたり。
「……うーん…」
「…マキシムさん、どうなんですか!?」
本人のリシャールよりドキドキしているリアとカミーユ。
「…おめでとうございます。ご懐妊です」
「「いぃぃぃ!やったぁ!!」」
やっぱり本人より喜ぶ二人。
「あら…。」
勿論、リシャールも嬉しい。
「リシャール妃、これは陛下にご報告を。ご自身でご報告をなさいますか?もし宜しければ、私からでも構いません。」
「…お願いしてもいいかしら。」
「かしこまりました。しばらくの間は、安全に過ごしてください。それと、食べ物にも気を付けて。」
「分かったわ。ありがとう。」
「では、失礼致します。」
侍医のマキシムは、早速フレデリックの元へ。
「失礼致します、陛下。」
「…なんや、どないした。薬でも切れたか?」
「いえ。ご報告に」
「何の報告や」
「リシャール妃がご懐妊されました。」
「なんやて!!!!!???」
フレデリックは大きな声を出して、椅子から立ち上がった。
「ほ、ほんまか!?!?」
「はい。おめでとうございます、陛下。」
「リシャール!!!!」
「……?」
マキシムに目もくれずに部屋を出たフレデリック。
「リシャール!!!!」
「うわっ!びっくりした。陛下。」
「リア!カミーユ!リシャールは!?」
「…私なら、ここに」
「…リシャール!!妊娠したんか!?」
「そうみたいです」
「やったぁぁぁ!!!」
フレデリックはリシャールを抱きしめて喜んだ。
青蜜蜂は喜ぶのも全て大袈裟。そんな所が、好きなんだけど。
「リア、カミーユ!」
「はい、陛下!」
「…リシャールが出産するまで、二人は絶対にリシャールを守るんやで!!!!」
「「はい!!勿論でございます!!!」」
「…うん……?」
リシャールはその三人を見て少し笑った。
「……リシャール妃が妊娠されたそうです」
「あら、良かったなぁ。何か、お祝いを…」
「王妃。なんでそこまでリシャール妃に……」
「ルチア、やきもちばっかり焼いたらあかん。みっともない。」
「……やきもち やないです…!」
そう話していたのは、エルビラとルチア。
リシャールの妊娠を素直に喜んでいたエルビラ。
一見、意地の悪そうな態度を取ってしまう彼女だが、それは表向きだけに過ぎなかった。本当は優しく真面目な性格。
それに対し、ルチアは負けず嫌い。さらに嫉妬心の強い性格だった。少し幼稚、と言った方が合うかもしれない。
「……」
その横で黙っていたヴァレンティナ。目の焦点も合っていない。
「ヴァレンティナ、なんか喋りぃ。気持ち悪い。」
「ごめんなさい」
「何を考えてたん?」
「いえ……」
「なんや、何も考えてへんのか?そないぼーっとしてたら、あかんやろ。」
「はい。」
エルビラは母親のような存在であるようだ。
ルチアはヴァレンティナを蔑んだような目で見ていた。
この人は何を考えているか全く分からなくて気色悪い、そう思っていた。
「…にしても、リシャール妃だけはエルビラ王妃の元へ来ーへんのですね。こうして集まっているのに。」
「それは…私たちが勝手に集まってるんやろ。…ただ、ここに来て直ぐ、まず挨拶しなさいとはちゃんと言うたわ。礼儀としてな。」
「…リシャール妃にだけ優しいんですか」
「あんたを酷く扱った覚えはないけど。」
「…ん…」
すると、ようやくヴァレンティナが口を開いた。
「ルチア妃は、いつまで経っても子供のようですね」
「何や、侮辱してるん?」
「…いいえ。一応言いますが、王妃は母親ではありませんよ。それに、ルチア妃にも子供がいらっしゃるのですから。母親の身として如何なものかと。」
「……なっ……」
「…ルチア、ごめんやけど、ヴァレンティナが言うんは、一理あるで。」
「……」
フレデリックの妃たちにはそれぞれ子供がいた。
エルビラ王妃にはアルバン王子、ルチア妃にはスージー王女、そして、ヴァレンティナ妃にはイザベル王女。
アルバン王子は唯一の雄。雌に囲まれて、少しだけ肩身の狭い想いをしているようで。
「…王子が産まれてくれると嬉しいわ。」
エルビラは呟いた。
「…何故です?」
「…アルバンが寂しそうやねん。ここには、雌ばっかで。陛下や殿下も、たまに遊んでくれるけど、やっぱり忙しゅうて。…こればっかりは、しゃーなしやねんなぁ。弟が出来れば、きっとアルバンも楽しいんちゃうかな、思うてな。」
「……そうですね…」
「いつからか、あんま口聞いてくれへんし…」
エルビラはため息をついた。
彼女の言う通り、アルバンは反抗期か何かでエルビラだけでなく、周りに平気で楯突くようになった。
「アルバン王子!お待ちください!」
「待て言われて待つ奴がどこにおんねん!!」
城の中で働き蜂に追いかけられるアルバン。
「うわっ!」
「きゃっ」
「……ご、ごめんなさい」
曲がり角でぶつかってしまった。
アルバンは足を止めた。
「……」
「……どうされましたか?」
初めて近くで見た白蜜蜂。
リシャールの姿をじっと見つめた。
「アルバン王子!」
すると、働き蜂がアルバンに追いついた。
「……リシャール妃、大変申し訳ありません。お怪我はございませんか」
「いいえ。大丈夫よ。」
「……」
アルバンは黙って見つめるまま。
「アルバン王子、こちらはリシャール妃ですよ。ご挨拶を。」
「…アルバンです。」
「アルバン王子にご挨拶を。」
優しく微笑むリシャールを見て、アルバンは会釈した。
「アルバン王子、きちんと勉学に励みなさいと陛下より言われたではありませんか」
「……うっさいわ」
「……アルバン王子、行きますよ。リシャール妃、失礼致します。」
「えぇ…」
働き蜂に無理やり連れて行かれたアルバン。
「……陛下にそっくりね。」
「リシャール様、アルバン王子はエルビラ王妃のご子息なのですよ。」
「あまりにもそっくりだったから、なんだか分かるわ。」
「…ですが、かなりやんちゃな性格だそうで」
「…仕方ないわね、そういう年頃なのよ」
「エルビラ王妃にも楯突くとか。」
「……いいじゃない。意思をちゃんと持てているということよ。」
「…エルビラ王妃は寂しがっております」
「うーん…そうね…。なんだか、分かる気がする。」
リシャールはふとナタリアを思い出した。
誤解されたままナタリアは行ってしまった。
「……」
元気にしてると良いんだけど。
「リシャール様、行きましょう。」
「えぇ。」
「…リシャール~」
その夜、リシャールの元へ訪れようとしたフレデリック。
「陛下!」
「…ん?」
フレデリックを呼び止めたのはヴァレンティナ。
「……どないしたん?」
「…今夜も、リシャール妃の元へ?」
「あぁ。そのつもりやけど…」
「………」
「…なんや、寂しいんか?」
フレデリックは微笑んで、ヴァレンティナの頭を撫でた。
「…子供扱い、しないでください」
「…素直やないなぁ。…寂しいんなら、寂しい言うてくれんと。」
「……寂しいです。たまには、私の元にも…」
「…分かった。明日、行くわ。」
「あ、明日?」
「ごめんなぁ、リシャールが妊娠したからお腹撫でに行きたいねん。必ず明日、行ったるから。……おやすみ。愛してるで。」
「……。」
愛してる、なんて言葉はもう響かない。
そうやって皆にも言うから。
ヴァレンティナは瞳孔が開いた目で、フレデリックの背中を見届けた。
「あんな虚弱な身体で陛下の子供を産める訳ないわ。」
「リシャール!」
「…陛下。」
「…なんや、また海行きたいんか?」
窓の外を見ていたリシャール。
その腹は確かに、少し膨れていた。
「…いえ……、この子にも海を早く見せたいと思っておりました。」
「……せやなぁ」
フレデリックは笑って、リシャールを後ろから抱きしめた。
「……俺も早よこの子に会いたい。」
リシャールの膨れた腹を優しく撫でた。
窓から微かに聞こえる波の音は心地良い。
フレデリックに抱きしめられて、身体が温かく感じる。
「陛下の手は温かいですね。」
「そうか?」
「お腹撫でられると、とっても気持ちいいんです。この子も心地良いのでは?」
「せやなぁ…ほんならずっとこうしたる」
久しぶりに、リシャールに大きな楽しみができた。
「早く会いたいわ。」
どうして幸せは続いてくれないのかしら。
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